第6話 辺境の騎士
ヴァロワ領へ戻ってきた翌日。
私は朝から領地の様子を見て回っていた。
「……やっぱり、思っていた以上に厳しいわね」
街道沿いの農地を見渡しながら、私は小さく呟いた。
畑の一部は荒れている。
道も整備が行き届いているとは言い難い。
領都へ向かう商人の数も少ない。
ゲームで知っていたとはいえ、実際に自分の目で見ると、その厳しさがよく分かった。
「これを、どうやって……」
私は考えながら馬車へ戻った。
今日は領都の外れにある農村をいくつか見て回る予定だった。
父がつけてくれた護衛の騎士たちも同行している。
「お嬢様、そろそろ戻りましょう」
「ええ。お願いします」
馬車へ乗り込む。
街道を屋敷へ戻っている途中だった。
――そのとき。
「止まれ!」
前方から怒鳴り声が響いた。
「え?」
馬車が急停止する。
何事かと思って窓から外を見ると、街道の先に騎士たちの姿があった。
その数は数人。
鎧には、見覚えのある紋章が刻まれている。
その前方には――
巨大な獣のような影がいくつも見えた。
「魔物です!」
護衛の一人が叫んだ。
「全員、馬車を守れ!」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
私は息を呑んだ。
魔物。
ゲームの中では何度も見た。
けれど、実際に目の前にすると、その迫力はまるで違う。
唸り声。
地面を蹴る音。
そして、こちらへ向かってくる巨大な爪。
「……っ!」
護衛の騎士が前に出る。
だが――
「下がってください!」
別の声が響いた。
次の瞬間。
――ザンッ!
一人の男が魔物の前へ飛び込んだ。
長い剣が振り抜かれる。
魔物の動きが止まった。
そのまま、巨体が地面へ倒れる。
「……え?」
私は思わず目を見開いた。
速い。
魔法ではない。
ただ、剣だけで魔物を一撃で倒した。
男は倒れた魔物を確認すると、すぐに別の魔物へ向かっていく。
「グルァァァッ!」
魔物が牙を剥く。
男は真正面から受け止め――
紙一重で攻撃をかわした。
そして懐へ入り込む。
剣が閃いた。
二体目の魔物が倒れる。
「すごい……」
思わず声が漏れた。
私の護衛たちも驚いている。
どうやら、この男はかなりの腕前らしい。
残った魔物も、男と周囲の騎士たちによって次々と倒されていく。
やがて。
街道に静けさが戻った。
「怪我人は?」
男が振り返った。
「こちらは大丈夫です」
近くにいた騎士が答える。
「そうですか」
男は短く頷いた。
そして、こちらへ歩いてくる。
「こちらの馬車にお乗りなのは、ヴァロワ伯爵家の方ですか?」
「え?」
突然話しかけられ、私は少し戸惑った。
「私が……マルグリット・ド・ヴァロワです」
そう名乗ると、男はわずかに目を見開いた。
「失礼しました。私はアントワーヌ・ド・モンフォールです」
「アントワーヌ……」
その名前に、私は聞き覚えがあった。
モンフォール子爵家。
ヴァロワ伯爵家に仕える寄子であり、辺境の魔物討伐や領地防衛を担っている家だ。
だからこそ、彼らがこの辺りで魔物討伐を行っているのだろう。
「最近、この辺りで魔物の動きが増えています」
アントワーヌが街道の先へ目を向ける。
「魔物の動きが……?」
「ええ。以前よりも数が増えています。まだ大きな被害にはなっていませんが、警戒が必要です」
私は男の言葉に引っかかった。
魔物の動きが増えている。
ゲームでも、この時期には魔物被害が増え始めていた。
魔王復活は三年後。
けれど、その兆候は少しずつ現れる。
「……そうですか」
私は街道の先へ目を向けた。
ゲームの知識と、現実に起きていること。
それが少しずつ重なり始めている。
けれど――
目の前の男については、何も思い出せない。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「礼はいりません」
アントワーヌはそう言って、剣を鞘へ収めた。
「魔物が出たばかりです。屋敷までお送りします」
「そこまでしていただいても?」
「この先も安全とは限りませんから」
それだけ言うと、彼は仲間の騎士たちに短く指示を出した。
どうやら、この辺りの安全を確認してから戻るつもりらしい。
私はその背中を見つめた。
先ほどの戦い。
魔物を一撃で倒した剣技。
そして、迷いのない判断。
辺境の騎士。
それだけなら、ゲームの世界にも存在していておかしくない。
けれど。
「……アントワーヌ・ド・モンフォール」
私は小さく、その名前を呟いた。
やはり、思い出せない。
ゲームに登場した人物なら、私はその未来をある程度知っている。
けれど、この人の未来だけは――何も分からない。
私の知らない男。
それが、私の前に初めて現れた。
そして私はまだ知らなかった。
この出会いが、私の知っている「ゲームの未来」を大きく変えることになるなんて。




