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第13話 ゲームに存在した鉱山



 試験農地に種をまいてから、数日が経った。


 水路の修繕も、少しずつ進んでいる。


 まだ、目に見えるほどの変化があるわけではない。


 収穫には、まだ時間がかかる。


 それでも。


「……少しずつ、変わってきていますね」


 私は屋敷の窓から、遠くの農地を眺めていた。


「はい」


 隣に立つピエールが頷く。


「水路の修繕を始めてから、農民たちの表情も少し明るくなりました」


「そうですか」


「もちろん、これだけで領地の問題が解決するわけではありませんが」


「分かっています」


 私は頷いた。


 農業。


 水路。


 道路。


 魔物。


 人手。


 商人。


 財政。


 どれも一つだけを改善すれば終わる問題ではない。


 だからこそ。


 私は焦らないことにしていた。


 小さく始める。


 現場を見る。


 結果を確認する。


 そして、次へ進む。


 それが今の私にできることだ。


     ◇


 その日の午後。


 私は執務室で領地の地図を広げていた。


 指で北側をなぞる。


 ヴァロワ領の北部。


 山岳地帯。


 深い森。


 そして、そのさらに奥。


「……この辺り」


 私は地図の一点を指で示した。


「ここに、古い鉱山があるはずなのよね」


「鉱山、ですか?」


 ピエールが地図を覗き込む。


「ええ」


 私は頷いた。


「今は使われていないはずです」


「そういえば……」


 ピエールが記憶を探るように眉を寄せた。


「この辺りには、昔の採掘場があったという記録があります」


「やっぱり」


「ただ、かなり古いものです。現在はほとんど使われていません」


「そうでしょうね」


 私は地図を見つめた。


 これは、ゲームの知識だ。


 ゲームの後半。


 ヴァロワ領が財政難に苦しんでいた頃。


 北部の山岳地帯で、古い鉱山が再発見される。


 そこで採掘された魔石が、領地の発展に大きな影響を与える。


 商人が集まり。


 雇用が生まれ。


 税収も増える。


 やがて、貧しかったヴァロワ領は大きく発展していく。


 私は、そのイベントを知っている。


 だから、場所も覚えていた。


 けれど。


「この場所に、本当に価値のあるものが残っているとは限りません」


 私はそう付け加えた。


「確かに。実際に確認してみる必要がありますね」


「ええ」


 私は地図を見つめた。


 ここはゲームの中ではない。


 農業改革でも、それを実感している。


 ゲームで描かれていた領地と、実際のヴァロワ領は同じではなかった。


 ならば、この鉱山も同じとは限らない。


 鉱山が残っているのか。


 坑道が使える状態なのか。


 本当に魔石が採れるのか。


 採れるとして、どれほどの量なのか。


 何一つ、まだ確認していない。


「だから、実際に見てみたいのです」


「分かりました」


 ピエールが頷く。


「ただ、北部は危険です」


「魔物ですか?」


「はい」


 ピエールは表情を引き締めた。


「最近、北部の山道を巡回している者から、魔物の目撃報告が増えています」


 私は地図を見る。


 ゲームでは、鉱山を発見するまでに大きな危険は描かれていなかった。


 けれど、現実には魔物がいる。


 それだけで事情は変わる。


「それなら、護衛をつけましょう」


「その方がよいでしょう」


 ピエールが頷く。


「ヴァロワ家の騎士を手配します」


「お願いします」


 私は頷いた。


「それと、北部の地形に詳しい騎士がいるなら、同行してもらえると助かります」


「確認してみます」


     ◇


 翌日。


 鉱山の調査に向かう準備が整った。


 ヴァロワ家からは、数名の騎士が護衛として同行する。


 私とリゼット、ピエール。


 そして騎士たち。


 その予定だった。


「お待ちください」


 出発の準備をしていると、声が聞こえた。


 振り返る。


「アントワーヌ?」


 屋敷の前に立っていたのは、アントワーヌだった。


 モンフォール家の騎士。


 以前から何度か顔を合わせている。


 彼は私の前まで歩いてくると、一礼した。


「北部へ向かわれると聞きました」


「ええ。古い鉱山の調査に行く予定です」


「北部の山地ですと、最近は魔物が増えています」


 アントワーヌは北の方角へ目を向けた。


「危険です」


「……」


「もし許されるのであれば、私も護衛として同行させていただけませんか」


「あなたが?」


「はい」


 彼は頷いた。


「モンフォール家は北部の防衛や街道の巡回を担当しています。私もあの辺りを巡回することがあります」


 なるほど。


 それなら心強い。


 ヴァロワ家の騎士とは別に、北部の地形を知る騎士が加わる。


「ありがとうございます」


 私は頷いた。


「では、お願いします」


「お任せください」


 アントワーヌは短く答えた。


 それ以上、余計なことは言わない。


 自分ができることを、ただやる。


 そんな騎士だった。


     ◇


 私たちは北部へ向かった。


 街道を進み。


 やがて道を外れる。


 森へ入るにつれて、道は次第に険しくなっていった。


「この先は、馬では進みにくくなります」


 先頭を歩くアントワーヌが振り返る。


「ここからは歩いた方が安全でしょう」


「分かりました」


 私たちは馬を降りた。


 騎士たちが周囲を警戒しながら、山道を進んでいく。


 木々の間から差し込む光。


 足元に転がる石。


 湿った土。


 ゲームの画面で見ていた景色とは、まるで違う。


「ゲームでは、一瞬だったのですけどね……」


 思わず呟いてしまった。


「何か言いましたか?」


 アントワーヌが振り返る。


「い、いえ」


 危ない。


 つい、ゲームの感覚で考えてしまった。


 ゲームなら、目的地を選択すればすぐに到着する。


 けれど現実は違う。


 足場を確認する。


 周囲を警戒する。


 魔物の痕跡を探す。


 道を選ぶ。


 目的地へ向かうだけでも、これだけの時間がかかる。


 ゲームの知識だけでは、何もできない。


 知っていることと。


 実際に行動することは違うのだ。


     ◇


「止まってください」


 アントワーヌが手を上げた。


 全員が足を止める。


「……何かいます」


 騎士たちが剣に手をかけた。


 森の奥。


 ガサッ。


 枝が揺れる。


 次の瞬間。


 魔物が飛び出してきた。


「来ます!」


 ヴァロワ家の騎士たちが前に出る。


 アントワーヌも剣を抜いた。


 一閃。


 魔物が地面に倒れる。


「もう一体!」


 別の魔物が木々の間から飛び出してきた。


 アントワーヌが素早く踏み込む。


 剣が閃く。


 魔物が地面へ倒れた。


「周囲を確認します」


 アントワーヌが告げる。


 騎士たちが周囲を見回す。


 しばらくして。


「他にはいないようです」


「助かりました」


 私はアントワーヌに礼を言った。


「護衛ですから」


 彼は短く答えた。


 その言葉に、私は小さく頷いた。


 彼が同行してくれてよかった。


 そう思った。


     ◇


 さらに山道を進む。


 しばらくして。


「あれではありませんか?」


 ピエールが前方を指差した。


 木々の向こう。


 岩肌に、人工的な穴が開いている。


「……坑道」


 私は思わず息を呑んだ。


 記憶にある場所と同じだった。


 本当にあった。


「昔の採掘場ですね」


 ピエールが近づきながら言う。


「記録にある場所と一致しています」


 私は坑道を見つめた。


 ゲームでは、この先に価値のある魔石が存在する。


 その後の領地の発展も知っている。


 けれど。


 今の私は、その未来をまだ確認していない。


 ここに何が残っているのか。


 本当に魔石があるのか。


 どれほど残っているのか。


 採掘できる状態なのか。


 何も分からない。


「中を確認しますか?」


 アントワーヌが尋ねた。


 私は坑道の暗闇を見る。


 一瞬、進みたい気持ちが湧いた。


 ゲームでは知っている。


 この先に何があるのか。


 けれど。


「……今日は入口までにしましょう」


 私は首を横に振った。


「本格的に調査するなら、準備が必要です」


「賛成です」


 ピエールが頷く。


「灯りも、食料も、水も必要になります。それに、坑道の安全確認も」


「ええ」


 私は頷いた。


「崩落している場所があるかもしれません。内部に魔物がいる可能性もあります」


 ゲームには描かれていなかった危険。


 でも、現実にはある。


「一度戻って、必要なものを準備しましょう」


「分かりました」


 アントワーヌも頷いた。


「次は、万全の準備を整えて来ましょう」


「はい」


 私はもう一度、坑道を見る。


 暗い。


 何があるのか、まだ分からない。


 けれど。


 確かめることはできる。


 焦る必要はない。


 農業改革と同じだ。


 一歩ずつ。


 現場を見て。


 確認して。


 結果を見て。


 次へ進む。


「この鉱山も――」


 私は静かに呟いた。


「一歩ずつ、ですね」


「そうですね」


 アントワーヌが答えた。


「その方がいいと思います」


 私は彼を見る。


 その言葉が、なぜか少し嬉しかった。


 ゲームでは、こんなふうに一緒に考えてくれる人はいなかった。


 この人は、ゲームには存在しなかった。


 だからこそ。


 この先に何が待っているのか、私にも分からない。


 それでも。


 私は怖くなかった。


 ゲームの未来を、そのままなぞる必要はない。


 現実には、現実のやり方がある。


 私が選んで。


 私たちで確かめて。


 私たちの未来を作っていけばいい。


 私はそう思いながら、北の山を振り返った。

ご拝読ありがとうございました!


日曜日の朝の更新をお届けしました。週末のお供に楽しんでいただけていれば幸いです。




次回、第14話は【本日夕方19:00】に投稿予定です。






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