間話 「信用できるかは別」 岸誠也視点
俺の人生には、嫌なことがいつも唐突に訪れる。
中学生の頃。
弁護士を騙る人物が家を訪ねてきた。
そして、母親と話す。
『あなたの父親が現在、緊急逮捕されています。
罪状は、殺人の容疑』
母親は焦る。
祖父に電話するも繋がらない。
親身になっているように見えた、弁護士を騙る人物。
母親がその人物を頼るのは、必然だったのかもしれない。
『お父様のことは存じあげておりますが、そのような人物ではないと知っています。
誤認逮捕の可能性がありますね。
私が弁護をするので、この振込先に、1000万の振込をお願いします』
母はその口座に振り込んだ。
その後、祖父に繋がり、母は騙されたことを知る。
青ざめる母親。
それ以来、明るかった母親は塞ぎ込んでしまった。
食卓で笑うことも、テレビを見て声を出すことも、なくなった。
俺は、何もできなかった。
その時、俺は思った。
——少しでも、怪しいと思えば信用しない。
*******
ゲートができた時だった。
最初は、そんなもんもできたのか、くらいの感想だった。
しかし、ゲート崩壊が起きる。
結婚を約束していた恋人が、病院に運ばれた。
駆けつけると、ICUの前で待たされる。
消毒液の臭い。ピーピーと鳴る機械音。
白い壁が、やけに眩しい。
やがて医師が出てきた。
『今後、目を覚まさないかもしれません』
頭が真っ白になった。
「ふざけるな!」
医師の胸ぐらを掴む。
だが、結果は変わらない。
医師は、ゲートで落ちる上級回復薬なら救えるかもしれないと俺に告げる。
似た症例から回復したことがあるらしい。
それを聞き、仕事を投げ捨ててゲートに潜った。
当然、仕事は失う。
一刻も早く、恋人を治すためだ。
それでも構わなかった。
……。
ゲートに潜り始めて、すでに2週間が経過している。
モンスターを倒すと、体に光が灯る。
レベルが上がったのが分かった。
⸻
【ステータス】
名前:岸 誠也 レベル:9
ジョブ:【格闘家】 種族:人間
スキル:【格闘術 Lv.2】 / 【チャージ Lv.2】
経験値:32 / 900(次のレベルまで 868)
⸻
ステータスを見て、ため息が出る。
レベルが上がり、強くなっても意味がない。
落ちるのは、下級回復薬ばかりだ。
そんな絶望の中で、玉野さんに出会った。
『お主、ワシのギルドに入らないかのぉ? 今メンバーが不足していて、人数を集めておる。
お主が強いのは分かる。今なら、幹部待遇だがどうじゃろうか?』
ゲート内でそんな話を持ちかけられた。
まず、話し方からして怪しすぎる。
無視しようとしたが、名刺を渡された。
情報をネットで検索すると、九尾ギルドの代表と分かる。
社会的に信用できそうな人物だった。
とりあえず、話だけは聞く。
恋人を、治すために潜っていること。
上級回復薬が必要で、今はギルドに入れないことを話す。
すると、『ワシのギルドに予備があるのじゃ。用意するのでどうじゃろうか』と言われた。
あまりにも都合のいい話に、疑いを持つ。
「実物を用意できて、実際に恋人が治ったらな」と告げた。
次の日、本当に上級回復薬が用意された。
半信半疑で恋人の口に含ませる。
数秒後——瞼が、ピクリと動いた。
「……誠也?」
聞き慣れた声。
信じられない思いで、恋人を見つめる。
……目が、開いている。
「……っ!」
言葉にならない。
涙を流し、恋人を抱きしめた。
ずっと寝たきりかと思ってた。
もう二度と、この声を聞けないと思ってた。
普段、絶対にそんなことをしない俺に「いつもこうしてくれたら良いのに」と笑っていた。
玉野さんには、いつかこの恩は返そう。
そう決めた。
*******
その後は、玉野さんのギルドに入った。
個人的には、女子供がゲートに入るのは反対だ。
恋人が傷つくのを見て、尚更思う。
——あんな目に遭うくらいなら、最初から家にいればいい。
正直、玉野さんも家などで、のんびりしている方がいいと思っている。
だが、模擬戦をしても、一度も勝てないので何も言えない。
ギルドのメンバーはどいつもコイツも気のいい奴ばかりだ。
あまりにも純粋な奴が多い。
せめて俺だけでも、誰かが騙されないよう警戒しないといけない。
身を引き締める。
そんな時だった。
玉野さんから『危険度の高い工場に乗り込むため、話し合いをする』と全体連絡でくる。
ある人物から情報提供があり、その工場の詳細が分かったらしい。
その人物と一緒に、工場に乗り込むと言われる。
詳しく聞くと、影を纏った人物で、玉野さんも誰か把握していないとのことだ。
……いや、そんな怪しい人物、信用すんなよ。
とりあえず、会議で見極めてみることにする。
次の日。
影を纏った人物が応接ホールに入ってくる。
……見るからに怪しすぎねぇか?
身長は160cmくらい。
男にしては低く、女にしては高い中途半端な身長。
男か女かすら分からない。
何が目的かと、ジッと睨みつける。
会議が始まった。
「初めまして、この姿で失礼します。影とでも呼んでください。
一緒に工場に乗り込むので、よろしくお願いします」
声で女なのは分かった。
だったら尚更、一緒に工場に行くのは反対だ。
とりあえず、玉野さんの言う“影殿”とやらを値踏みするために、問い詰めてみる。
ここで嫌われても知ったことか。
むしろ、メンバーが騙されないように、俺が悪役になる。
「姿見せねぇ奴なんて信用できるか!
しかも、女だ。……ここにいること自体、反対だ」
敢えて嫌われるようなことを言っても、反論して来ない。
周囲が俺を睨みつけてくる。
……居心地がわりぃ。
その後、玉野さんに模擬戦で勝ったと聞いて驚いた。
俺は、このギルドでナンバーツーの実力がある自負がある。
そんな俺でも、一度も勝ててない。
“影殿”の実力は本物なのだろう。
——だが、信用できるかは別だ。
「はぁ? ……まぁ、玉野さんがそう言うなら従うけどよ。
できればコイツとは、別のチームで戦わせてくれ。俺からは以上だ」
結局、そんなことしか言えなかった。
*******
打ち合わせの後、工場に乗り込む。
何度か、魔魂に取り憑かれそうなメンバーがいたので、援護してやる。
メンバーがこちらに頭を下げてきた。
……感謝するのはいいけど前を向け。魔魂がまた来てるぞ。
援護を繰り返していると、工場内部に潜入したはずの男が中から走ってきた。
話を聞く。
工場奥地で巨人が暴れているらしい。
“影殿”が他のメンバーを庇い、一人で応戦しているとのことだ。
怒りで、目の前が真っ赤になる。
「一人でおめおめと逃げてきたのかよ!」
思わず、胸ぐらを掴み、問い詰める。
「あの戦いについていくのは無理です!!」
男の顔が青ざめている。
舌打ちして話を聞く。
「影の人物と巨人、どちらが優勢だった?」
「……俺では分からないです」
それを聞いた瞬間、走り出していた。
「玉野さんにも、その情報を伝えろ!」
それだけは告げておく。
走りながら思う。
他のメンバーを庇う。
そして、一人で戦い続けている人物。
「信用できない」と言ったのは悪かったと認めよう。
走りながら、腕にスキルをチャージしておく。
到着すると、影殿に巨人の拳が迫っているのが見える。
病院で、重傷を負っていた恋人が頭に浮かんだ。
咄嗟に体が動く。
腕のチャージを解放する。
そのまま巨人を殴り飛ばした。
「ドォォォォォンッ!!」
巨人が吹き飛ぶ。
轟音と共に、壁に巨大な穴が開いた。
動きが止まっている影殿に、話しかける。
「……おい、動けるならさっさと動け。怪我はしてねぇだろ」
……言い方、キツくなかっただろうか。
戦っている最中に、巨人が逃げやがった。
追いかける。
だが、距離が全く縮まらない。
むしろ離されていく。
くそ……速すぎんだろ。
それでも全力で駆ける。
追いついたときには、すでに影殿と玉野さんだけで巨人を倒していた。
最後に何もできず、後味がわりぃ。
影殿が横になって倒れている。
一歩も動けなさそうだ。
さっきの必死な姿が頭に浮かぶ。
そんな影殿を見て、怪しむのも馬鹿らしくなった。
だが、素直に認めるのも癪だ。
誰にも聞こえないつもりでボソッと言う。
「あと、信用できないと言ったこと撤回する。……悪かったな」
……玉野さんには聞こえていたらしい。
「ほれ、やっぱりツンデレじゃ!」
うるせぇ。
「……はぁ」
思わずため息が出る。
……まぁ、疑った詫びに背負うくらいはするかねぇ。
*******
数日後。
恋人の家に行く。
「なぁ、最近また変な奴に出会ったよ」
椅子に腰掛けた恋人が、柔らかく笑う。
「誠也が『変な奴』って言う時、大体いい人なんでしょ?」
「……うるせぇ」
恋人は、クスクスと笑った。
「その人、女の子? 嫉妬しちゃうな」
「バカ言うな。お前以外に興味ねぇよ」
素直に言葉が出た。
恋人が、少し驚いたように目を丸くする。
「……珍しいね。誠也がそんなこと言うなんて」
「……たまには、な」
窓の外に、夜の街が見える。
灯りがまだ消えていない。
——全部は信用しねぇ。でも、お前だけは必ず守る。
そう心の中で誓った。




