第5話 辺境領
王都を出て、数日が経った。
馬車の窓から見える景色は、少しずつ変わっていった。
整えられた街道。
大きな屋敷。
商人たちで賑わう町。
王都の周辺では当たり前だったものが、次第に少なくなっていく。
代わりに増えていったのは、広い草原と森。
そして、遠くに見える山々だった。
「……随分と遠くまで来ましたね」
私は窓の外を眺めながら呟いた。
「もうすぐです、お嬢様」
向かいに座っていた侍女リゼットが答える。
父が用意してくれた護衛たちも、馬車の周囲を固めている。
王都を離れることに不安がないわけではなかった。
けれど。
今は、それ以上に期待の方が大きい。
ここから。
私の新しい人生が始まる。
◇
さらにしばらく進むと、街の景色が見えてきた。
「……あれが?」
「はい。ヴァロワ領の中心街です」
私は思わず身を乗り出した。
――これが、私の領地。
王都で暮らしていた私にとっては、少し寂しく感じる町だった。
建物は古い。
道も十分に整備されているとは言えない。
商店の数も少ない。
そして、道を歩く人々の表情には、どこか疲れが見えた。
「……思っていたより」
私は言葉を止める。
「寂れている、ですか?」
リゼットが少し困ったように尋ねた。
「……ええ」
正直に答えた。
けれど。
私は知っている。
この領地は、ゲームの中でも決して豊かな場所ではなかった。
王都から遠く離れ、魔物の被害も多い。
商人たちも、わざわざ危険を冒してまで訪れようとはしない。
そのため、領地の財政も苦しい。
ゲームの中では、主人公たちがこの領地を訪れることはほとんどなかった。
だからこそ。
私はここに目をつけた。
「……まだ、間に合う」
誰に聞かせるでもなく呟く。
「お嬢様?」
「いえ、何でもありません」
馬車がゆっくりと町を進んでいく。
私は窓の外を眺めながら、記憶を探っていた。
ゲームの中で。
この辺境領には、いくつかの設定があった。
魔物の被害。
人手不足。
農地の問題。
そして――。
「……確か」
私は小さく呟いた。
ゲームの中で、後になって重要になる場所があったはずだ。
当時は、ただの背景設定程度にしか思っていなかった。
けれど。
今の私にとっては違う。
「探してみる価値はある」
何が正解なのかは、まだ分からない。
ゲームで知っていることが、現実でも同じとは限らない。
それでも。
何も知らない人間よりは、私は少しだけ先を知っている。
それを使わない理由はなかった。
◇
やがて馬車が止まった。
「到着しました」
護衛の声が聞こえる。
私は馬車から降りた。
目の前には、大きな屋敷が建っている。
王都の貴族屋敷ほど華美ではない。
けれど、長い年月をかけて使われてきたことが分かる建物だった。
「……ここが、私の家」
少しだけ不思議な気持ちになる。
今まで私は、王都にある屋敷を自分の家だと思っていた。
けれど。
これからは違う。
ここで暮らし。
ここで領地を見て。
ここで、自分の未来を変える。
「お嬢様、お疲れでしょう。まずはお部屋へ――」
「その前に」
私は屋敷の中へ向かおうとしたリゼットを呼び止めた。
「領地の状況を知りたいです」
「今からですか?」
「はい」
私は町の方を振り返った。
古びた建物。
少ない人通り。
疲れたような領民たち。
「私は、この領地を何も知りません」
王妃になるための勉強はしてきた。
領地経営についても学んだ。
けれど。
実際に領民がどんな生活をしているのか。
何に困っているのか。
それは、ここへ来なければ分からない。
「まずは自分の目で見たいんです」
リゼットは少し驚いた顔をした。
けれど、すぐに頷いた。
「承知しました」
私はもう一度、町を見る。
この領地は、確かに豊かではない。
けれど。
私はゲームの中で、この場所を知っている。
誰も価値に気づいていなかった場所も。
後になって重要になるものも。
その記憶が正しければ――。
「変えられるかもしれない」
小さく呟いた。
魔力は弱い。
剣も使えない。
王都での私には、何もできなかった。
でも。
ここなら違う。
私には、私にしか使えないものがある。
前世の記憶。
ゲームの知識。
そして――。
「この領地を、私の手で変えてみせる」
まだ誰にも知られていない未来を。
ゲームには存在しなかった未来を。
ここから作っていく。
私はそう決意して、屋敷へと足を踏み入れた。




