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<全31ep> 神戸、八社のあいだで  作者: 第三ひよこ丸


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第08話 六宮(八宮)へ向かう途中で

 六宮神社と八宮神社の入り口を抜けると、外の通りとは違う空気が流れているのが分かる。一宮から五宮まで、それぞれ違う空気を感じてきた。しかし、ここは二つが一つになっている分だけ、その重なりが独特の密度を持っているように感じられた。

 

 場所が変わらないまま二つの神社に参拝するという行為は、順番を重んじる彼女にとっても、どこか例外的な処理を含んでいるのかもしれない。


 お賽銭箱の前に立ち、小銭を取り出して投げ入れる。手を合わせ、目を閉じる。その一連の動作は、回数を重ねるごとに意識の外側へと押し出され、自然な流れとして身体に馴染んできていた。

 

 手を下ろしたところで、隣に立つ彼女も同じように動作を終える。


「……六宮と八宮。移動がない分、あっけないですね。一つ終わってもう一つ、という区切りが自分の足で測れないのは、少し不思議な感じです」


 僕が言うと、彼女は視線を正面に向けたまま小さく頷いた。


「そうですね。歩く距離がそのまま『進んだ』という実感になることが多いですから。でも、こうして並んで立っていると、順番自体はちゃんと消化されているのが分かります。物理的な距離がなくても、形式がそれを補ってくれるというか」


 彼女の言葉は、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。


「形式、ですか」

 

「はい。順番という形があるから、私たちは迷わずに済んでいる。たとえ場所が同じでも、六番目と八番目という名前があれば、それは別の出来事として成立しますから」


 その考え方は、どこか淡々としていて、それでいて揺るぎない。彼女にとっての順番は、単なる移動の記録ではなく、世界を切り分けるための最低限のルールなのだろう。

 境内を少し歩き、開けた場所へ出ると、西の空がわずかに色を変え始めていた。


「次は七宮神社ですね。順番通りなら、一度戻ってから向かうことになります」

 

「一度、戻る?」

 

「はい。ここが六と八なので、七は場所がまた別なんです。順番を飛ばさないなら、次は七宮に行かなければなりません。八はもうここで済ませてしまいました。しかし、順番としては七の次が八ですから」


 その説明を聞いて、僕は少しだけ言葉に詰まった。


「……八宮は今、ここで終わらせたんじゃなくて?」

 

「終わらせました。ただ、順番としては七を通った後に、もう一度ここにある八を意識する必要があります。実際にまたここへ来るかどうかは別として、自分の中ではそういう順序になります」


 彼女のこだわりは、僕の想像よりもずっと深い場所にある。効率や距離ではなく、決めた順序そのものに価値を置いている。その不器用なまでの実直さが、この場所の静かな空気と妙に合っている気がした。


「自分なら、ついまとめて終わったことにしてしまいそうです。しかし、彼女さんは、そうじゃないんですね」

 

「そうですね。崩してしまうと、何のために回っているのか分からなくなりそうですから。不便です。ただ、その不便さも含めて順番なんだと思います」


 彼女は少しだけ口角を上げ、柔らかく微笑んだように見えた。それはすぐに消えてしまった。しかし、その後に残った余韻は、これまでのどの会話よりも温かみを含んでいた。


「七宮神社、いつにしますか? 場所はここから少し南西の方になりますけど」


 僕からの問いかけに、彼女は少しだけ考え、それから静かに答えた。


「今日は、ここで区切りにします。七宮はまた別の日に。……その時は、また連絡してもいいですか?」

 

「ええ。待っています」


 約束というにはあまりに頼りない。だが、確かな響きを持った言葉が、二人の間に落ちる。


 境内を出て、西元町駅の喧騒が再び近づいてくる。

 別れるタイミングに迷いはなかった。流れに沿って歩き出し、大通りの角で自然に距離が開いていく。


「じゃあ、また」


「はい」


 振り返ることなく、僕は自分の進むべき方向へと足を向けた。

 順番はまだ続いている。七宮を経て、再び八宮という概念に戻るまで。その完結がどこにあるのかはまだ見えない。しかし、彼女と同じリズムで歩いているという感覚だけが、足の裏に確かな手応えとして残っていた。

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