表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
85/102

第085話 イゼベル再び


白い門の内側で、セラフィーナが治した兵士が石を投げた。


額へ当たる直前、ガウェインの手甲が受け止める。


石は砕けなかった。


彼は握り込まず、足元へ落とした。


「下がってください」


セラフィーナはガウェインの後ろへ隠れなかった。


兵士を見た。


魔王城への進軍中、黒翼獣に肩を裂かれた若者だった。


傷は塞がっている。


治療の礼を言った時と同じ顔で、今は憎しみを向けていた。


「偽りの聖女!」


別の兵士が叫ぶ。


「祈りで俺たちを縛るな!」


白い門の広間には、負傷者と治療師が集められていた。


三つの門が開いた時、中央へ入ったセラフィーナ、ガウェイン、オズワルド、アレンの班。


彼らを追ってきた味方の一部が、門を越えた途端に武器を向けた。


目は開いている。


呼吸も、脈も乱れていない。


ただ全員の胸元から、白い糸が奥の祭壇へ伸びていた。


「身体を操られとるのではない」


オズワルドが杖の先で糸を追う。


「記憶と怒りを繋がれ、同じ敵を見せられとる」


広間の壁が、王都聖法院の白い石へ変わる。


高い天井。


聖女候補たちが並ばされた祈祷台。


見下ろす聖職者たちの席。


セラフィーナも知っている場所だった。


八歳から何度も立った審問の間。


『力を使いなさい』


白い壁から声がする。


『民のためです』


『耐えなさい。聖女でしょう』


群衆の顔が、聖法院でセラフィーナを監視した者たちへ変わる。


次の瞬間には、治療を求めた民へ戻る。


救ったはずの人々が石を握り、同じ言葉を繰り返す。


「もっと治せたはずだ」


「聖女なのに、なぜ休んだ」


「私の家族を先に救うべきだった」


実際に言われた言葉もある。


イゼベルが作った言葉だけではない。


救えなかった者の怒り。


救われた後も満たされなかった者の不満。


セラフィーナが恐れ、見ないふりをしてきた声が混じっていた。


石がもう一つ飛ぶ。


アレンが剣を上げる。


「待ってください」


セラフィーナが止めた。


「攻撃では、糸の先へ痛みが戻ります」


胸元の白い糸は、投げた腕が動くたびに祭壇へ魔力を送っている。


反撃すれば、操られた者の恐怖と罪悪感まで吸い上げられる。


「なら、どうする」


ガウェインが問う。


「声の出所を探します」


セラフィーナは杖を床へ置いた。


両手を見せ、群衆の前へ出る。


「私はあなた方を傷つけません」


「欺瞞だ!」


兵士が剣を抜く。


刃が肩へ届く前に、セラフィーナは半歩だけ避けた。


相手を倒さない。


避けながら、胸元の糸が強くなる瞬間を見る。


怒りではない。


「聖女」と呼ばれた時に、糸が最も太くなる。


制度へ向けられた憎しみが、全員の記憶を通って祭壇へ集まっている。


「見つけました」


セラフィーナが祭壇を見る。


砕けた聖印を胸へ下げた女が、白い祈祷布の前に立っていた。


短い亜麻色の髪。


黒染めの神官服。


四年前より呪詛は深く、皮膚の下を白い糸が這っている。


「久しぶりね、次の聖女」


イゼベル=サンクタが微笑んだ。


「その名で呼ばないでください」


「まだ同じことを言うの」


イゼベルが砕けた聖印へ触れる。


「名を拒みながら、力は使う。制度を憎みながら、祈りは捨てない。ずいぶん都合のよい聖女ね」


「私は都合のよい答えを選んだつもりはありません」


「なら、救われなかった者に祈りは何をくれたの」


群衆が一斉に石を持ち上げる。


セラフィーナは答える前に、ガウェインとオズワルドを見た。


二人とも、イゼベル本人から目を逸らさなかった。


ガウェインが大剣を床へ置く。


武器を持たず、一歩前へ出た。


「四年前、地下聖堂の扉の前にいた」


イゼベルの笑みが消える。


「知っているわ」


「あなたの声を聞いた。人間の声だと分かっていた。それでも王命と部下への処罰を恐れ、交代を命じた」


「今さら、正直な騎士を演じるの?」


「演じない。赦しを求めるためでもない」


ガウェインは膝をつかなかった。


謝罪で相手へ赦す役を押しつけない。


立ったまま、自分の責任を引き受ける。


「私が扉を開けなかった。その事実を、私の恐れや王命で薄めない」


白い糸がガウェインの両腕へ絡む。


地下聖堂の扉が背後に現れた。


扉の内側から、若いイゼベルの声がする。


『助けて』


「聞きたくなかったでしょう」


イゼベルの声が震える。


「自分が見捨てた女の声を、二度も」


「聞く」


ガウェインは幻の扉へ背を向けなかった。


「あなたがやめろと言うまで、私のしたことを聞く」


オズワルドも前へ出る。


「わしは、おぬしの魂の損傷が堕落ではないと知っておった」


「知っていた」


イゼベルが繰り返す。


「ええ。あなたは知っていた」


「浄化法を完成させ、証拠を揃え、王宮を説得すれば救えると思った。間違いのない方法を探して、今日できる不完全なことをせなんだ」


「あなたの知識は、私を救わなかった」


「その通りじゃ」


「四年遅いのよ!」


イゼベルの叫びと共に、白い糸が黒く変わる。


広間の中央へ二つの処刑台が現れた。


一つにガウェイン。


一つにオズワルド。


黒い鎖が二人の首と手足を縛る。


処刑台の上には王命書と、完成していない浄化式が浮かんでいた。


「なら、そこで待ちなさい」


イゼベルの目から涙が落ちる。


「命令が変わるまで。証拠が揃うまで。誰かが助けに来るまで!」


鎖が締まり、二人の呼吸が止まる。


アレンが夜明けの欠片を構えた。


「鎖を切ります」


「待ってください」


セラフィーナは二人へ駆け寄らない。


イゼベルを見た。


二人を救うことだけに集中すれば、また本人の痛みを置き去りにする。


「遅すぎる謝罪で、あなたの四年は戻りません」


「分かっているふりをしないで」


「分かりません」


セラフィーナは否定しなかった。


「私は地下聖堂で四年を奪われていない。あなたの痛みを、同じだとは言えません」


イゼベルの指が止まる。


「では黙りなさい」


「いいえ。分からないまま、聞くことはできます」


群衆の石が再び上がる。


セラフィーナは逃げない。


「あなたは怒ってよい。二人を赦さなくてよい。祈りを信じなくてもよい」


「祈りは何もくれなかった」


「答えではありません」


セラフィーナは自分の胸へ手を置く。


「でも、誰かの手を取る理由にはなりました」


「手を取って、また利用されるために?」


「離すことも選べます。怒ることも、断ることもできます」


「それを祈りと呼ぶの」


「私は呼びます。聖法院が教えた言葉ではなく、自分で選び直した祈りです」


イゼベルの胸元で、砕けた聖印が脈打つ。


そこから白と黒の糸が群衆、処刑台、広間全体へ伸びていた。


支配核は祭壇にない。


イゼベル自身の魂へ埋め込まれている。


核を壊せば、彼女まで傷つける。


切り離すには、本人が一瞬でも支配を手放す必要がある。


イゼベルはセラフィーナの胸元を見る。


そこには聖女の紋章が残っていた。


王宮を離れた後も、制度の罪を忘れないために持っていた印。


「自分で選んだ祈り?」


イゼベルは笑った。


「なら証明して」


群衆が道を開け、二人の間に白い床が伸びる。


「私を救わず、私を縛った聖女の名を捨ててみせて」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ