第12話 覚悟を灯す
戦闘を開始してどれほど経ったのだろうか。
鉛のように重くなった足を、ただ意志の力だけで動かす。
魔王にはまだ傷一つついていない。
それなのに、こちらは一人、また一人と倒れていく。
すでに立っているのは、玉野さんと雪奈さん、そして風戸さんのみ。
その風戸さんも限界が近い。
全身から血が溢れ出し、気合だけで意識を繋ぎ止めている状態だ。
ユニークスキル:【魔王外装】
——特殊な攻撃を除く、あらゆる攻撃を弾く。
このスキルがどうやっても突破できない。
攻略の糸口すら見えない。
強いて言うなら「慣性は打ち消せない」ことくらいだ。
フーガの拳が当たった際、魔王の身体がわずかにのけ反っていた。
「もう諦めよ。お主らの攻撃が通る可能性は万に一つもない」
魔王は余裕の態度を崩さない。
奴が呟いた「問題ないな」という言葉が、呪いのように耳の奥で繰り返される。
本当に、どの攻撃も通る気がしない。
心が折れそうになる。
「冥土の土産だ。我が奥義を見せてやろう」
奴の掌に、禍々しい漆黒の魔力が集まり始めた。
本能が警鐘を鳴らす。
絶対にあれを放たせてはいけない。
——【雷遁】——
——世界から音が消えた。
発動と同時に、魔王に向かって月影を全力で投擲する。
紫電を撒き散らしながら空間を切り裂いたナイフが、魔王の胸元に直撃した。
「ドォォォォォンッ!!」
凄まじい衝撃波。
魔王の巨体が吹き飛び、背後の壁を幾層も突き破って瓦礫の山に埋もれる。
手元に戻ったナイフを握り直し、砂塵の向こうを凝視する。
……少しでも傷が入っていてほしい。
だが、瓦礫の隙間から魔王が現れる。
埃を払う仕草さえ優雅なほど無傷だった。
「少しだけ驚いた……少しだけな!」
魔王の冷徹な視線が、フーガから私へと移る。
再び、その掌に魔力の奔流が膨れ上がる。
背後にいる、意識を失って倒れている仲間たちが視界に映る。
——マズい。
地面を蹴り、一気に距離を詰めて魔王を蹴り飛ばす。
魔王は大きくのけ反るが、魔力の収束が止まらない。
その場から離れようとし——
「消えろ。暗黒魔法——ノア・エクリプス」
視界を埋め尽くす、極大な黒い閃光。
死を覚悟した瞬間——横から突き飛ばされるようにして身体が宙を舞った。
呆然としながら、私を突き飛ばした存在を見る。
——フーガだ。
「ふん。これで借りは返したと言っておくぞ」
私を庇ったフーガの右腕が、肩から先を失っていた。
「我が愚弟が邪魔をしたか。意味がないというのに、つくづく愚かだな」
「黙れ。貴様の弟になったつもりはない」
片腕を失いながらも、フーガは再び魔王へと肉薄する。
背後に視線を向けると、城に巨大な穴が開いていた。
当たっていたと思うと……ゾッとする。
幸い巻き込まれた人はいなさそうだ。
まだ【雷遁】の発動時間は残っている。
せめて突破口は掴みたい。
地面を蹴り、私も魔王に向かっていく。
ときには蹴り飛ばし、魔王を壁に叩きつけた。
だが、やはり手応えはない。
「羽虫のようにブンブンと。……流石に飽きてきたぞ」
やがて無情にも【雷遁】の効果時間が切れ、身体が一気に重くなる。
息が荒くなった。
「ようやく体力が尽きたか。
そろそろ終わりにしよう。時間の無駄だ」
魔王が、死神のような足取りで近づいてくる。
玉野さんや雪奈さんが必死に魔法を飛ばすが、そのすべてが魔王の数センチ手前で無慈悲に弾かれる。
……防御を貫けない敵に、どうやって勝てと言うんだ。
切り札はなくなった。
勝てる見込みもない。
ふと、アラヤの言葉を思い出す。
——勝率3%。
絶対に貫けないのなら、その「3%」さえ存在するはずがない。
私が気づいていないだけで、何か方法があるはずだ。
体は重い。でも絶対に諦めない。
『最終助言。覚悟を灯せ』
アラヤの最後の言葉が脳裏をよぎった。
……あの存在が、意味のない助言をするだろうか。
——覚悟。
手元の、咲から受け取ったナイフを見つめる。
……そうだ。
ここで私が倒れたら、地球も、みんなもいなくなる。
『……そうか。お父さんは待つから、絶対に無事に戻ってきなさい』
父親とまだ話したいことがある。
咲にも「無事に戻ってくる」と約束したんだ。
また——みんなで花火を見たい。
——絶対にこいつに勝つ。
震えていたナイフを握る手に、再び熱い力が戻ってくる。
その時、意識の底で懐かしい声が響いた。
——『やっとかよ』と。
視界に映るのは、かつて戦ったことがあるソードアヴェンジャーの姿。
それが今、うっすらと、しかし確固たる存在感を持って目の前にいる。
そのソードアヴェンジャーの姿が、私と重なった。
輪郭が溶け合い、境界が消えていく。
『これにて継承が完全に完了だ……負けんじゃねーぞ』
最後に、満足そうに笑って——消えた。
直後、私の身体が凄まじい光の奔流に包まれる。
細胞一つ一つが作り替えられていくような、圧倒的な万能感。
——適合完了——
【ユニークジョブ:勇者】




