第3話 見誤るな
家の前には、玉野さんが立っていた。
逃げ道を塞ぐように。
しかも、私の正体が完全にバレている。
心臓の鼓動が早まる。
玉野さんが静かに私を見つめる。
その瞳には、今までに見たことがなかった鋭さが宿っていた。
……玉野さんに正体がバレるだけならまだ良い。玉野さんのことは信用している。
だが、このタイミングで来るというのは不自然だ。
もしどこかで知ったとしても、この時間に自宅前で待ち構えるはずがない。
連絡手段で伝えれば済む話だ。
(わざわざ家まで来たということは——私を逃したくない事情があった?)
そう思考がよぎった瞬間だった。
「逃したくない。その予想で正解じゃよ、影殿」
……っ!
背筋に冷たいものが走る。
思考の先回りをされた。
視線を走らせると、車の中に人影が見える。
嫌な予感がして【鑑定】を飛ばした。
その人物が持つ、この場で最悪のスキル名が映る。
——【読心】
そして……玉野さんには【共有】のスキルがあったはずだ。
おそらく車内の人物が読み取った私の思考を、玉野さんがリアルタイムで把握している。
私の心が読まれているということは——
「うむ。申し訳ないが……お主が『英霊』になるつもりだということ、今完全に把握させてもらったのじゃ」
……最悪だ。
誰にも、絶対に知られたくなかった決意を暴かれた。
歯を食いしばり、拳を握りしめる。
街灯の下、暗闇から誰かが歩いてくる気配がした。
……近所の人に見られるわけにはいかない。
「……とりあえず、中へ」
私は逃げるように、玉野さんを家の中に案内した。
*******
幸い、父親はまだ帰っていなかった。
【読心】を持つ男の人は、車の中で待機するらしい。
これ以上、心を読まれないことに少しだけ安堵する。
玉野さんがリビングの椅子に腰を下ろし、私に頭を下げてきた。
「まずはお主の心を勝手に暴いたことを謝罪する。
……あの場でお主に嘘をつかれたことが、ワシの【直感】に刺さってのう。
放っておけば、取り返しのつかない『悪い結果』になると、そんな予感がしたのじゃ」
「……いえ。私も、隠し事をしてすみませんでした」
私も頭を下げ返す。
沈黙が流れる。
先に尋ねてきたのは玉野さんだった。
「見誤るな。自分だけが犠牲になれば、全てが丸く収まる……などと思うではない。
そんなにワシらが頼りないかのう? それとも、信用できんか?」
その言葉に頭がカッとなる。
「信用はしてます……でも、他に選択肢がないから!」
私が検討したことを話していく。
そして、どれもダメだったことも伝える。
玉野さんは私の言葉をジッと聞いていた。
私が話し終えると、玉野さんが口を開く。
「お主の検討結果は分かった。だが、選択肢はあるのじゃよ。
それも、誰も犠牲にならずに済む可能性のある道が」
そんなもの、検討し尽くした。
それでも見つからなかったから、私は花火を見ながら絶望したのだ。
「あるではないか。守るのではなく、こちらから『攻める』という方法が」
——攻める。
その言葉が、停滞していた私の思考に強い衝撃を与えた。
……そうだ、アラヤだ。
なぜ気づかなかった。
アラヤがゲートを生み出したのを私は見ている。
視界を覆っていた霧が、一気に晴れていく気がした。
アラヤの協力が前提だが、守勢に回る必要なんてない。
だが——相手は魔王軍。未知の領域で、勝機はあるのか。
「お主は本当に、顔に表情が出やすいのぅ。
勝てるのか、と不安に思っておるのじゃろうが……影殿、そんな弱腰では、万が一英霊になったとしても到底勝ち目は薄いぞ?」
玉野さんはいたずらっぽく、だが力強く笑った。
「それに、お主一人で行かせるわけなかろう。今回は地球の命運を懸けた総力戦じゃ。
すでに難波ギルドの風戸殿、氷雪ギルドの雪奈殿には声をかけ、二つ返事で了承をもらっておる。
……さて、お主はどうする? 部屋の隅で震えて待っておくか?」
——そんなもの、決まっている。
「私も行きます。連れていってください」
英霊と聞いて、ずっと胸につかえていた重苦しいしこりが、今度こそ消えてなくなった。
世界から忘れられる必要はない。
今度は生きるための、守るための、攻勢だ。
それからは、驚くほど具体的な打ち合わせが進んだ。
アラヤへの交渉方法、上限人数の把握、そして物資の調達。
重村さんはすでに膨大な資材の確保に動いているらしい。
玉野さんが帰る頃には、私の心は嘘のように軽くなっていた。
玄関で玉野さんを見送った後、ふと思う。
玉野さんが来てくれなかったら……私は一週間以内に、誰にも言わずにこの世界から消えていたはずだ。
(……玉野さんには、もう一生足を向けて寝られないかもな)
ふっと笑う。
少しでも恩を返すためにもっと強くなろう。
失敗は許されない。
敗北は、文字通り地球の終わり。
意地でも負けられない。
でも、今度は一人じゃない。
「絶対に、勝とう」
未来への一歩を踏み出す。




