第10話 崩壊、そして檻
海底神殿の門が開き、その中から現れたのは、これまでのサハギンとは一線を画すほどの巨体だった。
その生物が砲弾のように迫ってくる。
私は反射的に【水月歩】で水中を蹴り、横へと跳躍した。
躱しながら、その巨体を観察する。
体長は優に5メートルを超える。
その全身は岩石のような鱗に覆われている。
何より、その眼光。私を射抜くその視線には、明確な知性と、圧倒的な威圧感があった。
見られているだけなのに、体が重くなる。
(……ナイフで正面から受けると刃こぼれしそうだ)
魔力に余裕があるわけではない。
頭の片隅で展開していた分身体を、この場へ呼び寄せる。
【水月歩】の残り時間はあと4分。
この巨体を一人で、それも水中という不利な環境で仕留めきるのは……今の私には厳しい。
一刻も早く情報を持ち帰り、玉野さんたちと合流すべきだ。
私が離脱のタイミングを計っていると、その怪物が口を開いた。
重低音の響きが泡と共に、海中に伝播する。
『ちっ……エネルギーの供給が急に途絶えたから見に来てみれば。貴様か、銅像を破壊したのは』
話をするためか、巨大なサハギンの動きが止まった。
ならば、今のうちに情報を引き出そう。
私は距離を保ちながら、怪物に【鑑定】を叩き込む。
⸻
【個体鑑定:ドリュー】
レベル:40
スキル:【剛力 Lv.6】 / 【水泳 Lv.6】 /
【水流操作 Lv.5】 / 【威圧 Lv.5】 /
【地中移動 Lv.4】 / 【水魔法 Lv.4】 /
【脱皮 Lv.3】 / 【睡眠 Lv.2】
ユニークスキル:【崩壊】
状態:正常 弱点:やや遠距離
⸻
(レベル40。それにこの威圧感……覚えがある。フーガと同じだ)
見慣れないスキルがあったため、さらに詳細鑑定をする。
【崩壊】——触れた物体を壊す。
……嫌なスキルだ。
シンプルだが強力。
武器を主力とする私にとっては最悪の相性だ。
それに……人も触れるとダメなのかを把握しておきたい。
『おい、聞いてねぇのか?』
ドリューが苛立ち、指先を弾く。
巨大な水球が弾丸となって私を襲った。
——っ!
思ったよりも速い。
回避しながら、私は問いを投げかける。
「……あなたの予想通り、銅像を壊したのは私。あの銅像を使って、何を企んでいたの?」
『あ? 企む? そんな大層なもんじゃねぇよ。膨大なエネルギーがありゃあ、この忌々しい檻を内側からブチ壊せるんでな』
(檻を……壊す?)
最初は、何を言っているのかよく分からなかった。
しかし、フーガの言葉をふと思い出す。
奴は「閉じ込められている」と言っていた。
それにヤタ王の記憶では、ドリューは直接世界に現れていた。
ヤタ王の世界と私たちの世界。
その違いは——
(……まさか)
思考が一瞬、停止する。
(ゲートはこいつらのような怪物を外に出さないための『檻』?)
予想が合っているかは分からない。
だが、もしそうだとしたらゲートを壊させては絶対にいけない。
その場合、ドリューが地球に襲来することを意味する。
「……絶対に、壊させない」
『ハッ、抜かせ。もう半分は壊せてるんだよ』
ドリューが三叉槍を振り上げる。
その時、【水月歩】で加速した私の分身体が近づいてきた。
……いいタイミング!
分身体に、ドリューへ向けてクナイを投擲させる。
「カキィン」と高い音がしてクナイがドリューの胸元で弾かれた。
ドリューの体表にわずかな傷がつく。
だが、その直後——クナイが、まるで砂に還るようにサラサラと消滅した。
……【崩壊】はやっぱり厄介そうだ。
でも接触から消滅まで、わずかにタイムラグがあった。
この情報は活かせそうだ。
【水月歩】の残り時間はあと2分を切っている。
途中で効果が切れたら一気に劣勢になる。
この場は一旦分身体に任せよう。
私は分身体を囮に残し、その場を離脱した。
全力で水中を駆ける。
途中で『逃げんな!』という言葉が聞こえたが無視だ。
ドリューから離れていった。
水中から顔を出す。
水中戦でなければ、このまま戦ってもいいが……向こうが劣勢になったら水に逃げるかもしれない。
やはり一旦玉野さんたちと合流しよう。
岩場を駆け抜けている最中、消滅した分身体の記憶が流れ込んできた。
分身体自身がドリューに接触した際、体そのものは崩壊しなかった。
鎧は消えていったが、体への浸食はなさそうだ。
おそらく無機物への特効と思われる。
ただ確実に人への効果がないとは言い切れない。
なるべく接触は避ける必要がある。
遠くでドリューの怒号と思われるものが響き渡る。
ドリューは「半分は壊せてる」と言っていた。
嫌な予感がする。早めに奴を倒したい。
だが、焦る気持ちを落ち着かせる。
焦っても逆効果になる可能性が高い。
今はこの情報を玉野さんたちにも伝えよう。
駆ける速度を上げ、予定していた合流地点へと向かった。
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後書き?
松田がワイン片手に鑑賞していた。
重村が戻ってこないのをいいことに優雅に振る舞っている。
重村の口にどこかに彷徨っていたものが戻ってくる。
重村「ハッ! ここは一体?」
……どうやら松田の優雅な一時は終わったらしい。
松田が天音が戦っている姿を指差す。
重村「なぜ天音ちゃんがこんな巨大な怪物と戦っているのじゃ? だが流石じゃのう……こんな巨大な怪物にも冷静に進めておる」
松田「そうですね。ここで引くという判断をできるものがどれだけいるか……」
熱心に二人が話し合っている。
重村「このような怪物が、地球にくる可能性があるのか……これはさらに探索者たちを支援しないといけないのう」
危険性を理解し、重村は即座に決心したみたいだ。
やはり大企業の代表なだけはある。
重村は即断即決ができる人物なのだ。




