表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
21/59

第021話 黒刃との再会

 街道脇の枯れ木に、赤い布が三度結ばれていた。


 一つ目は負傷者あり。二つ目は退路なし。三つ目は救援を求む。


 《黒刃》の救難信号だ。結び方を教えたのはローグだった。


 布の端には、魔術師が使う青い染料がついている。結び目は乱れ、最後の一つだけ上下が逆だった。


 合図を出した時点で、手が震えるほど追い詰められていたのだ。


「行くの?」


 フィルが尋ねる。


「面倒だから無視する」


 そう言いながら、ローグは布に残った血の乾き具合を調べ、森へ入った。


「うそ」


「怪我人を放っておくと寝覚めが悪いだけだ」


「嫌いな人?」


「嫌いだ」


「助ける?」


「嫌いな奴が死んでも、好きになるわけじゃない」


 フィルは少し考え、ローグの横へ並んだ。


「分からない」


「俺もだよ」


 谷間では《黒刃》の団員たちが黒い鎖に囲まれていた。地面へ打ち込まれた術式杭が輪を作り、動くほど鎖が縮まる。影から生まれる兵が、その外側を歩いていた。


 盾役は片膝をつき、鎖が食い込んだ腕から血を流している。治療師は魔力切れで顔色が白い。魔術師だけが最後の火球を手に残し、誰へ向けるべきか迷っていた。


 ダリウスは輪の中央で剣を構えている。


 隊長として皆を守っているように見えるが、彼が動くたび鎖は全員の首へ近づいた。


 ローグが警告した罠へ、また正面から踏み込んだらしい。


「動くな!」


 ローグの声に、ダリウスが反射的に一歩出る。


 鎖が締まり、治療師が苦鳴を上げた。


「だから動くなと言った」


「ローグ!」


 ダリウスが顔を上げる。安堵した表情がすぐ命令する者の顔へ戻った。


「罠を解除しろ。早く――」


 言いかけて、周囲の負傷者を見た。


「……頼む。仲間を助けてくれ」


 ローグは団員たちを順に見た。自分の追放に目を逸らした顔もある。魔術師が口を開きかけた。


「あの時は――」


 そこまでで声が止まる。


 言い訳を探しているのか、謝る資格がないと思っているのか、ローグには分からない。


「今は話すな。呼吸を合わせろ」


 責めるのも許すのも、全員が生きて輪を出てからだ。


 怒りは残っている。


 だが負傷者の血に、昔の恨みは混じらない。


「フィル、鎖の匂いは」


「三つ。真ん中だけ、うそ」


「左の杭へ霧を。俺が右を抜く」


「真ん中は?」


「触るな。解除したふりをして全員を殺す偽核だ」


 フィルは頷き、霧を地面すれすれに流した。影兵が霧へ刃を振るうたび、輪の外側にある本当の杭がわずかに光る。


「黒刃。三つ数えたら全員伏せろ」


「俺に命令するな」と言いかけたダリウスを、盾役が睨んだ。


 今度は誰も、ローグの警告を無視しなかった。


 二人は同時に動いた。フィルの霧が影兵の視界と輪郭を奪い、ローグが偽の核を避けて岩陰の術式杭を抜く。


 鎖が緩む。


 最後の杭には、解除者を狙う毒針が仕込まれていた。ローグは鏡片で軌道を変え、ダリウスの剣へ当てる。


 毒針が剣身を黒く染める。


「これを素手で抜こうとしてたのか」


 ダリウスは答えなかった。


「自分の剣くらい、役に立てろ」


 術式が砕け、《黒刃》は谷から脱出した。


 谷の外では、救難信号を見た隊商と冒険者組合の巡回員が待っていた。


 全員が、最後の杭を抜いた者を見ている。


 巡回員は記録板へ書き込んだ。


「救助実施者、正規調査員ローグ=クロウ。協力者フィル。被救助者、《黒刃》四名」


 以前なら《黒刃》の功績として処理された場面だった。今度は誰が罠を見抜き、誰の判断へ全員が従ったか、第三者の記録へ残る。


「異議はありますか」


 盾役が首を振った。


「ない。全部その通りだ」


 魔術師も続いた。


「ローグの警告がなければ、全員死んでいた」


 追放の日には得られなかった証言だった。


 ローグは礼を言わない。遅れて届いた事実を、恩に変えるつもりはなかった。


 森へ入ったところで治療師が倒れた。フィルが警戒して唸る中、ローグは彼女を木陰へ運び、毒消しを置く。


 治療師は震える指で瓶を受け取った。


「ローグ。私、あの時……」


「今、聞けば許してもらえると思うな」


「違う。ただ、謝りたかった」


「なら自分が楽になるために謝るな。次に誰かが濡れ衣を着せられた時、黙るな」


 治療師は泣きそうな顔で頷いた。


 ローグは許すとは言わなかった。


 ダリウスが剣を杖に立ち上がる。


「戻れ、ローグ。副団長の席を返す。報酬も以前の倍にする」


「返す?」


 ローグは笑った。


「俺を追放した判断は正しかった。お前たちじゃ、俺を御せない」


「俺たちは仲間だった」


「仲間なら、席や報酬を餌に戻そうとする前に言うことがある」


 ダリウスの口が動く。


 だが「悪かった」という四文字は出てこなかった。


「何だと」


 盾役が、ダリウスとローグの間へ立った。


「もうやめろ。助けてもらった直後まで、あいつを道具として数えるのか」


「隊長へ口答えする気か」


「隊長だから従った。その結果があの谷だ」


 盾役は胸の黒刃章を外した。


「俺は今日で抜ける」


 魔術師も章へ手をかける。


 ローグが奪ったのではない。三人が、自分でダリウスの隣を離れ始めた。


「助けたのは《黒刃》じゃない。そこで死にかけてた馬鹿どもだ。借りも恩も、これで終わりだ」


「ローグ」


 魔術師が呼んだ。


 今度は謝罪の言葉が出るかもしれない。


 ローグは振り返らなかった。聞く準備ができていないことも、自分で選んでよかった。


 ローグは背を向ける。フィルが当然のように隣へ並んだ。


 かつての仲間が呼び止める声はなかった。


 森を抜けたところで、フィルが振り返った。


「置いてきた?」


「歩ける奴らだ。自分で帰る」


「かなしい匂い」


「誰の」


「みんな」


 ローグは答えなかった。


 ダリウスも、治療師も、魔術師も、それぞれに後悔や屈辱を抱えている。だからといって、ローグがそれを慰める義務はない。


 許すことと助けることは別だ。


 許さないまま前へ進むこともできる。


「ローグも?」


「少しな」


 嘘をつかなかったことに、フィルは何も言わない。ただ歩幅を合わせた。


 もう、振り返る理由もなかった。


 背後で救難信号の赤い布が風にほどけ、地面へ落ちた。


 ローグは新しい結び目を作らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ