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第078話 セラフィーナたちと合流する

 

 宿の一室で、黒刃の血判と聖法院の印が同じ机へ並んだ。


 一方は冒険者が契約へ命を担保した証。


 もう一方は、人を救うための組織が命令を認めた証。


 二つの赤い印は、同じ古代鉱石の搬送記録に押されていた。


「間違いありません」


 白い法衣の女性が言った。


 セラフィーナ=ヴェイン。


 号外に書かれていた、王都を追放された聖女だった。


 彼女は聖法院の印へ指を置かず、紙の上で止める。


「四年前まで使われていた結界資材局の承認印です。廃止されたはずでした」


「死んだ印を、誰かが生かして使ってるわけか」


 ローグが壁際から答える。


 青鈴亭の二階にある部屋は、六人と一人の少年が入るには狭かった。


 大剣を背負った男が扉の横に立ち、白髪の老人は寝台まで資料で埋めている。


 フィルは窓辺に座り、外の匂いを確かめていた。


 契約記録を運んだ少年は、温かいパンを両手で持っている。


 セラフィーナが先に食事と報酬を渡した。


 仕事を終えた子どもを、話が済むまで拘束しないためだった。


 少年はパンを半分だけ食べ、残りを服の中へしまった。


「弟へ持って帰ります」


「では、もう一つ包みましょう」


 セラフィーナはもう一つ包んでもらい、大剣の男へ目を向けた。


「ガウェイン様、お願いできますか」


「承知しました」


 ガウェインは護衛を命じられたことではなく、頼まれた範囲だけを確かめて頷く。


「安全な大通りへ出るまでお願いします。その先は、本人へ聞いてください」


 少年は自分で帰る道を選び、ガウェインと部屋を出た。


 アレンはそのやり取りを見ていた。


 守ると言って、全部を決めない。


 自分にはできていないことだった。


「さて。若いの、そっちの記録を寄越せ」


 白髪の老人がローグへ手を出した。


「先に名乗れ、爺さん」


「オズワルド=グレイ。老賢者、美男子、世界で三番目に忙しい男じゃ」


「二つ目と三つ目は信用しない」


「一つ目も少し疑え」


 ローグは毒糸を外した筒ごと渡した。


 オズワルドは丸眼鏡を額へ上げ、契約紙と古代鉱石の台帳を並べる。


 台帳は商業都市カルクから届いた写しだった。


 鉱石の採掘番号、重さ、仲買人、運搬先。


 黒刃の契約記録にある番号と、一行ずつ照合していく。


「七割が一致しとる」


 オズワルドが紙を杖で叩く。


「こっちは不死術式の実験地へ送られた分。こっちは王都の地下聖堂。残りは魔王城近くの集積所じゃ」


 セラフィーナが別の記録を開く。


 王都で使われた精神干渉の呪詛波形だった。


 黒い線が、鉱石片を中心に枝分かれしている。


「イゼベル様の術式と、王子へ使われた精神支配にも同じ反応がありました」


「旅芸人の母親を縛った不死術式からも、同じものが見つかっとる」


 オズワルドは鉱石片へ直接触れず、銀の皿へ移した。


「石そのものが人を操るわけではない。命令や感情を蓄え、遠くへ伝え、増幅する導体じゃ」


「魔力を運ぶ道か」


 アレンが聞く。


「魔力だけではない。恐怖、執着、服従。込めたものを何度でも流す」


 フィルが窓辺から鉱石を見る。


「苦しい匂い」


「正しく使えば、離れた者同士の力を繋ぐこともできるはずじゃがな」


 オズワルドの言葉に、アレンの腰の短剣が温かくなった。


 誰にも見えないほど小さな反応だった。


 フィルだけが鼻を動かした。


 扉が開き、ガウェインが戻る。


「少年は大通りから自分で帰ると。尾行がいないことも確認しました」


「ありがとうございます」


 セラフィーナは机の地図へ目を戻した。


 黒刃の契約紙には、魔王城近くの集積所までの搬送路が記されている。


 正門から離れた古い排水路。


 荷の受け渡しに使われる地下口。


 警備交代の時刻まであった。


 アレンは地図を見つめる。


「この道なら、少人数で入れます」


「罠でなければな」


 ローグが言う。


「罠でも、確かめる必要があります」


「誰が確かめる」


「俺が行きます」


 部屋が静かになった。


「俺一人なら見つかっても、失うものが少ない」


 言葉にしてから、ローグの顔が険しくなったことに気づく。


「皆さんは記録を持って、各地へ知らせてください。俺が先に城へ入り、集積所だけでも壊せれば」


「あなたも、自分を後回しにする方ですね」


 セラフィーナの声は静かだった。


 責める響きはない。


 だから逃げる言葉が見つからなかった。


「急がないと、また誰かが」


「ええ。私も同じ言葉を使っていました」


 セラフィーナは自分の手首へ触れる。


 法衣の下に、治癒魔法を使い続けた傷があるのだと分かった。


「自分が傷つけば、その分だけ誰かを救える。そう思うと、善いことをしているように感じます」


「違うんですか」


「救える時もあります。けれど、それしか選ばなくなれば、周りの方が共に戦う権利まで奪います」


 アレンはローグとフィルを見る。


 数刻前、自分から同行を求めたばかりだった。


 それなのに危険な道を見つけた瞬間、また一人で行く案を選んだ。


「君も、自分を後回しにしていた?」


「はい。だから、分かってしまうのでしょうね」


 戻ったばかりのガウェインが机の端へ手を置く。


「私は守ることを、相手に代わって決めることだと誤解したことがあります」


「危険から遠ざけるのは、間違いですか」


「必要な時もある。だが理由を聞かず、本人の選択を奪えば、それは保護という名の支配になる」


 ガウェインはセラフィーナを見た。


「私は彼女を守るため、旅の人数も荷物も全て決めようとした。今は、決める前に尋ねます」


 ローグが壁へ肩を預ける。


「一人で行きたいなら止めない。ただし、俺たちが別の道を選ぶのも止めるな」


「ローグはついていく」


 フィルが言う。


「決めるな」


「匂いで分かる」


「便利だな、おい」


 緊張が少しだけ緩んだ。


 アレンは地図を見る。


 一人で入れば速い。


 けれど罠を見抜く目も、術式を解く知識も、負傷者を救う力も自分にはない。


 一人でできないと認めることは、何もしないことではなかった。


「一人で行く案は、取り下げます」


 セラフィーナが小さく頷く。


「皆さんと行く方法を考えさせてください」


「はい」


 オズワルドが咳払いした。


「若者の成長は結構。じゃが、さっき腰で光った物を見せんか」


 アレンは短剣へ手を当てた。


 光はもう消えている。


 鞘ごと外し、机へ置く。


「村を出る時に拾いました」


「拾った?」


 オズワルドの目から軽さが消えた。


 短剣を抜き、錆へ顔を近づける。


 ガウェインが布を差し出した。


「錆を落としますか」


「触るな」


 老人の声が鋭くなる。


「これは表面から腐った錆ではない。光を隠すため、術式が自分で作った殻じゃ」


 オズワルドは銀の皿に載せた古代鉱石を、刃の横へ置く。


 鉱石の黒い光が、錆の溝へ流れ込んだ。


 削っていないのに、刃の下から古い文字が浮かぶ。


 読めない文字だった。


 オズワルドだけが、その形を指で追った。


「この術式は、古い光魔法の記録で見た」


「何と書いてあるんですか」


 老人は長く探していたものを確かめるように、何度も銘を読んだ。


「夜明けの欠片。わしが長く探していた剣じゃ」


 錆が一片、音を立てて机へ落ちた。






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