第11話 魔王
——魔王城、最深部への回廊——
先を行くフーガの背中からは、静かだが刺すような怒りの威圧感が漏れ出していた。
静寂が支配する廊下を、私たちの足音だけが響く。
城内からは、不気味なほど兵の姿が消えていた。
「魔王がいる城なのに、警戒が少ない理由は分かる?」
ふと抱いた疑問をフーガにぶつける。
「……ワレは監獄にいたため、確実とは言えぬ。
だが、侵攻の準備か、兵はすでにお主らの星へ向かっていると思われる」
すでに、地球への侵攻が始まっている可能性がある。
フーガの言葉に、心臓の鼓動が激しくなる。
(……大丈夫、岸さんたちがまだ地球にいる。きっと、守ってくれるはずだ)
そう自分に言い聞かせる。
今、私がすべきことは動揺することではない。
元凶を断つことだ。
無言のまま、私たちは巨大な黒鉄の扉の前に辿り着いた。
扉一枚隔てているというのに、中から溢れ出す強烈な存在感に、肌がチリチリと焼けるような錯覚を覚える。
私たちは顔を合わせ、頷き合う。
ここまでできることはやった。
——行こう。
迷いなく、その扉を押し開いた。
玉座に鎮座していたのは、巨大な角と漆黒の翼を持つ存在。
城の外の銅像で見た、フーガに似た顔立ちの男——魔王。
「……」
魔王は冷徹な瞳で私たちを見下ろしていた。
動き出す前に、【鑑定】を叩き込む。
⸻
【個体鑑定:魔王アルナ?】
レベル:50
スキル:【次元転送 Lv.8】 / 【暗黒魔法 Lv.7】 /
【威圧 Lv.7】 / 【瞬間回復 Lv.6】 /
【鑑定 Lv.6】 / 【魔王覇気 Lv.5】 /
【吸収 Lv.5】 / 【憑依 Lv.4】 /
【幽体 Lv.3】 / 【洗脳 Lv.2】 /
ユニークスキル:【狂化】 / 【魔王外装】
状態:精神汚染(強)——憑依 弱点:——
⸻
——【鑑定】。
あまり時間をかけるのは良くなさそうだ。
こちらも分析されかねない。
「……問題ないな」
魔王がボソリと呟き、ゆっくりと立ち上がった。
まるで、私たちの戦力をすでに測り終えたかのような口ぶりだ。
「ここまでよくぞ、辿りついたと言っておこう。
そして、フーガよ。なぜお主は戦いもせず、その者たちと一緒にいる? 敗北に加え、裏切るつもりか?」
フーガの肩が怒りで震えている。
「ぬかせ! 貴様が兄上を乗っ取っているのは聞いている!
その体から、今すぐ出ていってもらうぞ!」
次の瞬間、フーガの姿がかき消えた。超高速の移動。
気づけば彼は魔王の至近距離に肉薄し、渾身の拳を叩き込んでいた。
だが、衝撃波が玉座の間を揺らしたにもかかわらず、魔王は微動だにしない。
フーガの拳を掌で受け止めていた。
「フーガよ。なぜ蛮族共の言葉を信じる? 信じる根拠などないと思うが?」
「根拠などいらん! 拳を交わせば、相手が嘘をつく者か分かる!
……今、明確に理解した。貴様は偽物だッ!」
二人の激突を横目に、私は最も不気味なスキルの詳細鑑定を試みる。
ユニークスキル:【魔王外装】
——特殊な攻撃を除く、あらゆる攻撃を弾く。
……は?
思考が凍りつく。
それは防御という次元ではない。
明確な無敵の法則だ。
だが、鑑定の詳細には「特殊な攻撃を除く」とある。
特殊な攻撃とは何かを考える。
『影殿、判明した魔王の情報を教えてほしい』
玉野さんの念話に応じ、鑑定結果を伝える。
伝えている間にも、魔王とフーガは言葉を交わしていた。
「……ふむ、洗脳が完全に解けてしまったか。ならば、もう貴様は用済みだ。
滑稽だな。実の兄の肉体に滅ぼされるとは」
魔王がフーガを煽る。
「キサマァァアアアア!!」
フーガが完全に激昂し、理性を失っている。
目にも止まらぬ速さで、拳を放っている。
「……ああ、懐かしい。その怒り……前の世界で何度も見たな」
……魔王はこちらに意識を向けていない。
今がチャンスだ。
「——氷魔法!」
雪奈さんの氷魔法が魔王を包むが、氷の結晶は魔王の肌に触れる直前で霧散した。
……「特殊な攻撃」と聞き、真っ先に「魔力の込められた攻撃」を考えたがダメか。
他の思いついた手段を実行していく。
毒スキルによる攻撃。
目を狙った物理の斬撃。
巨大化した風戸さんによる押し潰し。
しかし、そのすべてが魔王に対して意味をなさなかった。
打つ手がどんどん無くなっていく。
必死に他の策を思い浮かべる。
(……周囲から酸素を無くすのはどうだろう?)
いや、仮にできても意味がない。
ステータスの影響で、呼吸なしでも長時間動ける。
焦りが部隊に広がる中、魔王が冷笑し、静かに右手を掲げた。
「少しだけ鬱陶しく感じてきたな。——魔王覇気」
何かが体を通り抜けたような感覚。
悲鳴すら上げられず、レベル30以下のメンバーが次々と失神し、崩れ落ちていく。
瞬く間に、立っている者は半分以下に減っていた。
意識を保っている者たちも疲弊している。
思いつける策はもう全て試した。
だが、どれも効果がない。
——あらゆる攻撃を無効化し、立っているだけで精神を削り取る存在。
……こんな敵をどうやって倒せばいい?
背筋に冷たい汗が流れた。




