第15話 領地を変える魔石
鉱山から戻った翌日。
私は朝から執務室にいた。
机の上には、昨日持ち帰った魔石が置かれている。
青白い光を放つ、大きな魔石。
「……これが」
私はじっと見つめた。
ゲームでは。
この魔石が、領地の未来を大きく変える。
けれど。
現実では、まだ一個見つけただけだ。
「マルグリット様」
ピエールが資料を抱えて入ってきた。
「魔石について、調べてきました」
「どうでしたか?」
ピエールは机の上の魔石を見る。
「鉱夫たちの報告とも照らし合わせましたが、かなり価値のある魔石である可能性が高いです」
「……やっぱり」
「ただし」
ピエールが続ける。
「一個だけでは、領地の財政を救えるほどではありません」
「分かっています」
私は頷いた。
それくらいは予想していた。
「問題は、この魔石がどれだけ採れるかです」
「はい」
ピエールは資料を開いた。
「通常の魔石より純度が高く、魔力を多く蓄えられる可能性があります。そのため、魔道具を扱う商人や工房からの需要も期待できます」
「つまり、高く売れる?」
「通常の魔石より、かなり高くなる可能性があります」
私は魔石を見つめる。
「可能性……ですか」
「実際の取引価格を確認する必要があります」
「そうですね」
私は頷いた。
ゲームなら。
ここで、高品質な魔石が見つかった。
それだけで領地の財政が改善して。
商人が集まって。
領地が発展していく。
けれど、現実は違う。
「まず、売ってみる必要がありますね」
「はい」
ピエールが頷く。
「それから、鉱山にどれだけ埋まっているのかを調べる必要があります」
「採掘できる量も」
「採掘に必要な人員も」
「安全対策も」
「運搬費も必要です」
「……」
私は苦笑した。
「やることが多いですね」
「領地経営ですから」
「そうでした」
思わず笑ってしまう。
魔石を一つ見つけただけで、全てが解決するわけではない。
むしろ。
ここからが始まりなのだ。
◇
その日の午後。
私は再び、北部鉱山についての報告を受けていた。
「坑道の一部に崩落の危険があります」
モンフォール家の騎士が説明する。
「採掘を始めるなら、先に補強が必要です」
「分かりました」
私は頷いた。
やはり、簡単にはいかない。
「では、いきなり大規模な採掘はしません」
私はピエールを見る。
「まずは安全を確保したうえで、試験的に採掘しましょう」
「試験採掘ですか?」
「はい」
農業と同じだ。
いきなり全てを変える必要はない。
「少量だけ採掘して、品質と採掘量を確認する」
「そして、実際に売ってみる」
「はい」
私は頷いた。
「どれくらいの価格になるのか。それを確認してから、次を決めます」
「承知しました」
ピエールが頷く。
焦る必要はない。
農業も。
水路も。
鉱山も。
一つずつ確かめればいい。
◇
数日後。
王都へ向かう商人が、領都へ立ち寄った。
ピエールが交渉の場を用意してくれた。
「これが……?」
商人は魔石を手に取り、目を見開いた。
「高品質魔石です」
「本当に?」
「はい」
商人は何度も角度を変えて魔石を見る。
「この品質なら、欲しがる工房は多いでしょう」
「では、いくらで?」
ピエールが尋ねる。
商人は少し考えた。
「通常の魔石の数倍は出せます」
「数倍……」
私は思わず息を呑んだ。
「ただし」
商人が続ける。
「この品質のものが、安定して採れるのであれば、ですが」
「……なるほど」
私は理解した。
一個だけ高品質。
それでは商売にならない。
継続的に採れること。
安全に採掘できること。
運ぶことができること。
そして、売り続けられること。
それが揃って初めて、領地の収入になる。
「分かりました」
私は商人を見る。
「では、まず試験採掘を行います」
「期待しています」
商人は笑った。
その言葉を聞きながら、私は魔石へ視線を落とした。
可能性はある。
でも。
まだ、可能性でしかない。
◇
商人が帰った後。
私は窓の外を眺めていた。
領都はまだ寂れている。
道路も古い。
農地も、まだ十分ではない。
水路も一部を直しただけ。
何もかも、これからだ。
でも。
鉱山を見つける前とは、少しだけ違う。
「可能性は、ある」
小さく呟く。
ゲームでは、この鉱山が領地を変えた。
そして今。
私の目の前にも、その可能性がある。
ただし。
「ゲームの通りになるとは限らない」
私は自分に言い聞かせる。
ゲームでは知らなかったこともある。
現実には、農民がいる。
騎士がいる。
鉱夫がいる。
商人がいる。
そして。
私の知らない人たちが、この領地で生きている。
だから。
私はゲームの答えを、そのまま持ってくるのではなく。
一つずつ確かめていく。
「農業も」
私は机の上の資料を見る。
「水路も」
そして魔石を見る。
「この鉱山も」
一つずつ。
できることから。
「そうすれば……」
私は窓の外へ目を向けた。
「この領地は、変えられる」
その時。
「マルグリット様」
扉の向こうから声がした。
「アントワーヌ様がお見えです」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「どうぞ、お通ししてください」
扉が開く。
「失礼します」
アントワーヌが入ってきた。
「ご機嫌いかがですか、マルグリット嬢」
「はい。アントワーヌ様こそ」
「私も変わりありません」
アントワーヌは小さく頷いた。
「北部の魔物について、いくつか報告がありまして」
「魔物の?」
「はい。最近の出没状況と、今後の警戒についてです」
なるほど。
モンフォール家は北部の防衛を担っている。
その報告なら、ここへ来る理由としても不思議ではない。
「ありがとうございます。後で詳しく聞かせてください」
「承知しました」
そこで。
アントワーヌが少しだけ笑った。
「それと……」
「はい?」
「報告のついでに、マルグリット嬢のご様子も伺おうと思いまして」
「……私の?」
「はい」
その言葉に。
胸が、ほんの少しだけ跳ねた。
魔石を見つけた時とは違う。
領地の未来を考えている時とも違う。
なぜか。
アントワーヌが来てくれたことが、少しだけ嬉しかった。
三日後。
私たちは、再び北部の山岳地帯へ向かった。
前回は坑道の入口を確認しただけだった。
今日は違う。
坑道の内部を調べる。
「準備はできています」
ピエールが確認する。
「食料、水、それから灯りも用意しました」
「ありがとうございます」
私は頷いた。
そして、今回は専門家も同行している。
「こちらの方々が?」
「はい」
ピエールが紹介する。
「近隣で鉱山の仕事をしていた者たちです。坑道の状態や、魔石について知識があります」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
数人の鉱夫たちが頭を下げる。
今回の調査では、彼らの経験が頼りになる。
鉱山について何も知らない私たちだけで、奥へ進むべきではない。
「中では何があるか分かりません」
アントワーヌが騎士たちを見渡す。
「無理はしないでください。異常があれば、すぐに戻ります」
「はい」
私は頷いた。
「では、行きましょう」
◇
坑道の中は暗かった。
用意した灯りを掲げる。
古い坑道。
壁には、かつて採掘された跡が残っている。
「かなり古いですね」
一人の鉱夫が壁を確認する。
「ええ」
ピエールも周囲を見回す。
「記録に残っている採掘場と一致しています」
「坑道そのものは、まだ使えそうですか?」
「場所によりますね」
鉱夫が天井を見上げる。
「古いので、崩れている場所もあるでしょう。無理に進むのは危険です」
「分かりました」
私は頷いた。
焦る必要はない。
先日の調査で決めた。
まずは現場を見る。
そして、専門家の意見を聞く。
分からないことを、分からないまま進めない。
それが今の私のやり方だった。
◇
しばらく進む。
坑道は途中で二手に分かれていた。
「分かれ道ですね」
ピエールが足を止める。
「どちらへ進みますか?」
私は答えず、鉱夫たちを見る。
彼らは左右の坑道をじっと見比べていた。
「……少し待ってください」
一人の鉱夫が目を閉じる。
そして、静かに息を吐いた。
「……右です」
「右?」
「はい」
彼は右側の坑道へ目を向けた。
「魔力の流れがあります」
「魔力の流れ?」
「微かですが、右側の方が濃いんです」
別の鉱夫も右側へ近づく。
「……確かに」
「左より、右ですね」
二人の鉱夫が頷き合う。
私は彼らを見る。
「それなら、右へ進みましょう」
「分かりました」
アントワーヌが先頭に立つ。
騎士たちが周囲を警戒しながら進み、その後ろを私たちが続いた。
◇
さらに奥へ進む。
次第に、空気が変わってきた。
「……止まってください」
先ほどの鉱夫が足を止めた。
「何かありますか?」
「この辺りです」
彼は壁へ近づく。
灯りを向ける。
すると。
「……あれは」
岩壁の一部に。
青白い光が浮かんでいた。
「魔石です!」
鉱夫の一人が声を上げた。
全員が足を止める。
「これは……」
私は思わず息を呑んだ。
岩壁に埋まるようにして、青白い結晶が輝いている。
「かなり大きいですね」
ピエールが近づく。
「まだ触らないでください」
鉱夫が制した。
「まず周囲を確認します」
「分かりました」
鉱夫たちは魔石の周囲を慎重に調べ始めた。
壁。
床。
天井。
そして魔石そのもの。
しばらくして、一人の鉱夫が口を開いた。
「……これは、かなり質がいいと思います」
「高品質ということですか?」
私が尋ねる。
「はい」
鉱夫は頷いた。
「色だけじゃありません。結晶の状態もいい。魔力の濃さも、普通の魔石とは違います」
別の鉱夫も魔石を確認する。
「間違いないと思います」
「これほどのものが?」
ピエールが驚いたように呟く。
「ただ」
鉱夫が続けた。
「まだ一つ見つかっただけです」
「……そうですね」
「この奥に同じものが続いているかは分かりません」
「どのくらい採れそうですか?」
ピエールが尋ねる。
鉱夫は首を横に振った。
「それは、もっと調べないと分かりません」
「この一個だけかもしれませんし、奥に鉱脈が続いているかもしれません」
「なるほど」
ピエールが頷く。
「では、現時点では『高品質の魔石が一つ確認された』というところですね」
「はい」
私は魔石を見つめた。
青白い光。
確かに、見覚えがある。
ゲームの中で見たものと同じだった。
けれど。
今は、まだ一つ。
これだけで、この鉱山にどれだけの価値があるのかは分からない。
◇
私は魔石を見つめていた。
ゲームでは。
この鉱山が領地の未来を変える。
それを私は知っている。
けれど、現実は違う。
魔石が一つ見つかった。
それだけだ。
まだ埋蔵量は分からない。
採掘できる量も分からない。
坑道の安全性も分からない。
採掘したとして、それをどう売るのかも決まっていない。
「ピエール」
「はい」
「正式に調査を進めましょう」
「承知しました」
「ただし、いきなり大規模な採掘はしません」
「はい」
「まずは鉱脈の規模を調べる。どれだけ採れるのか確認する。そして、安全に採掘できるか調べる」
「採掘した魔石の販売先も必要になりますね」
「ええ」
私は頷いた。
「品質が良くても、売れなければ意味がありません」
「商人との交渉も必要になります」
「お願いします」
「承知しました」
ピエールが頷く。
農業と同じだ。
一つ結果が出たからといって、すぐに全てを変えるわけではない。
小さく始める。
現場を見る。
専門家の意見を聞く。
結果を確認する。
そして、次へ進む。
「マルグリット嬢」
アントワーヌが声をかけた。
「はい?」
「嬉しそうですね」
「……え?」
思わず顔を上げる。
「そう見えますか?」
「はい」
アントワーヌは頷いた。
「昨日より、ずっと」
「……」
私は魔石へ視線を戻した。
確かに。
嬉しい。
この領地を変えられるかもしれない。
その可能性が、目の前にある。
でも。
それだけではない気がした。
三日前。
誰も知らなかった鉱山へ来た。
そして今日。
ここで、新しい可能性を見つけた。
その隣には。
ゲームには存在しなかった人がいる。
「……そうかもしれませんね」
私は小さく笑った。
青白い魔石が、暗い坑道の中で静かに輝いている。
これは、ゲームで知っていた未来。
けれど。
ここから先は違う。
ゲームには、ここから先の私たちの行動なんて書かれていない。
どれだけ採れるのか。
どうやって採るのか。
誰に売るのか。
そして、この鉱山が本当に領地の未来を変えるのか。
まだ何も決まっていない。
だからこそ。
「ここからは、私たちで決めましょう」
私は静かに呟いた。
ゲームにはなかった未来を。
私たち自身の手で。
「……そうですか」
私は小さく笑った。
けれど。
どうしてそんな気持ちになったのか。
その時の私は、まだ知らなかった。




