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第079話 ボルドとミアと合流する

 

 錆が机へ落ちた直後、宿の壁が内側へ倒れた。


 板と漆喰の向こうから、荷車の先端が突き出す。


 机が揺れ、夜明けの欠片が跳ねた。


 アレンが短剣を掴む。


 ガウェインはセラフィーナの前へ出て、ローグはフィルを窓際へ引いた。


 白い埃の中から、荷車を両手で押す巨漢が現れる。


「近道だ!」


 誰も答えなかった。


 巨漢の後ろから、小柄な女性が埃を払いながら入ってくる。


 丸眼鏡を直し、倒れた壁、割れた花瓶、折れた椅子を順に見る。


「壁一面、椅子二脚、花瓶一個。宿泊費とは別に修理費銀貨八十六枚です」


「道を塞いでた軍の荷馬車が悪い!」


「だからといって宿を通り抜ける人はいません」


 宿の主人が階下から駆け上がってくる。


 穴の開いた壁を見て、声もなく膝をついた。


 女性はすぐ主人へ金貨を三枚渡す。


「応急修理費です。正式な見積もりはボルド商会へ」


「そんなに壊したか?」


「まだ天井が落ちていない分、安いです」


 オズワルドが杖を振り、埃を窓の外へ追い出した。


「相変わらず、入口という概念を敵視しとるな」


「爺さん! 久しぶりだな!」


「声を落とせ。残った壁まで倒れる」


 巨漢はようやく部屋の人数を見る。


 ローグ、フィル、セラフィーナ、ガウェイン、オズワルド、アレン。


 視線が机の短剣で止まった。


「それが聖剣か!」


「まだ大声で言わん方がよい」


「分かった! これが聖剣か!」


 声量は少しも変わらなかった。


 ローグが耳を押さえる。


「分かってないだろ」


 フィルは巨漢を見上げた。


 鼻を動かし、突然笑う。


 ローグがフィルを見る。


「何がおかしい」


「全部、外に出てる」


「何がだ」


「考えてること」


「ガハハ! 隠す必要がないからな!」


 巨漢は胸を叩く。


「俺はボルド=ハンマー! 商人だ!」


 ローグは荷車が開けた穴を見る。


「破壊業者の間違いじゃないのか」


「壊した分は稼ぐ!」


「直すとは言わないんだな」


「彼が直すと損失が増えます」


 女性が帳簿を閉じる。


「ミア=コルト。ボルド商会の経理士です。先に謝罪します」


「先に止めろ」


「三度ほど」


 ミアは荷車から木箱と丸めた地図を運び込む。


 ボルドが手伝おうとして箱を三つまとめて持ち上げた。


「一番上は証拠品です。傾けないでください」


「先に言え!」


「持つ前に聞いてください」


 箱の中には、黒い金属の首輪が十二個入っていた。


 大小が違う。


 人間用と魔獣用だった。


 フィルの笑顔が消える。


 首輪へ近づかず、ローグの外套を掴んだ。


 ボルドの声も低くなる。


「ハンマー村の地下で回収した。人と魔物へ命令を流す道具だ」


 ミアが布越しに一つを取り出す。


 内側には細い針と、黒い鉱石片が埋め込まれている。


 オズワルドが契約記録の鉱石と見比べた。


「同じ系列じゃ」


「採掘番号も一致します」


 ミアは取引台帳を開く。


「カルク経由の鉱石は、実験施設だけでなく街道沿いの倉庫へ分散されています。倉庫同士を結ぶ道は、魔王軍の補給路と重なります」


 地図を広げる。


 赤い線が魔王城へ伸びていた。


 途中には食料庫、武器庫、治療所。


 青い線は人間側の街道と避難所を結んでいる。


「敵の道を切れば進軍は遅らせられます。ただし、私たちが同じ道を使えば補給も受けられません」


「なら敵の荷を奪えばいい」


 ボルドが言う。


「食料に毒、武器に呪詛がある可能性は」


「殴って確かめる!」


「毒は殴っても分かりません」


 ミアは青い線へ木札を置いた。


「東へ進める荷馬車は現在二十七台。避難民輸送を止めず、討伐隊へ回せるのは六台です」


「少ないな」


 ガウェインが言う。


「今の人数だけなら足ります」


 ミアは部屋の全員を数えた。


「しかし魔王城へ着くだけの計画なら、帰りの荷車がありません」


 アレンは地図を見る。


「帰りは、歩ける人が歩けば」


「負傷者は?」


 答えられなかった。


「救出した捕虜は。途中の村へ運ぶ薬は。魔王城が崩れ、道が塞がれた場合の工具は」


 ミアは一つずつ木札を置く。


 行きだけなら一本だった線が、帰還、救助、復興の三本へ分かれた。


「魔王を倒すことだけ考えていました」


 アレンが言う。


「倒した後にも人は食べます。傷は治療が必要です。町は勝手には直りません」


「金の話ばかりだな」


 ローグが口を挟む。


「無料の善意は、続ける人から先に倒れます」


 ミアは即答した。


「支払えない村からは、復興後の産物を買います。働けない人には共同基金から支払います。助けを借金にしないため、取引へ変えます」


 アレンには、魔王討伐と儲けという言葉が結びつかなかった。


「魔王を倒すことまで、商売なんですか」


 ボルドが笑う。


「当たり前だ!」


「誰かが苦しんでいるのに」


「だから稼ぐんだろうが」


 笑いが消える。


「食わせるにも、運ぶにも、直すにも金がいる。俺たちだけ胸を張って倒れて、残った奴らへ空の倉庫を渡す気か?」


 アレンは何も言えない。


 ボルドは机の地図を太い指で叩いた。


「今の儲けは、次に誰かを守る力へ回す。魔王を倒した後に道と店と飯が残るなら、大儲けだ」


 慈善ではない。


 未来への投資だと、ボルドは言った。


 生き残った後を考えることは、戦いから目を逸らすことではない。


 戦いを終わらせるために必要だった。


 ミアは全員の歩幅、食事量、装備重量を聞き取っていく。


 フィルは肉を多め。


 オズワルドは薬と書物で荷が増える。


 ガウェインは大剣の手入れ道具が必要。


 ローグは「一人分」と答え、フィルに「二人分」と訂正された。


 セラフィーナは治療用の水と清潔な布を追加する。


 アレンは自分の分を少なく申告した。


 ミアが即座に書き直す。


「戦闘役が一番食べなくてどうするんです」


「慣れています」


「慣れは必要量を減らしません」


 ボルドがアレンの肩を叩く。


「食え! 筋肉がつく!」


「俺は剣で戦うので」


「剣も筋肉で振る!」


「間違ってはいません」


 ミアが認めた。


 一刻後、地図には六台の荷馬車、三つの補給地点、二本の撤退路が記されていた。


 避難民の輸送も止めない。


 周辺の商会へ利益を保証し、荷と御者を借りる。


 各地の治療所へ事前に負傷者の受け入れを頼む。


「最短で三日後、夜明けに出発できます」


 ミアが言った。


 一人ずつ集まった者たちが、初めて同じ日程で動ける形になった。


 ボルドが両腕を広げる。


「三日後だ! 魔王を倒す商売より儲かる仕事があるか!」


 ローグが両耳を塞ぐ。


 フィルはまた笑った。


 開いた壁の向こう、街道から歌が返った。


 一人の声へ、もう一人の声が重なっていた。




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