3.リーリエの父
「リーリエお姉ちゃん、この本読んで」
「いいよー。おいでー、ルーシーちゃん」
リーリエがまだ三歳のルーシーを膝の上に載せて本を読み出すとパラパラと子どもたちが集まってくる。
子どもたちが目を輝かせて、自分の読む話を聞いているのを見ると、擽ったくなるような暖かい気持ちになる。
教会でお世話になり始めて、二週間。
食堂で働くことができなくなってしまったので、魔法学院に入学するための準備以外することがないリーリエは教会の敷地内にある孤児院に毎日のように遊びに来ている。
兄弟のいないリーリエは、お姉ちゃんと言って慕ってくれる子どもたちが可愛くて仕方ない。
残念ながら、孤児院出身の子たちが就ける職は少ない。
孤児院で衣食住の面倒は見てもらえるが、勉強まではなかなか教えてもらえないからだ。
この国では無料で全員が通えるような学校もない。
だから、何とか親のいないこの子たちが将来困らないようにと、読み書きと計算を少しずつ教えている。
リーリエは母親から教わっていて、食堂で働くのにもとても役に立っていて、その重要性が身に染みていた。
護衛でついてくれているレオナルドは騎士に憧れてる男の子たちに剣術を教えてくれている。
始めはそれをすると、護衛の仕事ができないからと渋っていたが、リーリエが目の届く位置にいる時だけという条件で何とかやってくれている。
だから、リーリエはわざわざ外の木の影になる場所に机と椅子を出して、そこで勉強を教えている。
子どもたちの賑やかな声と穏やかな風景に自然と笑みが溢れる。
お母さんが病気になってから、こんなにゆったりした時間は初めてかも。
あの無表情が定番のレオナルドも子どもたちと過ごしていると表情が柔らかくなるし、少しだけ、わたしに対する態度が軟化した気がする。
やっぱり子どものパワーは偉大だなぁ。
「こんな穏やかな生活が続けばいいのになぁ」
知らず知らずのうちに、声に出して呟いていて、ハッと我に帰る。
ん!?これ、何かのフラグじゃないわよね?
往々にして、こんな時の予感というのは当たるものらしい。
孤児院から戻るとすぐに、待っていたかのように神官長ニコラスからの呼び出しがあったのだ。
「リーリエさんのお父さんが誰か分かったよ」
リーリエが神官長室のソファに座るのを待つと、ニコラスがにこやかに告げた。
「へ?」
リーリエは唐突に告げられ話に理解が追いつかず、目をパチパチと瞬かせた。
「もう分かったんですか?」
指輪を預けて一週間、あまりに早い仕事だ。
「ちょっと心当たりがあって、確かめただけだからね。リーリエさんに初めて会った時から知り合いに似てるなって感じてたんだ。特にその瞳の色は彼にそっくりだよ」
ニコラスはリーリエの顔を見て、懐かしそうに目を細めた。
「彼の名前はクラウディオ。クラウディオはリーリエさんのお母さん、クロエさんと駆け落ちしてるんだ。あの指輪はその前に行きつけの宝石店で購入されてて、かなり珍しい石だったから、店主が覚えていたよ。二人は本当に愛し合っていたから、お母さんが亡くなったと言ってたなら、残念だけど、恐らく本当に亡くなっているんだと思う」
ニコラスが痛ましそうに見るが、リーリエには父親の記憶がないし、ずっと死んでいると聞かされていたことなので、そのことについては、やっぱりそうか、ぐらいの感想しかない。
駆け落ちって言うのも、予想通りだし。
「あの、神官長は母のことも知っていたんですか?」
ニコラスの言い方は二人の仲をよく知っていたかのようだった。
「私たちは三人共、学院の同級生だったからね。クラウディオはわたしの友人で、彼の想い人がクロエさん。クロエさんとわたしはそう親しい間柄ではなかったけど。リーリエさんの瞳の色がクラウディオと同じで、髪の色はクロエさんの髪と同じだった。母親の名前が一緒だったのもあって、二人の子どもなんじゃないかと思ってたんだ」
「なるほど…」
偶然にしてはできすぎている気がする。世間はこれほどまでに狭いものかしら?
「それで、クラウディオの家族がリーリエさんに会いたがっているんだけど、どうする?無理にとは言わないけど」
「え!?会いたがってるんですか?」
ここで会いたいと言われるとは思っていなかったリーリエは目を丸くした。
向こうからしたら、かわいい息子を誑かした女の娘なのに?
いや、もしかして、何か文句を言おうとしてる?
「あっ、向こうのご両親、リーリエさんからみたら祖父母なんだけど、彼らは君を害することはないよ。事情があって、大っぴらに探せなかっただけで、突然家を出て行ったきり帰って来ない息子をずっと心配してた。もちろん、クロエさんのことも憎んでないよ」
会ってみたいと思ってしまった。
前世の記憶のあるわたしは面倒なことになるんじゃないかと二の足を踏むけれど、リーリエの純粋な気持ちは家族に会ってみたいのだ。
思えば、リーリエは母親が病気になってから、食堂で働きながら暮らしを支えていた。
まだ十四歳だった。
だけど、頼れる人は誰もいなくて。
母が亡くなった時にも。
だからなのか、血の繋がりのある人がいるのならば、会いたいし、自分にも父親の存在がちゃんとあったのなら、確認がしたい。
「会ってみたいです」
気づいたら、そう答えていた。
彼らが、がんばっていたリーリエちゃんを愛してくれる人たちだといいと思う。
ニコラスは満足そうに微笑んで頷いた。
「分かった。メルトロー前侯爵には、そのように伝えておくよ」
「侯爵…?」
何かの聞き間違いだろう。うん。
「あれ?まだ言ってなかったかな?心配しなくても大丈夫だよ。前だからね」
穏やかで優しいニコラス神官長の笑顔に黒いものを感じたのは、気のせいだと思いたい…




