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第052話 暴食との戦い・前半

 ボルドの全力の拳を受けても、グリードの笑みは崩れなかった。


 重鎧が鳴り、刻印が赤く輝く。


 戦場は村の東門から鍛冶場へ続く広場だった。


 周囲の家は避難済みで、窓には人がいない。ミアが戦う場所をここへ限定したため、ボルドは建物を背にせず全力を出せる。


 それでも拳の向きは村の外へ揃えていた。


 衝撃が鎧へ吸い込まれ、グリードの腕へ流れた。


「もっと喰わせろ」


 大斧「暴食」が横薙ぎに振られる。


 ボルドは天秤棒で受ける。


 鉄と鉄がぶつかった瞬間、天秤棒に込めた力が吸い取られた。


 大斧は、斬った相手の魔力と体力を喰らう。鎧は受けた打撃を蓄える。


 力で押すほど、相手が強くなる。


 グリードにとって、ボルドは最高の餌だった。


 強さを誇るほど奪われ、返された力で自分が傷つく。ボルドがこれまで信じてきた「大きな力で押し切る」という答えを、そのまま罠へ変える能力だ。


「面白え!」


 ボルドはさらに踏み込んだ。


「面白がらないでください!」


 離れた屋根の上で、ミアが戦闘記録を取っている。


 面白いという声が、強がりだと分かっていた。


 ボルドは未知の敵に出会うと笑う。自分が怖がれば、後ろにいる者まで怖くなると思っているからだ。


 だが今回、その後ろにはもう村人はいない。


 強がる必要までないのに、癖だけが残っている。


 一撃目。吸収後、三呼吸停止。


 二撃目。赤い刻印が最大まで光る。


 三撃目。グリードの右肩だけ動きが遅い。


 吸収量。刻印の点灯順。大斧へ力が移るまでの時間。


 ミアは数字を声に出さず、紙へ刻む。


 計算を一つ間違えれば、ボルドが大斧の直撃を受ける。珠を弾く指へ汗が滲み、算盤が滑りそうになる。


 ボルドの拳が鎧を打つ。


 吸収された力が大斧へ集まり、倍の重さで返ってくる。


 天秤棒が弾かれた。


 ボルドの身体が鍛冶場の壁を突き破る。


 瓦礫の中で膝をつき、血を吐いた。


「力しかない者が、俺へ力を与えてどうする」


「俺には相棒がいる!」


 瓦礫を押しのけながら、ボルドが返す。


「一人の力しか喰えねえなら、腹いっぱいにはならねえぞ!」


「知恵に隠れるか」


「任せてんだ!」


 隠れることと、信じて委ねることは違う。


 グリードが近づく。


「俺の力は減ってねえ!」


 ボルドは立ち上がり、また構えた。


 実際には腕が痺れている。肋骨も何本か傷んでいた。


 それでも門の向こうでは、村人を乗せた馬車がまだ動いている。


 馬車の最後尾には、歩けない鍛冶師が乗っていた。ボルドへ天秤棒を作った男だ。


 窓からこちらを見ている。


 ボルドは血の味を飲み込み、立つ。


 避難完了の青い旗が上がるまで、倒れられない。


 グリードが大斧を振る。


 今度は正面で受けず、ボルドは紙一重で避けた。


「逃げることを覚えたか」


「商人は値段に合わねえ取引を断るんだ!」


 天秤棒で地面を払い、土煙を上げる。


 ボルドが時間を稼ぐ間、ミアの別働隊は東の鉱山へ入っていた。避難民から得た道と、魔王軍の補給記録を頼りに、連れ去られた人々を探している。


 丘の上に、青い光が一度上がった。


 避難完了。


 続いて二度目が上がる。


 鉱山で生存者を発見した合図だ。


 青い光は弱く、すぐ消えた。


 別働隊も安全ではない。グリードをここで引きつけ続けなければ、鉱山へ援軍が戻る。


 ボルドの肩から、力が少し抜けた。


 その瞬間をグリードは逃さない。


 大斧の柄が腹へ入り、ボルドが再び地面へ転がった。


「守るものがあるから、隙ができる」


「隙じゃねえ」


 地面に片手をつき、ボルドが息を吸う。


「帰ってくる場所を確認しただけだ」


 グリードの言葉へ、まだ答えは出ない。


 だが倒れた視界の端で、ミアがこちらへ走ってくる。


 彼女の手帳は、数字と矢印で埋まっていた。


「吸収は無限ではありません」


 ミアがボルドの耳元へ顔を寄せる。


 近くで見ると、彼の左腕は震えていた。


 このまま同じ打撃を繰り返せば、次の三撃以内に骨が折れる。


 ミアはその予測を口にしなかった。代わりに、三撃を必要としない作戦を選ぶ。


 ボルドも、ただ殴り続けてはいなかった。


 軽い打撃で刻印の反応を誘い、吸収直後だけ距離を取る。天秤棒で土を跳ね、視界を奪う。グリードを鉱山側へ向かせないよう、立つ位置を少しずつずらす。


 ミアの記録を見てはいない。


 それでも彼女が何を測っているかを感じ、測れる時間を作っていた。


 勢いへ、初めて精度が加わる。


「私の計算を信じられますか」


「最初から信じてる」


 即答だった。


 ミアは鍛冶場跡に積んだ商会道具へ目を向ける。


 力で勝てないなら、運び、量り、吊り上げる商人の道具で勝つ。


「作戦があります。今度こそ、私の言う通りにしてください」


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