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第056話 笑顔の姉と魔物使いの妹

第4章「喝采の裏に、魔法の音が鳴る」開幕。

旅芸人姉妹と三匹の魔獣が、各地へ笑顔を届けるところから始まります。

 焼けた家々に囲まれた広場で、赤い幕が開いた。


 旅回りの村アッシュ。


 半年前の襲撃で家を失った者が多く、広場にはまだ炭化した柱が残っている。姉妹が公演を申し出ても、村人は「歌で屋根は戻らない」と目を伏せた。


 リリアは反論しなかった。


 歌で直せないものがあることは知っている。


 それでも、屋根を直す手が止まった夜に、明日へ進む息を渡すことはできる。


「さあ、笑って。夜は長くても、舞台の上には朝が来るわ!」


 リリア=カルナが両手を広げる。


 赤橙の髪が回り、細剣「燃舞」の先から小さな炎の鳥が飛び立った。


 最初、観客は誰も拍手をしなかった。


 魔王軍の襲撃で広場の半分は瓦礫になり、笑う余裕を忘れている。


 リリアは歌を止めない。


 舞台は荷馬車の側板を倒しただけの小さなものだ。照明はランプ四つ。背景幕の焦げ跡は、エミが花の刺繍で隠している。


 リリアは狭い板の上を大きな劇場のように使った。


 左足で拍子を取り、歌の合間に子どもの目線へしゃがむ。炎の鳥を怖がる老人がいれば、火を指先ほどへ小さくする。


 笑わせることは、一方的に明るさを押しつけることではない。


 相手が受け取れる大きさまで、光を近づけることだった。


 炎の鳥を三羽、五羽と増やし、夜空へ朝日の形を描く。


 舞台袖では、妹のエミが短杖「囁きの枝」を振った。


 リス型魔獣のチビが綱を渡り、狼型のクロが火の輪を潜る。最後に熊型のハナが二本足で立ち、頭へ花籠を載せた。


 チビは途中で観客の帽子へ飛び移り、木の実を一つ隠した。


 エミが小さく咳払いをする。


 チビは渋々返す。


 クロは火の輪を潜る前に、エミの目を見る。今日は火が高すぎないか、身体が疲れていないかを確かめる合図だ。


 エミが頷いてから、初めて跳ぶ。


 三匹は芸の道具ではない。


 同じ舞台へ立つ家族だった。


 花籠の底が抜け、ハナの顔へ花が落ちる。


 広場の端にいた子どもが、吹き出した。


 少年は襲撃以来、声を出して笑わなかったと母親が言っていた。


 リリアは事情を知らないふりをした。


 特別な目で見れば、少年は自分の笑いを周囲のための仕事にしてしまう。


 ただ一人の観客として、炎の鳥を彼の頭上へ飛ばす。


 リリアはその一つの笑いへ向けて、もっと明るく笑う。


 笑いは隣の子へ移り、大人へ広がった。


 拍手の最初の一音は、少年の母親だった。


 二つ目、三つ目と重なり、焼けた壁へ反響する。


 瓦礫は消えない。


 それでも広場は、一刻だけ被害の跡ではなく人の集まる場所へ戻った。


 公演が終わる頃には、壊れた広場に拍手が満ちていた。


 投げ銭は多くない。


 銅貨、乾燥豆、針と糸、卵が二つ。


 エミが帳面へ一つずつ記す。


 姉妹の食料も、あと四日分しかない。


 リリアは必要な食費と馬の飼葉だけを残し、村長へ袋を渡した。


「屋根の修理に使って」


「あんたたちも余裕はないだろう」


「拍手をもらったもの。今日は十分よ」


 村長が断ろうとすると、リリアは屋根修理を公演料として契約書へ書いた。


 施しではない。


 村は観客として拍手を払い、姉妹は受け取った公演料を、次に笑える場所を直すため使う。


 エミは卵を一つだけ残した。


「これは、チビたちの朝ごはん」


「私たちの分は?」


「豆」


 リリアは大げさに胸へ手を当てた。


「主演女優への待遇改善を要求します」


「却下」


 エミの即答に、村長まで笑った。


 夜になっても、リリアは幕を畳み、焦げた衣装を繕い、次の曲順を考えていた。


 燃舞を握った指には、小さな火傷ができている。


 歌いながら炎を制御し続けた反動で、喉も掠れていた。


 それでもリリアは湯を飲まず、明日の舞台で使う紙花を切り始める。


 エミが湯の入った椀を差し出す。


「お姉ちゃん、少し休んで」


「あと少しだけ」


「明日も公演」


「だから準備しなきゃ」


 立ち上がったリリアの膝が、一瞬揺れた。


 幕の支柱へ手をつき、すぐ離す。


 観客がいなくても、妹の前では倒れたくなかった。


 エミは見逃さない。


「お姉ちゃん、少し疲れてる?」


 リリアは舞台と同じ笑顔を作った。


 笑顔は嘘ではない。


 少年が笑ったことは、本当に嬉しい。


 ただ、その喜びの裏へ疲れや怖さを全部隠してしまう。


「大丈夫。笑うのは得意だから」


 その笑顔だけが、一瞬固まっていた。


 エミはそれ以上、休めとは言わなかった。


 代わりにリリアの手から紙花を半分取り、チビと一緒に折り始める。クロは入口で伏せ、ハナは湯の椀を姉の膝へ押しつけた。


「一人で準備しない」


 エミの小さな声に、リリアはようやく湯を一口飲む。


 笑顔をやめることはできなくても、仕事を分けることならできた。


 馬車の外では、広場で最初に笑った少年が、炎の鳥を真似た紙細工を家の窓へ飾っている。


 その小さな朝日を見て、リリアの笑顔が一度だけ鎧ではなくなった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。続きも見届けていただけましたら嬉しいです。

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