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第7話 知らない男



 領都へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。


 屋敷へ戻るなり、私は自分の部屋へ向かった。


 侍女が心配そうに声をかけてくる。


「お嬢様、お疲れではありませんか?」


「大丈夫よ」


 そう答えながらも、頭の中は別のことでいっぱいだった。


 ――アントワーヌ・ド・モンフォール。


 今日、街道で出会った騎士。


 魔物を相手に、あれほどの剣技を見せた男。


 そして――


 私が知らない男。


「……本当に、ゲームにいなかったの?」


 私は机に座ると、目を閉じた。


 前世の記憶を一つずつ辿っていく。


 ゲームの舞台は王都にある学園。


 主人公である令嬢が攻略対象たちと出会い、恋をしていく。


 王太子。


 公爵家の嫡男。


 騎士団のエース。


 魔法師。


 そして、隠し攻略対象。


 私は攻略対象たちの名前を思い出していった。


「……違う」


 アントワーヌはいない。


 攻略対象ではない。


 攻略対象の友人でもない。


 敵役でもない。


 モブとして名前だけ登場した記憶すらない。


「モンフォール家……」


 私はさらに記憶を掘り起こす。


 モンフォール家そのものはゲームに存在していた。


 辺境を守る名門。


 魔物討伐で有名な家。


 けれど――


「アントワーヌ・ド・モンフォールなんて、聞いたことがない」


 確信した。


 ゲームにはいなかった。


 私は椅子の背もたれに身体を預けた。


「……どういうこと?」


 この世界は、私が遊んだ乙女ゲームとよく似ている。


 フィリップも。


 セシルも。


 私自身も。


 ゲームで見た出来事まで、現実に起きている。


 なのに。


 アントワーヌだけが存在しない。


「ゲームと同じ世界……じゃない?」


 そんな考えが頭をよぎった。


 けれど、それなら説明がつかない。


 私が知っている出来事の多くは、ゲームと同じように進んでいる。


 婚約破棄もそうだった。


 私が悪役令嬢として破滅する未来も、ゲームに存在していた。


 魔王復活の時期も同じ。


 なのに、ゲームには存在しない人物がいる。


「……私が知らないだけ?」


 可能性はある。


 ゲームに登場しなかっただけで、この世界には最初から存在していたのかもしれない。


 ゲームには、すべての人間が登場するわけではない。


 それなら当然だ。


 ゲームの画面に映っていない人物が、この世界に存在していても不思議ではない。


「そう考えるのが自然ね」


 私は一度頷いた。


 けれど。


 胸の奥に、妙な感覚が残った。


 ゲームに描かれていない人物。


 つまり――


 私が未来を知らない相手。


「……少し、怖いわね」


 今まで私は、前世の知識を頼りに行動してきた。


 三年後に魔王が復活する。


 自分が処刑される。


 どこで何が起こるのか。


 ゲームで知っていることなら、ある程度は予測できる。


 けれど。


 アントワーヌについては何も分からない。


 明日、何をするのか。


 どこへ行くのか。


 どんな未来を迎えるのか。


 私には分からない。


「……でも」


 不思議と、嫌な感じはしなかった。


 むしろ――


 少しだけ気になった。


 今日、魔物を倒したときの姿。


 助けたことを誇るでもなく、私たちを送り届けようとしたこと。


 あの人は、何を考えているのだろう。


「……って、何を考えているのかしら」


 私は慌てて頭を振った。


 まだ一度会っただけだ。


 それも、魔物に襲われたところを助けてもらっただけ。


 気にする必要なんてない。


「それより、領地よ」


 私は机の上に置いてあった領地の資料へ目を向けた。


 今の私には、やるべきことがある。


 領地を立て直す。


 三年後の魔王復活に備える。


 そして、自分が処刑される未来を変える。


 そのためには、ゲームの知識を使えるだけ使わなければならない。


 私は資料を開いた。


 けれど――


 ページをめくりながらも、頭の片隅にはあの男の姿が残っていた。


 アントワーヌ・ド・モンフォール。


 ゲームには存在しなかった男。


 私の知らない未来を生きる人。


「……あなたはいったい、何者なの?」


 答えが返ってくるはずもない問いを、私は小さく呟いた。


 このときの私は、まだ知らなかった。


 その男との出会いこそが――


 私の知っていたゲームの未来を、最初から大きく変えてしまうことを。

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