2.市井育ちの男爵令嬢なんて断固拒否
リーリエは胡散臭い笑みを浮かべて目の前にいる小太りで少しハゲかかっている中年の男に怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑えていた。
無表情で客室の隅で控える護衛のレオナルド・ハルティをチラリと見る。
レオナルドは元々、王宮の騎士団に所属する二十歳の輝く銀髪にサファイアのような瞳を持つ美丈夫な騎士なのだが、希少な聖属性を持つとはいえ、一介の町娘の護衛につくのが不満らしく、口数も少なく無表情で、扱いづらいことこの上ない。
そのカッコいい風貌にまさか、攻略対象者なのかと、警戒して、初対面の時に思わず直球で訊いてしまった。
「婚約者とか恋人はいるんですか?」
レオナルドの眉根に皺が寄ったのを見て、失敗したと思ったが、後の祭り。
元々良くなかった印象が、護衛に粉をかける小娘と認識されてしまった。
「婚約者や恋人がいる方がわたしの護衛なんてしてたら、気にされるんじゃないかと思いまして」
ハハハと誤魔化したものの、表情は変わらず、現在に至る。
そして、教会でお世話になり始めて一週間後、訪ねてきたのが、この男、ドットラン男爵で、こともあろうか、リーリエの父親だと名乗り出てきたのだ。
市井育ちの男爵令嬢なんて、絶対ざまぁされるヒロインじゃないの!
断固拒否!
「わたしの父は亡くなったと聞いてます。人違いではありませんか」
目の下をヒクヒクさせながら、なんとかお断りする。
「クロエは身分違いであることを気にして、黙って身を引いてしまって、まさか、わたしの子どもを産んでいたとは知らなくて。迎えに来るのが遅くなって申し訳ない」
いや、違うって言ってるだろうが!
全然似てないし!リーリエちゃんは超絶美少女なのよ!
「急にそんなこと言われても困ります。今のわたしの後見人は神官長ですから」
この面倒くさい男は神官長のニコラスに丸投げしよう。
困ったことがあったら、何でも相談してくれって言ってたし。
こんな男でも一応は貴族だから、ゴリ押しされたら、ただの平民じゃ抵抗できなくて無理矢理娘にされてしまうかもしれない。
「神官長はお忙しい方ですから、急にお会いすることはできないと思います。兎に角、今日はお帰りください。それでは、ごきげんよう」
もう二度と会いたくないけどなと内心舌を出しつつ、ドットラン男爵をなんとか追い返した。
直接手出ししてくるような時にしか役に立ちそうにない無表情の護衛は当てにできない。
ならば、頼れるのは一人だけだ。
「わたしは物心つく前に父は亡くなったと聞いていますし、困ってるんです。貴族の方の申し出をいつまで拒否できるか」
早速、神官長室を訪れて、ニコラスに現状を訴える。
すごーく困ってますって顔を作って。
「そんなこと言って来てるのは誰だい?」
ニコラスの口調は優しいのに、急に部屋に冷気が漂った。
「ドットラン男爵って名乗ってました」
突然変わった雰囲気にブルっと震える。
「ドットラン男爵か。ハイエナだな」
ニコラスは目を鋭く光らせて冷たく言い捨てる。
こっ怖い。
穏やかな優しい神官長だと思っていたのに、この迫力は何?
リーリエの怯えに気づいたのか、ニコラスは気持ちを落ち着けるように息を一つ吐くと、元の穏やかな顔に戻った。
「リーリエさんはお父さんについて何か聞いてる?身元が分かる品を持ってるとかないかな?お父さんが誰か分かっていると、希少な魔力持ちに群がるような輩が付けいる隙がなくなるんだけど」
「えっと、母は父のことは亡くなったとしか…父から貰ったっていう指輪くらいしか、わたしの手元には何もなくて」
あの後、家から持ち出した荷物は大した物はなくて、母娘二人の質素な生活が見て取れた。
唯一の贅沢品がお母さんが大切にしていた指輪。
薬代にどれだけ困ってもそれだけは手放さなかった。
亡くなる前に、この指輪だけは売らないでリーリエに持っていって欲しいと言って託された物だ。
「もしかしたら、君のお父さんの手がかりがあるかもしれない。その指輪を見せてもらうことは可能かな」
「いいですよ」
ニコラスの提案にリーリエはあっさりと頷いた。
お母さんが最後まで明かさなかった父親のことを探るのが、いいことなのか分からないけれど、全く関係のないドットラン男爵みたいな人の娘にされたくない。
ざまぁされる市井育ちの男爵令嬢にならない為なら、お母さんも許してくれるはず!
短い付き合いでも、この神官長は信用できそうだと思っているリーリエは首からネックレスを外して、ニコラスに差し出した。
ネックレスには指輪が通してある。
父母の唯一の形見だから、無くさないようにいつも身につけていたのだ。
「これはアメジストだと思うけど、色味が濃くて珍しい紫紺の色…」
ニコラスが指輪をあらゆる角度からじっくり見た後、顔を上げた。
「恐らくそれなりに価値がある物だと思う。このアメジストはリーリエさんの瞳の色に近いけど、お父さんの瞳の色と同じなんじゃないかな?自分の瞳の色の宝石を恋人に贈るという風習があるから」
ニコラスの質問に首を傾げる。
リーリエには父親の記憶もなければ、母親からも聞いていない。
「母の瞳の色は薄灰色だったので、わたしの瞳が父親から引き継いだものである可能性はあるとは思います。はっきりとは言えませんけど」
ニコラスはリーリエのはっきりとはしない答えに満足そうに頷いた。
「一つ心当たりがあるんだけど、少しの間だけこの指輪を借りていいかな」
すごい。
指輪を一つ見ただけで、父親の素性が分かるかもしれない。
お母さんも亡くなってしまったし、今更、家族や親戚に何かを期待してる訳じゃない。
だけど、ざまぁされる男爵令嬢は避けられるはず!
指輪はニコラスに預けることにし、ドットラン男爵の対応もこっちでやっておくとの頼もしい返事をもらえて、リーリエは足取り軽く自室に戻って行った。




