第043話 三人で次の地へ
旅立ちの朝、城門前に騎士が五十人並んでいた。
「ガウェイン様」
セラフィーナは静かに呼んだ。
「何でしょう」
「護衛は六人まで、と昨日申し上げました」
「道中の危険を再計算した結果です」
「四十四人、減らしてください」
ガウェインは黙った。
並んだ騎士たちも、命令を聞き間違えたように瞬きをした。
オズワルドが荷馬車の上で笑う。
「溺愛も五十人並ぶと軍事行動じゃな」
「領主としての判断だ」
「では領主として、領地へ四十四人を残してください」
セラフィーナが言うと、ガウェインは騎士たちを帰した。
続いて城門脇に並んだ三台の大型馬車へ目を向ける。
「こちらは?」
「一台は衣類、二台は薬品と保存食です」
「衣類は鞄一つで足ります。薬品と保存食は一台へまとめ、残りは救援隊へ回してください」
ガウェインは今度はすぐに頷いた。
五十人の護衛と三台の馬車は、六人と一台になった。人目を引く軍勢ではなく、街道を進める一行の形になる。
以前なら、守られる側として黙って従ったかもしれない。
今は自分の旅の形を、自分で決められる。
「本当に、領地を離れてよいのですか」
「代理統治の準備はしました。王宮の呪詛源が各地に残っているなら、北境だけを守っても民は救えない」
ガウェインは出発前の五日間、代官と騎士団長へ権限を移し、冬の備蓄量、救援隊の交代表、王都からの命令を受けた場合の判断基準まで文書にした。毎週、早馬で報告を受け取る手筈も整えている。
セラフィーナを追うために領地を捨てるのではない。領主として戻れる道を残したうえで、外へ出る。
「私の護衛のためだけでは?」
ガウェインは一拍詰まる。
「それも、理由の一つです」
正直な答えに、セラフィーナは少し笑った。
「では、その理由も同行を許可します」
セラフィーナは少し考え、言い直した。
「いいえ。許可ではありません。私からお願いがあります」
ガウェインが姿勢を正す。
「護衛としてではなく、私がこれから知りたい方として、一緒に来てください」
ガウェインの目が見開かれた。
救われた恩への返礼でも、王子への当てつけでもない。
恋と呼ぶにはまだ早い。それでも、セラフィーナ自身が誰かとの時間を望み、言葉にした最初の一歩だった。
「はい」
ガウェインは領主の返答ではなく、一人の男として頷いた。
「私も、あなたを知りたい」
「ただし、私を守ることだけを生きる目的にはしないでください」
ガウェインはすぐ答えず、北境の城壁を見た。
「私は領主であり、騎士です。守るべき民と、自分で果たす責任があります」
「はい」
「その上で、あなたを大切にしたい」
セラフィーナも頷いた。
「私も、あなたへ救われたからではなく、あなたの選び方を知りたいのです」
互いを人生の唯一の目的にしない。
それぞれの責任と望みを持ったまま、隣を選ぶ関係として旅を始める。
オズワルドが咳払いした。
「よい話のところ悪いが、出発前の契約書が残っとるぞ」
旅費、護衛責任、治療の上限、領地へ戻る判断。三人は城門脇の机で一項ずつ確認した。
ガウェインが護衛責任を全て自分へ置こうとすると、セラフィーナが線を引く。
「私も戦闘判断へ参加します。オズワルド様の治療判断には従いますが、最終的な治療の同意は私に」
「わしの荷物を勝手に捨てんことも入れろ」
「危険な薬瓶は別箱です」
「それは認めん」
恋愛も仲間関係も、美しい言葉だけでは旅を続けられない。
責任と境界を話し合い、三人とも署名した。
セラフィーナは自分の控えを、自分の鞄へしまった。
オズワルドが古い地図を広げる。
呪詛印と似た魔力反応が、西の商業都市カルクで取引された古代鉱石から見つかったという。
鉱石は、折れた聖剣の記録に残る共鳴値と一致していた。魔王軍が不死術式の媒介として買い集めている可能性もある。流通元を辿れれば、イゼベルが逃れた先だけでなく、聖剣を目覚めさせる手掛かりにもなる。
「聖剣の共鳴にも関わる石かもしれん。流通経路を知る商人が必要じゃ」
「信頼できる方に心当たりが?」
「信頼できるかは知らん。声が大きく、腕力があり、帳簿をよく壊す男ならおる」
ガウェインが眉を寄せる。
「それは商人なのか」
「本人はそう言い張っておる」
「帳簿を壊す商人を、信頼してよいのでしょうか」
「隣に、壊された帳簿を毎回直す経理士がおる。そちらは信用できる」
「その方へ先に話を通しましょう」
「賢明じゃ」
セラフィーナは馬車ではなく、自分の馬へ乗った。
ガウェインが手を貸そうとし、彼女が自力で鐙へ足をかけるのを見て止める。
鞍の留め具が固く、セラフィーナは二度引いてから手を止めた。
以前なら、助けを断るためだけに無理をしたかもしれない。
「ガウェイン様。こちらだけ、お願いできますか」
「はい」
彼は余計なところへ触れず、指定された革紐だけを締めた。
一人でできることと、一人でしなければならないことは違う。
オズワルドは荷馬車、ガウェインは先導、セラフィーナは二人の間。
保護される聖女ではなく、目的を選んだ同行者として出発する。
城門を出て間もなく、王都へ向かう救援隊とすれ違った。
荷台の薬師が帽子を振る。
「北門外の治癒所から、受け入れ了承の連絡です!」
王宮を通さずとも、救援は届き始めている。
薬師はもう一通の手紙を渡した。
差出人は、追放の日に門前で子どもを抱いていた母親だった。
《娘は歩けるようになりました。あなたが戻らなくても、教えていただいた方法で次の子を助けます》
必要とされながら、戻ることを要求されない言葉だった。
セラフィーナは手紙を胸へ押しつけず、丁寧に畳んで鞄へ入れた。
守った人が、自分のいない場所で次の誰かを守る。
それが第二章で得た、最も確かな報酬だった。
セラフィーナは馬を止めずに礼を返した。
以前なら、自分も隊へ加わらなければ無責任だと思っただろう。今は任せた人々を信じ、自分にしか追えない呪詛と鉱石の手掛かりへ進む。
街道の分岐で、ガウェインが北境を一度だけ振り返った。
「心配ですか」
「はい。だが、任せられないと思うことも部下への侮辱です」
セラフィーナにも、その言葉が分かった。
自分がいなければ全てが崩れると思うことは、必要とされる安心とよく似ている。二人はそれぞれの場所を離れ、戻れる場所を失わずに進んだ。
「次は、どのような方でしょう」
「脳筋の、笑える商人じゃ」
視点は街道の先、商業都市カルクへ移る。
大小の天幕が道を埋め、人間圏各地の硬貨が同じ卓上で鳴る街。その市場の中央で、天秤棒を担いだ巨漢が荷車を片手で持ち上げていた。
「商売は勢いだ! あと筋肉だ!」
周囲の商人が一斉に頭を抱えた。
巨漢の背後で、算盤を持った小柄な女だけが冷静に帳簿へ数字を書き込んでいる。
「ボルド。今月、三台目です」
「売上も三倍にすれば問題ない!」
「損害は足し算で増えるんです」
女は帳簿を閉じ、街の入口へ近づく三人分の影を見た。
第2章をお読みいただき、ありがとうございました。
次話からは少し空気が変わります。筋肉で商談を解決したがる商人と、算盤でそれを止める経理士の旅です。
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