第050話 グリード登場
ハンマー村の入口で、巨漢が食事をしていた。
奪った小麦袋を椅子にし、干し肉と黒パンを山のように積み上げている。
袋には、ハンマー村の鉄槌と麦穂の印があった。
村人が冬を越すために蓄えた食糧だ。周囲には食べ散らかした跡だけでなく、黒い術式を刻まれた獣の骨が転がっている。
グリードは食事をしているのではない。
奪えることを見せつけていた。
男の身長はボルドより頭一つ高い。重鎧の表面には赤黒い魔法刻印が走り、傍らには人の背丈ほどある大斧が置かれていた。
「それは村の食糧だ」
ボルドが天秤棒を下ろす。
男は最後のパンを飲み込み、笑った。
「弱い者には、持っていても守れん」
「だから奪うのか」
「強者が喰らい、生き残る。それが世界だ」
「作った奴が食うんだよ」
ボルドの声から、市場で響いていた笑いが消える。
「畑を耕した奴、麦を挽いた奴、焼いた奴。何もしてねえお前が、一番でかい顔して食うな」
「守れなかった時点で、所有する資格はない」
強さだけを取引条件にする言葉だった。
男は立ち上がり、大斧を担いだ。
「魔王軍幹部、グリード=マグナス。お前は?」
「商人だ」
「戦士にしか見えん」
「商人は荷物を守る!」
ボルドが地面を蹴った。
赤い木札は、外套の内側に握ったままだ。
合図までは鉱山へ入らない。
怒りに任せて作戦を忘れそうになる自分を、掌の角が止めている。
天秤棒が横薙ぎに唸り、グリードの重鎧へ叩き込まれる。
衝撃で周囲の土が弾けた。
だがグリードは、一歩下がっただけだった。
「よい力だ」
鎧の刻印が赤く光る。
受けた衝撃が吸い込まれ、グリードの腕が一回り膨らんだ。
大斧が振り下ろされる。
ボルドは天秤棒で受けたが、両足が地面へ沈んだ。
「お前の力も、俺が喰らう」
大斧の刃に触れた天秤棒から、腕の熱が抜けていく。
奪われた力がグリードの刻印へ流れ込み、鎧の隙間を赤く照らした。
ただ重いだけの相手ではない。
こちらの強さを食べ、強さの差へ変える敵だった。
「食い意地の張った野郎だ!」
ボルドは押し返し、二撃目を構えた。
林の奥で鳥の鳴き声が三度響く。
ミアの撤退合図だった。
西の林道から入った避難班が、村へ到着した印でもある。
ミアは鳥の声の間隔まで決めていた。短く三度なら到着。長く二度なら敵発見。偽の合図を避けるため、最後だけ音程を上げる。
ボルドには細かすぎると思えた決まりが、今は後ろを見ずに村の状況を知らせている。
「戻ってください」
離れた丘からミアの声が飛ぶ。
ボルドは舌打ちし、後ろへ跳んだ。
グリードは追わず、面白そうに見る。
「村人を逃がすつもりか」
「一人残らずな」
「何人いる」
「知らねえ!」
「守ると言いながら、数も知らんのか」
「数じゃなく、顔がある!」
母ヘルガ。パン屋の親父。鍛冶師。ガルト。井戸端でいつも喧嘩する老婆たち。
ボルドにとって村は、弱者という一語では括れない。
「弱者を守れば、お前の足は遅くなる。荷物を抱えれば拳も鈍る」
「荷物じゃねえ」
「なら証明しろ」
グリードは大斧を地面へ突き立てた。
周囲に埋まっていた魔力が、刻印へ吸い上げられる。
「お前が俺と戦う間、別の兵が村人を喰らう。村人を守れば、お前は俺に勝てん。どちらを選んでも、弱い者がお前を沈める」
ボルドは反論しようとした。
だが救出班の人数も、実験場の位置も確定していない。自分が強くても、全ての場所へ同時には行けない。
言葉が出なかった。
力があれば全部守れると思っていた。
だがグリードは、守る場所を増やすほど選択が遅れる現実を突いてくる。言い返すだけなら簡単だ。実際に一人も失わず勝てると、今のボルドには断言できない。
ミアがもう一度、撤退の笛を鳴らす。
予定どおり、グリードを村内の狭い道へ誘い込む合図だ。
逃げる方向もミアの作戦に含まれている。
言葉で勝てなくても、まず人を生かす。
答えは行動の先で見つければいい。
グリードは、ボルドがただ逃げたのではないと気づいていた。
村へ向かう足取りに迷いがなく、わざと大きな音を立てて自分だけを引きつけている。
「知恵を借りねば戦えんか」
「借りられるもんがあるのも強さだ!」
今度は言葉がすぐ出た。
一人であることを誇るグリードにはない強さだった。
外套の内側で、赤い木札はまだ折れていない。
怒りに負けず、ミアとの約束を守った証拠だった。
ボルドは背を向け、走る。
「逃げるか、商人」
「売り場を変えるだけだ!」
大声で返したが、グリードの言葉は頭へ残った。
「弱い者を抱えるな。捨てれば、もっと速く進める」
問いは、足音より重く追ってきた。




