第10話 兄弟
地下監獄の地面の魔法陣。
その陣から多数の管が生えている。
檻の中に囚われたフーガの体には、何本もの禍々しい管が突き刺さり、脈動と共に何かが容赦なく吸い出されている。
私はその不気味な光景に眉をひそめた。
「……この装置」
装置に見覚えがあり、思わず声が漏れる。
ガルヴェールを模した世界で、ヤタ族が繋がれていた管と同じだ。
ヤタ族が管に繋がれていたのは、魔王軍の味方ではないからまだ納得できる。
だが、魔王軍の幹部であるはずのフーガが、なぜ同胞の道具で家畜のように扱われているのか。
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【個体鑑定:フーガ】
レベル:40
スキル:【両手剣 Lv.6】 / 【波動 Lv.6】 /
【コピー生成 Lv.6】 / 【指揮 Lv.5】 /
【自動回復 Lv.5】 / 【威圧 Lv.4】 /
【縮地 Lv.2】 / 【思考共有 Lv.2】
ユニークスキル:【狂化】
状態:正常 弱点:遠距離
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別人の可能性も考え、鑑定したがやはりフーガ本人だった。
「ワシは放置が良いと思うのじゃが……影殿はどう思うかのう?」
玉野さんが小声で問いかけてくる。
メンバーたちの間には、この異常事態に対する困惑が渦巻いていた。
……放置、もしくはフーガにトドメを刺す。
それも選択肢としてはありだろう。
念のため玉野さんに、【読心】できるメンバーでフーガの思考を読み取れないか尋ねる。
読心結果によると、フーガの内心は「なぜだ」で埋め尽くされていたとのことだ。
……それならば、交渉できるかもしれない。
「もしかしたら、魔王や、城の内部構造について聞けるかもしれません。
今のフーガなら、もし襲ってきても私だけで容易に抑え込めます」
少しの協議の後、私はフーガに近づく。
「下がっていてください」
念のため、他のメンバーを下がらせ——一閃。
ナイフで管を斬り裂く。
火花が散り、管から解放されたフーガの体が、糸の切れた人形のように地面へ崩れ落ちた。
「……ガハッ、……ッ、はぁ、はぁ……」
むせ返りながら、フーガが顔を上げる。
その瞳に、かつて私と刃を交えたときの、あの黄金のような覇気がない。
「キサマらは……あのときの。何の……つもりだ。
ワレらは……敵同士。……敵に情けをかけられるくらいなら……自死を選ぶ」
管から解放され、フーガはやがて意識がハッキリしてきた。
その状態でも、ひび割れた爪で戦おうとしている。
……【自動回復】があるとは言え、敵ながらすごい根性だ。
「勘違いしないで。情報を聞きに来ただけ。
以前に『見逃される代わりに、知りたい情報を教える』と言っていたでしょう? 約束を破るつもり?」
私がそう言うと、フーガの動きが止まった。
「あれはあのときだけの話だったが……思い返せば、情報をほとんど伝えていなかったな」
フーガから溢れていた闘争心が消えていく。
「良いだろう。少しだけ話を聞いてやる」
フーガが座り込み、耳を傾ける体勢に入った。
念のため、玉野さんから【共有】で読心結果を伝えてもらう。
『攻撃の意図はなさそうじゃぞ』
問題はなさそうで、ひとまずホッとする。
「魔王軍幹部であるはずのあなたが、なぜこんな場所で閉じ込められているの?」
私がそう尋ねると、フーガは口の端を歪めた。
「魔王軍幹部、か……。笑わせるな。
敗戦により、ワレはすでに幹部の任を解かれた。それどころか、監獄に叩き込まれる始末。
……もはや兄上、いや、魔王様にとってワレは『電池』に過ぎんというわけだ……」
自嘲気味に呟く、その言葉が気になった。
「兄上……?」
その呼び方で、違和感の正体が繋がった。
……言われてみれば、フーガと魔王アルナはそっくりだ。
魔王の銅像を見たときに、フーガと似ていると思ったのは間違いではなかったらしい。
「あなたたちは……仲が悪いの?」
フーガが目を瞑り、どこか昔を想うような表情を浮かべている。
「否。昔は……そうではなかった。兄上は冷徹ではあったが、誇り高き王だった。
だが、世界がひび割れ、赤く染まったときから変わられた。
ここまで来たのなら空を見たであろう?
信じられぬかもしれないが、昔は緑で囲まれていたのだ」
その情報に驚いた。
今の『赤黒く濁り、太陽すら昇らない世界』では想像がつかない。
「気づけば、他界への侵略を推し進め……民を使い潰すことすら厭わぬように……」
フーガの話は、重く、信じがたい内容だった。
魔王は「この世界の維持には他界からのエネルギー奪取が不可欠だ」と語り、侵略を正当化してきたという。
だが、その手法は次第にエスカレートし、今や身内であるフーガからさえ魔力を絞り出す狂気へと変貌していた。
「それにしては、この世界はずっと治っていない気がするのだけど。
……魔王アルナは何か別の目的でエネルギーを使っている可能性はない?」
その言葉に、フーガが眉をひそめた。
「待て。……魔王アルナとは誰だ。魔王の……兄上の名はフールだ」
……フール?
その瞬間——情報が一気に繋がった。
魔王はある時から変わった。
鑑定結果の名は「魔王アルナ?」。
そして状態欄には、精神汚染(強)——憑依。
推測通りだとすれば……フーガにとって、残酷な真実だ。
「……フーガ、よく聞いて。私はあなたと見た目が似ている魔王を、遠くから鑑定したわ」
「……何を見た」
「魔王アルナという名前。そして、精神汚染(強)——憑依、と」
その瞬間、フーガの体が凍りついたように動かなくなった。
見開かれた瞳が、恐怖と混乱に揺れている。
「……本当にワレと似ていたのだな?」
「……えぇ」
魔魂騒動を思い出すと、だいぶ症状が進行している。
そして、中身は——。
「では、あの玉座に座っているのは……一体、誰なのだ……。
……ワレが、兄上だと信じて……今まで全てを捧げてきたあのお方は……誰だったのだ……!」
フーガの咆哮が、地下の壁に反響する。
彼は震える手で地面を突き、這い上がるようにして立ち上がった。
フーガの瞳には怒りが渦巻いており、今にも飛び出しそうだ。
「確かめねばならん。俺も連れて行け。
……もし、兄上ではないというのなら——」
玉野さんと視線を交わす。
『今まで嘘は一つもなかった。怒りも全て本当じゃ。
ワシの【直感】でも連れていく方が良いと出ておる』
玉野さんは静かに頷いた。
リスクとリターンを天秤にかける。
……フーガと魔王の両方を、同時に相手取る危険性もある。
だが、この感じなら私たちについてくれる可能性が高い。
たとえ一時的であっても、城の内部を知り尽くした彼が同行するメリットは大きい。
「……いいでしょう。一応、回復薬を渡しておくわ」
「フン、礼は言わんぞ」
フーガが回復薬を受け取り、中身を飲み干した。
かつて戦ったときのような力強さが、その身から溢れ出す。
「……この借りは必ず返す」
フーガを仲間に加え——正体不明の「魔王アルナ」が待つ玉座へと向かう。
城の深部から漂う瘴気がより一層、禍々しさを増した気がした。




