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第055話 また旅に出る

 復興初日、ボルドは壊れた門を一人で持ち上げた。


「この程度、俺が直す!」


 柱を立て、扉をはめ、最後に力いっぱい押し込む。


 門全体が反対側へ倒れた。


 村人たちが黙る。


 ミアが算盤を鳴らした。


「修理費が二倍になりました」


「土台が弱かった!」


「押す力が強すぎたんです」


「帰って最初に壊すのが村の門かい!」


 太い木杓子が、ボルドの後頭部へ飛んだ。


 算盤より重い一撃に、巨体が前へよろめく。


「痛え! 誰だ!」


 振り返った先に、腕を組んだ女がいた。


 ボルドの母、ヘルガ。五十五歳になっても背筋は伸び、息子と同じ金髪を頭の後ろで束ねている。


「母ちゃん!」


 ボルドが抱きつこうとすると、ヘルガは額を片手で押し返した。


「再会の前に弁償だよ」


「今直してた!」


「壊す前より高くついてるじゃないか」


 ミアが静かに頷いた。


「お母様とは話が合いそうです」


「この馬鹿を黒字にしてくれてる子かい。苦労をかけるね」


「母ちゃんまで馬鹿って言うな!」


 ヘルガは息子の傷だらけの顔を見た。


 一瞬だけ目を細め、それから胸を拳で叩く。


「胸を張れない仕事はするな。守ったなら、最後まで胸を張りな」


「おう」


 ボルドの返事だけが、小さかった。


 子どもたちが笑った。


 鉱山から救出された二人も、その中にいた。衰弱しているが命に別状はない。ほかの連れ去られた者たちも、治療を受けながら家族のもとへ戻っていた。


 実験台へ固定された跡は残っている。


 すぐ元の生活へ戻れるわけではない。夜になると泣き出す子も、黒い糸を見ただけで震える大人もいた。


 村は勝利の宴より先に、交代で見守る当番を決めた。


 助かった後を支えることまで、守ることに含まれる。


 笑い声が戻ったことで、ようやく勝ったのだと分かった。


 ガルトが新しい柱を運びながら言う。


「もう村に残れ。お前の腕があれば、立て直しも早い」


 ボルドは故郷を見回した。


 鍛冶場の煙。麦畑。子どもの頃に殴ってへこませた井戸の蓋。


 帰りたいと思っていた場所だ。


「残りてえよ」


 ガルトが驚く。


 いつものボルドなら、迷わず旅へ出ると言うと思っていた。


「だが、ハンマー村を狙った奴はまだいる。グリードも魔王軍へ戻った。ここだけ直しても、また別の村が実験場にされる」


「村が嫌になったわけじゃないんだな」


「馬鹿言え。帰る場所ができたから、遠くまで行けるんだ」


 ガルトは新しい門柱を地面へ立てた。


「なら帰ってこい。次は壊す前に呼べ」


「次はもっと丈夫に直す!」


「お前は触るな」


 守る範囲が、少し広がった。


 故郷を離れることと、捨てることは違う。


 帰れる場所として残すために、外の脅威を止めに行く。


 ミアが帳簿を開く。


「今回の損失。荷馬車一台、鎖十二本、滑車四基、魔力鉱二十七個、門二枚」


 ミアの帳簿には、損失だけでなく借りも並んでいる。


 避難を手伝った八人への報酬。治療師の滞在費。救出された人々が働けない期間の食費。


 ボルドは金額を見ても、削れと言わなかった。


「全部払えるか」


「新規契約が成立すれば」


「なら成立させる!」


「そこは勢いだけで決めないでください」


「最後の一枚は戦いと関係ねえだろ」


「あなたが壊したので同じです」


「儲けは?」


「村の復興用鉄材、農具、輸送の長期契約を受注しました。損失を差し引いても、三か月で黒字です」


 ガルトが笑う。


「しっかり金を取るのか」


「払える時に、払える形でです」


 ミアは村から押しつけられた食糧や道具も、前払い分として帳簿へ記録した。


 善意を借りにせず、対等な取引へ変える。


 村の鍛冶師たちは農具を作り、ボルド商会がカルクで売る。利益の一部は復興費へ戻す。働けない者は、回復するまで共同基金から支える。


 ミアは三か月で終わる契約ではなく、村が自分たちで立て直せる循環を組んだ。


「お前も残らなくていいのか」


 ガルトが尋ねる。


「私はボルド商会の経理士です」


「もっと条件のいい商会もあるだろ」


 ミアは壊れた門を見た。


「数字どおりに動く商会なら、王都にたくさんありました」


 計算に入らない善意を、現実に成立させる仕事はここにしかない。


 出発の日、村人が道の両側へ並んだ。


 シイからの早便も届いていた。


 カルクの契約先は事情を理解し、共同輸送を続けるという。西橋の不正も市場組合が調査を始めた。


 置いてきた仕事は、信用によって止まらずに動いている。


 ボルドは新しい天秤棒を担ぐ。


 ガルトが問う。


「次はどこへ行く」


「決まってる。もっと大きな敵がいる」


「行き先は決まっていません」


 ミアが訂正する。


「方角くらい決めろ!」


「あなたが先に歩き出したんです」


 街道の旅人が、南の村で評判の旅芸人姉妹について話していた。


 姉の踊りは夜を朝に変え、妹は魔物と一緒に舞台へ立つという。


「面白そうだ!」


 ボルドは南へ向きを変える。


「商談の予定は」


「旅芸人なら客を集める! 商売になる!」


「今回は一応、筋が通っています」


「じゃあ南だ!」


「公演地は移動します。先に情報を確認します」


「追いつけばいい!」


「あなたの旅程はいつも脚力基準です」


 遠い街道の先から、歌声が風に乗って届いた。


 明るく、泣きそうなほどまっすぐな、リリアの歌声だった。


 ボルドは足を止め、聞いた。


 笑わせるための歌なのに、その奥に泣き声が混じっている。


「あいつ、腹減ってんのか?」


「感想が台無しです」


 ミアはそう言いながら、歌の聞こえる方角を地図へ記した。


 二人の次の商売と戦いが、そこから始まる。


第3章をお読みいただき、ありがとうございました。

次話からは、旅芸人の姉リリアと、魔物使いの妹エミの物語。明るい舞台の裏に残る、家族の喪失へ踏み込みます。

少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


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