第051話 村を守るとは
「ボルド!」
ハンマー村の門を潜った瞬間、村長ガルトが走ってきた。
幼い頃から何度も喧嘩し、同じ鍛冶場で叱られた男だ。
ガルトの額には包帯が巻かれ、左腕が吊られている。手紙を出したあとも、襲撃のたび村の門へ立っていたのだ。
「遅えぞ」
「悪かった」
二人の間では珍しく、短い言葉だった。
二人は抱き合おうとした。
避難鐘が鳴った。
「再会は後だ!」
ガルトが叫び、村人たちを西側へ誘導する。
ミアの計画どおり、歩ける者は林道から谷へ。怪我人と子どもは鍛冶場地下の貯蔵庫へ入り、最後に空荷の馬車へ乗る。
村人は皆、家へ戻って何かを持ち出そうとした。
家族の写真。鍛冶道具。種麦。先祖の位牌。
ミアは荷車ごとに重量上限を示し、一人が持てる荷物を袋一つへ決めた。
「命より高い物は積めません」
泣いて抗議する者にも、声を荒らげず同じ言葉を繰り返した。
ただし種麦だけは共同荷物として三袋確保する。
逃げた後に暮らしを戻す準備まで、避難に含めていた。
「北の路地が詰まっています!」
ミアは高台から村全体を見渡し、誘導先を変える。
「荷車を横へ。鍛冶場の裏口を開けてください。水樽は二つ残し、残りは西門へ!」
彼女の指示で、混乱していた人の流れが動き出す。
ミアはこの村の住人ではない。それでも地図と人数を頭へ入れ、誰より先に足りないものを見つけている。
ガルトが横目で見た。
「いい相棒を拾ったな」
門の方からボルドの声が返る。
「拾われたのは俺かもしれん!」
東の鉱山へ向かう救出班も、同時に出発していた。
地形を知る元鉱夫三人、治療師二人、商会護衛四人。ミアが避難民の証言から入口を絞り、ガルトが古い坑道図を渡す。
「俺が行く」
ボルドは門を離れかけた。
「あなたはここです」
ミアが止める。
鉱山へ走れば、救出そのものは早くなるかもしれない。だが村の正面が破られれば、避難班も帰る場所を失う。
どちらも自分で守りたい。
できないと認め、片方を仲間へ任せなければならない。
ボルドは救出班の一人ずつを見る。
「頼む」
それだけ言って、門へ戻った。
助けに行かないのではない。
自分がここで敵を止めることが、鉱山の十二人を助ける役目だった。
村の門では、ボルドが魔王軍の兵を止めていた。
天秤棒を振るたび、鎧姿の兵が道の外へ飛ぶ。
敵を倒すことより、村へ入れないことを優先する。
一人を遠くへ吹き飛ばすより、三人の足を止める。天秤棒で武器を絡め、地面へ杭のように打ち込む。
力の使い方が、市場で荷車を運ぶ時と同じになっていた。
壊すためではなく、通すものと止めるものを選ぶ。
背後には逃げる人々がいる。
戦うだけなら、もっと大きく振れる。前へ出られる。だが一歩退けば、子どもを乗せた荷車がある。
グリードの言葉が蘇る。
弱い者を捨てれば、もっと速く進める。
確かにそうだ。
守る場所がなければ、ボルドは好きなだけ暴れられる。
幼い頃の記憶が浮かぶ。
父を早くに亡くし、母ヘルガ一人では手が回らなかったボルドへ、パン屋は売れ残りを渡した。鍛冶師は天秤棒の握り方を教えた。ガルトの母は破れた服を縫った。
腕力だけはあった少年を、村全体が育てた。
力加減が分からず、鍛冶場の道具を壊した日もある。
鍛冶師は怒鳴ったあと、壊れない天秤棒を作ってくれた。
商売を始めたいと言えば、パン屋が最初の商品をつけで渡した。字の読めない契約書は、ガルトが夜通し読んだ。
ボルドの強さは、最初から一人で作ったものではない。
あの時の自分も、誰かが抱えた荷物だった。
「ボルド、右だ!」
ガルトの声で振り向く。
塀を越えた兵が、避難中の老人へ向かっている。
ボルドは天秤棒を投げた。
鉄棒が兵の足元へ刺さり、進路を塞ぐ。駆け寄って老人を背負い、荷車まで運んだ。
「重くないか」
「軽すぎる! もっと飯を食え!」
老人が笑った。
「お前が子どもの頃、わしの分まで食ったからだ」
「今度まとめて返す!」
「利子をつけろ」
「商談成立だ!」
ボルドも一瞬だけ笑う。
門の外から、重い足音が近づく。
グリードが瓦礫を踏み越えていた。
「まだ抱えているのか」
「当たり前だ」
ボルドは天秤棒を引き抜く。
「弱いから守らねえんじゃない」
背後で、最後の馬車が西門へ動き出す。
「弱いなら、なおさら守るんだ」
守ることは、相手を下に置くことではない。
自分が弱かった時に差し出された分を、今度は返すことだった。
西門から最後の荷車が出る。
避難鐘の音が、危険を告げる連打から、一度だけの長い音へ変わった。
村人の避難完了。
これでボルドは、守る場所を背後に置いたまま前へ出られる。
グリードが大斧を構え、笑った。
「まだ立っているか」




