表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
101/102

第101話 仲間たちの別れ


魔王を倒した一行は、同じ宿の朝に全員別の地図を広げていた。


食堂の大机が、東西南北へ分割されている。


「西街道の旧風車」


ローグが地図へ印をつける。


魔王軍残党に狙われている子どもたちが、廃村へ隠れているという。


「迎えに行く」


フィルが言う。


名簿には、首輪を外されたあとも人里へ戻れない子どもの名が七つあった。


ローグは依頼料の欄を黒く塗り潰す。金を受け取れば仕事にできる。だが今回は、フィルと同じ場所から連れ出された者を迎えに行くのだ。


仕事ではなく、自分で選んだ約束として。


「その後は北の森の家。煙突が曲がってる」


住所というには大雑把だった。


ローグが宿の名と最寄りの町を書き足す。


「手紙はこっちへ送れ。森へ直接出すと食われる」


「誰に」


「お前以外の何かに」


フィルは納得していない顔をした。


「訪ねてもいいか」


不意の問いに、ローグは暗号表を書く手を止めた。


「鍵は掛ける。窓から入るな。ノックを覚えたら来い」


それは二人が交わした、最初の招待だった。


フィルは暗号表の端へ、小さな銀色の印を押した。


自分が無事に読んだ合図だという。


ローグは「無駄だ」と言いながら、その印を消さなかった。


手紙の返事を待つ関係。


それは、逃げるための連絡網ではなく、帰る場所を確かめるための約束だった。


セラフィーナたちは、王都と北境を結ぶ治癒網の図を広げている。


一人の聖女へ繋がる線はない。


町ごとの治癒院、移動診療隊、魔力を持たない薬師、緊急時だけ繋がる術者の輪。


「北境の第一診療所におります」


セラフィーナが皆へ住所を書く。


ガウェインは彼女の隣へ自分の執務室を書き足した。


「同じ封筒で届く」


「辺境伯宛ての書類と混ぜないでください」


「私が分ける」


セラフィーナは診療所の開所日だけでなく、休診日も書いた。


以前の彼女なら、自分が休む日を人へ約束することはできなかった。


「休診日に来たら、患者としてではなくお茶を出します」


「では遠慮なく」


アレンが答えると、ガウェインも自分の休みの日を書き足した。


オズワルドは二人の住所へ勝手に研究室も加えた。


「研究室へ来る時は、菓子を持参じゃ」


「なぜですか」


「わしが忘れるからじゃ」


セラフィーナは笑い、休診日の横へ「菓子は各自」と書いた。


かつて治療を受ける場所だった予定表に、どうでもいい約束が増えていく。


その軽さが、彼女には新しかった。


ボルドとミアの地図には、戦場跡と焼けた村を繋ぐ太い交易路が引かれている。


「復興需要だ! 屋根材、薬、種、鍋! 全部運べば儲かる!」


「最初の半年は利益率を抑えます」


「なぜだ!」


「買える人を増やした方が、十年後まで客です」


ボルドは一秒考えた。


「もっと儲かるな!」


二人は最初の荷馬車を、ソルヴェイ村跡を通る東路へ出すという。


焼けた土地へ最初に運ぶのは、墓標ではなく種と農具だった。


アレンは礼を言いかけ、やめた。二人は彼のためだけに道を作るのではない。そこへ戻る全員と、これから住む誰かのために商売を始める。


だから代わりに、荷下ろしを手伝うと約束した。


リリアとエミの地図には、舞台の予定日が並んでいた。


最初の公演は、三つの門が崩れた戦場跡。


瓦礫を片づけた広場で、眠りから戻った者と帰還を待った者へ歌う。


「雨天でもやります」


リリアが言う。


「大雨は中止」


エミが訂正する。


チビ、クロ、ハナの出演料は食事で支払われる。


演目の題名は『夜が明けるまで』。


魔王を倒す英雄譚ではなく、門の外で荷車を押した商人、倒れた兵を運んだ避難民、眠りながら手を離さなかった親子の歌だという。


「最後の歌だけ、一緒に歌ってください」


リリアがアレンへ言う。


「俺、歌えないぞ」


「知っています。だから合唱です」


エミは公演券の端へ、三匹の足跡を押した。


チビは余計に二つ押し、クロは一つだけ、ハナは紙の半分を潰した。


リリアは慌てたが、アレンはそのまま受け取った。


整った券より、誰が渡したか分かる方がいい。


仲間たちの約束は、どれも少し不格好だった。


「次はどこへ行く?」


全員がアレンを見る。


アレンの前にも地図がある。


まだ印はない。


以前なら、置いていかれるように感じたかもしれない。


皆には帰る場所があり、自分だけが残されると。


だが机に書かれた住所と日付を見る。


北の森。


第一診療所。


東路の商会宿。


三門跡の公演日。


帰る場所がないのではない。


訪ねていける場所が増えた。


「決めてない」


アレンは答える。


「まず東へ行く。そこから、朝起きて決める」


「迷ったら荷馬車へ乗れ!」


「友達料金で」


「割増です」


笑い声が食堂へ広がった。


朝食は冷めていた。


誰も席を立てず、パンを千切っては地図の余白へ時刻を書き、書いた時刻をまた延ばした。


別れを惜しむ言葉の代わりに、次に会うための細かな用事が増えていく。


アレンはその様子を見て、胸の奥が少し痛くなるのを感じた。


魔王を倒せば、皆で一つの場所へ帰るのだと、どこかで思っていた。


だが彼らには、それぞれ直す場所と待つ人がある。


同じ場所に留まることだけが仲間ではない。


別々の地図へ印をつけても、机の中央には同じパン籠があった。


アレンは最後の一切れを半分に割り、近くにいたフィルへ渡した。


何かを分けることが、別れの前にもできると知った。


昼までに、馬車が一台ずつ宿を出る。


大仰な再会の誓いはしない。


ローグは次の手紙へ必要な暗号表を置き、セラフィーナは診療所の開所日を渡す。


ボルドは商会の無料乗車券を書き、ミアが横から有料へ訂正する。


リリアとエミは公演券を机へ挟んだ。


最後の馬車が角を曲がる。


手を振っていたアレンの周りが、急に静かになった。


車輪の音が遠ざかり、馬の蹄が消え、最後にリリアたちの歌声も風へ溶ける。


宿の前には、誰かが置き忘れた紐と、踏まれて読めなくなった時刻表だけが残った。


アレンは追いかけなかった。


寂しい。


その感情を、失敗だとは思わなかった。


また会いたいと思える相手がいる証拠だった。


宿へ戻る前に、アレンは置き忘れられた紐を拾った。


どの荷物のものか分からない。


けれど捨てる気になれず、地図を束ねる紐として使うことにした。


誰かの忘れ物が、自分の旅支度になる。


それが少し可笑しかった。


アレンは左手首へ触れる。


火傷の痕はまだ残っている。


赤黒かった輪郭は薄くなり、朝の光の中では、目を凝らさなければ見えないほどになっていた。


けれど、痛まない。


そのことに、初めて気づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ