↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
10/16

第10話 最初の問題

翌朝。


 私は朝食を終えると、すぐに屋敷を出た。


「お嬢様、本日はどちらへ?」


 リゼットが不思議そうに尋ねる。


「領地の様子を見に行きます」


「昨日も見て回られていましたが……」


「昨日は町を中心に見てまわっただけです」


 私は馬車に乗り込みながら答えた。


「今日は、もっと詳しく見ます」


     ◇


 昨日、町を歩いて感じたこと。


 古い建物。


 整備されていない道路。


 少ない商店。


 疲れた表情を浮かべる領民たち。


 けれど、それだけではない。


 町から少し離れると、広い農地が広がっていた。


 馬車の窓から畑を眺めていると――。


「……やっぱり」


 私は小さく呟いた。


 畑の土が、あまり良くない。


 正確には、土そのものが悪いわけではない。


 水が足りていない。


 畑の一部には、乾いてひび割れている場所まである。


「この辺りは、雨が少ないのでしょうか?」


 御者に尋ねる。


「はい。ヴァロワ領は昔から、雨が少ない年が多いですね」


「なるほど……」


 私は窓の外を見つめた。


 ゲームでも、この領地の農業は問題になっていた。


 収穫量が安定しない。


 だから商人も寄りつかない。


 税収も少ない。


 領地に投資する余裕もない。


 その結果、さらに農業が苦しくなる。


 悪循環だった。


「なら……」


 私は馬車を降りた。


「少し歩きましょう」


「お嬢様?」


「実際に畑を見たいんです」


     ◇


 農地の近くまで歩くと、数人の農民が作業をしていた。


 私たちに気づくと、慌てて頭を下げる。


「ヴァロワ伯爵令嬢様……」


「仕事を止めなくて大丈夫です」


 私はそう言って、畑を見る。


 やはり、水が少ない。


 それだけではない。


「この畑では、何を育てているんですか?」


「主に麦です」


「毎年、同じ場所で?」


「はい。昔からそうしております」


「肥料は?」


「手に入るものを少しだけ。十分な量はありません」


「収穫量は?」


「年によりますが……あまり多くはありません」


 私は畑を見回した。


 前世のゲームで見た光景と重なる。


 この領地が発展しなかった理由。


 ゲームでは、簡単な説明だけだった。


 けれど、現実に見てみれば違う。


 一つの問題ではない。


 水。


 土地。


 人手。


 流通。


 魔物。


 いくつもの問題が絡み合っている。


「では、別の作物を試したことは?」


「ありません」


「どうしてですか?」


「失敗したら、食べるものがなくなりますから」


「……」


 その答えに、私は言葉を失った。


 ゲームでは。


 ただ「農業が不安定」と書かれていただけだった。


 けれど、ここで暮らす人たちにとっては違う。


 作物が失敗するということは。


 そのまま生活に直結する。


「……そうですね」


 私は頷いた。


「では、いきなり大きく変えるのはやめましょう」


「え?」


「試験的に、小さな畑を一つ借りることはできますか?」


「試験、ですか?」


「ええ」


 農民たちが顔を見合わせる。


「今のやり方を否定するつもりはありません」


 私は慌てて付け加えた。


「ただ、別の方法も試してみたいんです」


「ですが……」


「失敗したら、私の責任です」


 口にした瞬間、自分でも少し驚いた。


 以前の私なら、こんなことを言えなかった。


 失敗するのが怖かった。


 誰かに「無能」と言われるのが怖かった。


 けれど今は違う。


 私はもう、王太子妃になるために正解を探しているわけではない。


 自分で選んだことを、自分の責任でやる。


「お願いします」


 私は頭を下げた。


「この領地を変えるために、協力してほしいんです」


 農民たちは驚いたように私を見る。


 しばらくして。


 一人の年配の農民が、ゆっくりと頭を下げた。


「……わかりました」


「ありがとうございます」


「ただし、お嬢様」


「はい?」


「俺たちは農民です。貴族様のように難しいことは分かりません」


「それで構いません」


 私は微笑んだ。


「だからこそ、実際に畑を作っている皆さんの意見を聞きたいんです」


 その言葉に、農民の表情が少しだけ変わった。


     ◇


 屋敷へ戻ると、私はすぐに書類を広げた。


「まずは水の問題」


 紙に書き出す。


「次に農作物。そして人手……」


 問題を一つずつ整理していく。


 ゲーム知識だけなら、もっと簡単だった。


 この場所を使えばいい。


 この作物を植えればいい。


 この鉱山を掘ればいい。


 そんなふうに表示されていた。


 でも現実は違う。


 そこには人がいる。


 生活がある。


 失敗すれば、その人たちが困る。


「……ゲームとは違う」


 私は小さく呟いた。


 それでも。


「だから、考える意味がある」


 知らない未来だからこそ。


 自分で考える必要がある。


 私は地図を広げた。


 そして、領地の北側にある山地へ視線を止める。


「……ここ」


 ゲームの記憶。


 この山には――。


 まだ誰にも利用されていない場所がある。


 鉱山。


 ゲームでは、後半になって初めて発見される場所だった。


 そこから採掘される魔石が、この領地の運命を大きく変える。


 けれど。


 私はまだ、その場所へ向かうつもりはなかった。


「まずは農地から」


 いきなり大きなことをする必要はない。


 小さな成功を積み重ねる。


 それが、この領地を変える一歩になる。


 私は机の上に置かれた呼び鈴へ手を伸ばした。


 チリン。


「ジャンを呼んでください」


 やって来たのは、執事のジャン・ベルナールだった。


「お呼びでしょうか、お嬢様」


「ええ。領地の農業について、詳しい者を呼んでください」


「農業、ですか?」


「はい」


 私は地図を指差した。


「それから、領地の水路や農地の状況についても調べたいんです」


「承知しました」


「あと――」


 私は一度、言葉を切った。


「ピエール・ラフォンさんを呼んでもらえますか?」


「ピエールを、ですか?」


「ええ」


 ゲームの知識だけでは、ここから先には進めない。


 私は専門家の話を聞く。


 領民の話を聞く。


 そして、自分で決める。


「まずは、できることから始めましょう」


 王都では、誰かに選ばれることばかり考えていた。


 今は違う。


 ここでは――。


 私が選ぶ。


 私が決める。


 私が、この領地の未来を作る。


 そしていつか。


 ゲームには存在しなかった未来を。


 この場所から始めてみせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。