第2話 思い出した前世
――私は、前世でこの世界を知っていた。
そう気づいた瞬間、頭の中に次々と記憶が蘇ってきた。
「……乙女ゲーム」
思わず、そんな言葉が口から漏れる。
王太子フィリップ。
ベルナール嬢。
そして、私――マルグリット。
どれも、知っている。
知っているはずなのに、今まで思い出せなかった。
私は王宮の一室に用意された控え室で、椅子に座ったまま頭を抱えていた。
「どうして……今まで忘れていたの?」
前世の私は、この世界を舞台にした乙女ゲームを遊んでいた。
貴族令嬢として学園生活を送り、攻略対象となる男性たちと恋をする。
そんな、ごく普通の恋愛ゲーム。
その中で、私は――悪役令嬢だった。
「……マルグリット・ド・ヴァロワ」
自分の名前を呟く。
伯爵令嬢。
王太子の婚約者。
そして、主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢。
ゲームでは、今日と同じように婚約を破棄される。
その後、国外追放。
そして――。
「……処刑」
口にしただけで、背筋が冷たくなった。
ゲームを遊んでいたとき、私はマルグリットの末路を知っていた。
けれど、それはあくまでゲームの中の話だった。
悪役令嬢が破滅する。
主人公が幸せになる。
それだけの話だと思っていた。
「……まさか」
私は立ち上がり、窓の外を見る。
王都の街並み。
何度も見てきたはずの景色なのに、今はまるで違って見える。
ゲームの背景として見ていた街。
攻略対象たちが歩いていた場所。
イベントが発生した広場。
そして――。
「本当に……ゲームの世界なの?」
答えは出ない。
けれど、偶然で片づけるには一致しすぎていた。
フィリップも。
セシルも。
私自身も。
ゲームの設定と同じだった。
さらに思い出す。
この世界では、王太子との婚約破棄が物語の大きな分岐点になっていた。
ここから先、悪役令嬢マルグリットの人生は転落していく。
「国外追放……」
その言葉を思い出したとき、さらに別の記憶が浮かんだ。
ゲームの後半。
攻略対象たちとの恋愛が一段落した頃に発生する、大規模イベント。
――魔王復活。
「……そうだ」
私は息を呑んだ。
魔王。
このゲームには、恋愛だけではなく世界を揺るがす大きな戦いが存在した。
魔王が復活し、魔物が各地で暴れ始める。
王国全体が戦乱に巻き込まれる。
ゲームの主人公たちも、その戦いに関わっていく。
そして。
「魔王が復活するのは……」
記憶を探る。
ゲームの設定資料。
イベントの発生時期。
作中で語られていた王国の歴史。
断片的だった記憶が、少しずつ繋がっていく。
「三年後……」
声が震えた。
――三年後。
魔王が復活する。
私は窓の外を見つめたまま、動けなくなった。
「……三年」
婚約破棄された。
そのことだけなら、まだいい。
王妃になれなくなった。
フィリップに捨てられた。
それも、もう受け入れた。
けれど。
この世界には、三年後に魔王が復活する。
そして私は知っている。
その頃までに、何の準備もしていなければ――。
「この国は……」
ゲームの映像が頭に浮かぶ。
燃える街。
逃げ惑う人々。
魔物の群れ。
そして、崩れていく王都。
前世では、それを画面越しに見ていた。
今度は違う。
これはゲームではない。
ここにいる人たちは、実際に生きている。
「……私が何とかしなきゃ」
思わず呟いた。
けれど、すぐに首を横に振る。
「何とかって……どうやって?」
私は無能令嬢だ。
魔力は弱い。
剣も使えない。
魔物と戦う力なんてない。
ゲーム知識がある。
それだけだ。
「でも……」
私はもう一度、窓の外を見る。
これから起きることを知っているのなら。
何もしないという選択肢はなかった。
それに――。
ゲームの中で、私は死んだ。
婚約破棄され。
国外へ追放され。
最後には処刑された。
だったら。
「同じ結末を迎える必要なんて、ない」
私は拳を握った。
今までの私は、誰かに決められた人生を歩いてきた。
王太子の婚約者だから。
伯爵令嬢だから。
王妃になるのだから。
そう言われるままに生きてきた。
でも、もう違う。
婚約は破棄された。
王太子妃になる必要もない。
ならば。
「私の人生は、私が決める」
初めて、心の底からそう思った。
そのときだった。
ふと、ゲームの中で見た地図が頭に浮かんだ。
王都から遠く離れた場所。
魔物の被害が多く、王都の貴族たちからは「田舎」と馬鹿にされていた領地。
「……辺境領」
そこなら。
ゲームの知識を使えるかもしれない。
そして、魔王が復活するまでにできることもあるかもしれない。
私は顔を上げた。
「帰ろう」
父の領地へ。
王都から離れた、私の故郷へ。
そこで私は、ゲームにはなかった未来を作る。
――自分が処刑される未来を変えるために。




