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第12話 小さな畑から



 数日後。


 私は再び農地へ来ていた。


「本当にここでやるんですか?」


 隣に立つピエールが確認する。


「はい」


 目の前にあるのは、決して広くない畑だった。


 むしろ、周囲の畑と比べればかなり小さい。


「ここなら失敗しても被害は限定できます」


「その通りです」


 ピエールは頷いた。


「それに、水路も近い」


「はい」


 少し離れた場所には、古い水路がある。


 石は崩れ、土も入り込んでいる。


 水が流れてはいるものの、勢いは弱い。


「ここを修繕します」


 私は水路を指差した。


「本当に一部だけなんですね」


「全部直すお金はありませんから」


 昨日、ピエールから聞いた話を思い出す。


 領地には他にも修繕しなければならない場所がある。


 道路も。


 建物も。


 防衛設備も。


 全部を一度に直すなんて無理だ。


「だから、まずここです」


「分かりました」


 ピエールが修繕を担当する者たちへ指示を出す。


 崩れた石を取り除く。


 土を掘り出す。


 水の流れを確認する。


 派手な作業ではない。


 けれど。


 これが領地を変えるための最初の作業だった。


     ◇


「お嬢様」


 声をかけられて振り返る。


 昨日話を聞いた農民たちが集まっていた。


「今日は何をするんです?」


「この畑で試験をします」


「新しい作物を?」


「はい」


 農民たちの顔には、まだ不安が残っている。


 当然だ。


 自分たちの生活がかかっているのだから。


「どんな作物なんです?」


「麦以外の作物です」


「……本当に大丈夫ですか?」


 その言葉に、私は頷いた。


「分かりません」


「え?」


「成功するかどうかは、私にも分かりません」


 農民たちが顔を見合わせる。


「ですが」


 私は畑を見た。


「だから、ここだけで試します」


「……」


「失敗したとしても、この畑だけです」


 私は農民たちを見る。


「皆さんの畑を巻き込むつもりはありません」


「お嬢様……」


「それに、作り方については皆さんの意見を聞きたいんです」


「俺たちの?」


「はい」


 私は頷いた。


「皆さんの方が、この土地を知っていますから」


 農民たちはしばらく黙っていた。


 やがて、一人の農民が口を開く。


「……土が固い場所があります」


「どこですか?」


「あそこです」


 指差された場所を見る。


「水が溜まりやすいんですよ」


「なるほど」


「逆に、あっちはすぐ乾きます」


 別の農民が言う。


「日当たりも違います」


「そうですか」


 私はしゃがみ込み、土を手に取った。


 乾いている。


 けれど、場所によって状態が違う。


 ゲームでは。


 ただ「この作物を植えれば収穫量アップ」と表示されていた。


 でも現実では違う。


 同じ領地でも、畑によって条件が違う。


「……だから、皆さんの話が必要なんです」


「はい?」


「いえ、こちらの話です」


     ◇


 その日の午後。


 水路の修繕が始まった。


「少しずつ、水が増えてきています」


 ピエールが水路を覗き込む。


「本当ですね」


 さっきまで細かった水の流れが、少しだけ強くなっている。


「これなら、試験農地まで水を引けます」


「よかった」


 思わず笑みがこぼれた。


 ほんの少し。


 本当に、ほんの少しだけだ。


 けれど。


 確かに変わった。


「お嬢様」


「はい?」


「これだけでも、農民たちには意味があります」


「そうなんですか?」


「自分たちの畑に、水が届く」


 ピエールは静かに言った。


「それだけで、希望になります」


「……希望」


 私は水の流れを見る。


 こんな小さな変化が。


 誰かにとっては、明日の生活を変えるかもしれない。


「なら、もっと増やしましょう」


「はい」


 ピエールが頷く。


「ただし、焦らずに」


「分かっています」


     ◇


 屋敷へ戻ると。


「お姉様!」


 玄関で声がした。


「クロエ?」


 そこにいたのは、妹のクロエだった。


「お帰りなさい!」


「どうしたの?」


「お父様から聞きました」


「何を?」


「お姉様が領地を変えようとしているって!」


 クロエは嬉しそうに笑う。


「私も何かしたいです!」


「何かって……」


「お姉様のお手伝い!」


 私は思わず困ってしまった。


「クロエはまだ……」


「子供だからですか?」


「そういう意味では――」


「なら、できることを探します!」


 クロエは胸を張った。


「私、この領地のことをもっと知りたいです」


「……」


「お姉様が頑張っているなら、私も頑張りたいです」


 その言葉を聞いて。


 私は少しだけ驚いた。


 ゲームでは。


 クロエのことを、ここまで詳しく知らなかった。


 マルグリットが破滅した後。


 クロエがどう生きたのか。


 何を思ったのか。


 ゲームには、ほとんど描かれていない。


 だからこそ。


 この子の未来も、私には分からない。


「……分かったわ」


「本当ですか!」


「ただし、無理はしないこと」


「はい!」


「それから、勝手に危険な場所へ行かないこと」


「はい!」


「約束できますか?」


「できます!」


 クロエが笑う。


 私はその頭をそっと撫でた。


「ありがとう」


「はい!」


 胸の奥が、少し温かくなった。


 ゲームに書かれていない。


 だから分からない。


 でも。


 分からないからこそ。


 この子の未来も、自分たちで作っていける。


     ◇


 その夜。


 私は今日の記録を書いていた。


 水路。


 試験農地。


 農民から聞いた土の状態。


 そしてクロエ。


 まだ何も大きく変わってはいない。


 領地が豊かになったわけでもない。


 収穫が増えたわけでもない。


 けれど。


 最初の一歩は踏み出した。


 私は窓の外を見る。


 遠くに、月明かりに照らされた農地が見える。


「……小さな畑からでいい」


 一つずつ。


 できることから。


 ゲームの答えを、そのまま現実に押しつけるのではなく。


 この土地で暮らす人たちと一緒に、答えを探していく。


「私が選ぶ」


 そして。


「私が、この領地の未来を作る」


 その言葉はもう。


 以前の私には言えなかった言葉だった。

ご拝読ありがとうございました!

土曜日の夜、皆様いかがお過ごしでしょうか。本日2回目の更新をお届けしました。


次回、第13話は【明日9/27(日)朝7:00】に投稿予定です。

いよいよ追放された令嬢の「反撃(内政)」がさらに加速していきますので、週末のお供にぜひお楽しみください!


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