14-4 オタクの知識もたまには役に立つのねぇ
「ピッ。
回答は30秒以内にバーチャルキーボードで入力してください。
それでは準備、いいですね?」
俺たちは清掃事務所のラウンジでテーブルを囲むように座り、ヴィジェからの出題を待っていた。
たった1枚の地球遊覧船のチケットをかけたテストの第2戦は、清掃員としての知識を問う筆記試験だった。
言うまでもなく、月面基地での経験が浅い俺にとって、もっとも不利な形式だ。
しかし第1戦に続いて最下位になることだけは、絶対に避けなければならない。
テーブルの上に表示されたキーボードの上で構えている手のひらに汗が滲むのを感じながら、俺は押し寄せるプレッシャーと戦っていた。
しかし――俺の緊張感は、一気に解けることになった。
「第1問。
アンテラ人に見せてはいけない地球の食べ物は?」
簡単すぎる。
俺は即座に「バナナ」と書いて、リターンキーを叩いた。
「ミヤヅカさん正解です。
10ポイント差し上げます」
どよめきの声が上がり、3人が信じられないといった表情で俺を見る。
「なんでそんなに驚くんだよ!」
くそ!
俺のことアホだと思ってるだろ、こいつら!
俺は心の中で毒づいたが、まぁ月面基地で勤務するエリート集団の中にあっては、そう思われるのもしかたないところか。
「全員、書き終えたようなので、回答をオープンします」
ヴィジェがそう言うと、ロニャ、アリチェ、ドッツォの頭上に、拡張現実でそれぞれの回答が表示された。
『納豆』
『エビ』
『バナナ』
ドッツォの頭上の文字だけは、青い枠に囲まれて強調表示されていた。
「ドッツォさんも正解ですね。
5ポイント差し上げます」
「ドッツォはともかく、なんであんたが正解してんのよ!」
ロニャは俺が正解したことに納得いかない様子だ。
「うっせーな。
ぽーぽっぽポータリアンを見てりゃ、こんなの常識なんだよ。
な?」
俺が目配せすると、ドッツォも「うん!」と頷いた。
「ぽーぽっぽ?」
ロニャは鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしている。
「ポータリアンをおちょくったギャグアニメだよ。
グレーネ人がアンテラ人の女子に嫌がらせをするとき、決まってバナナを見せるんだ」
俺が説明すると、しばし沈黙したあと、ロニャはプッと噴き出した。
「オタクの知識もたまには役に立つのねぇ」
意地悪な笑みを浮かべている。
うるせぇ!
普段から役に立ってんだよ。
そこでアリチェが「なんでバナナを嫌がるの?」と聞いてきたので、俺は得意げに理由を言いかけた。
が――さすがにデリカシーに欠けるかと思いとどまる。
「そ、そこまでは知らねーし」
俺は慌てて視線をそらしたが、そこから何かを察したアリチェが顔を赤らめ、微妙な雰囲気になってしまった。
とにもかくにも。
第1問を制した俺が、失いかけていた自信を取り戻したのは事実だ。
「ピッ。
それでは第2問……」
勝利の余韻に浸るまもなく、ヴィジェは出題を続けた。
「グレーネ人から『ひとりになれる場所はありませんか?』と聞かれたら、どうするべきか?」
俺は必死で自分の脳内を検索したが、残念ながら『ぽーぽっぽポータリアン』の中で該当するシーンは見当たらない。
いっぽう他の3人は、すでにパチパチとキーボードを叩き始めている。
俺は焦りながら考えを巡らせた。
普通に考えたら静かに瞑想をするような場所へ案内すべきだろうが、グレーネ人はポータリアンの中でもっとも歴史が古く、それゆえプライドが高い。
となると「ひとりになりたい」というのは言葉そのままの意味ではなく、本来の意図を隠すための隠喩なのかもしれない。
「エレントさん、ブルネロさん、ドッツォさん、正解です。
ほぼ同時でしたので、皆さんに10ポイント差し上げます。
残るはミヤヅカさんだけですね。
ミヤヅカさんが記入を終えたら、全員の回答をオープンします」
3人とも正解だと!?
ということは、捻りすぎてもいけないのかもしれない。
そう思った俺は「トイレに案内する」と入力して、リターンキーを叩いた。
日本人が便所のことを「お手洗い」と遠回しに言ったりするのと、同じ感覚だ。
「それではオープン!」
ヴィジェの音声とともに、俺たちの頭上に回答が表示された。
『理由を聞く』
『相談に乗る』
『何かあったのですか?と聞き返す』
表現はバラバラだが、すべて正解を示す青い枠で強調表示されていた。
「あれれ?
こんなに当たり前のこと、アニメには出てこなかったのかな?」
ロニャが笑いながら皮肉を言ってくる。
舌打ちをする俺に、ドッツォが小声で囁いた。
「グレーネ人がひとりになりたいと言ったときはね、死にたいほど悩んでるって意味なんだよ」
くそっ!
そんなの分かるわけねぇっての!
***
「ピッ。
それでは現在までのポイントを発表いたします。
1位、アリチェ・ブルネロさん、60ポイント。
2位、ロニャ・エレントさんとドッツォさん、いずれも50ポイント。
4位、レンマ・ミヤヅカさん、10ポイントです」
筆記試験の全4問の出題が終わり、ヴィジェから途中経過が発表されたとき、他の3人は互いにバチバチと視線で牽制し合っていた。
最下位の俺だけは、完全に蚊帳の外だ。
1問目に正解したときはイケそうな気がしていたのだが、やはり現場経験の浅い俺にとって、筆記試験は不利すぎた。
グレーネ人がゴミ拾いをしていたら見て見ぬ振りをしなければいけない、とか。
ボサッコ人にスイーツを食べさせると興奮状態になる、とか。
平均的日本人の俺にとって、ポータリアンに関する質問はあまりにも難しすぎたのだ。
「以上で2つめのテストは終了です。
それではいよいよ、最後のテストになります。
皆さんに挑戦していただく課題は……」
ヴィジェはそこまで言いかけると、沈黙してしまった。
実際には数秒だろうが、永遠とも感じる時間が流れる。
俺たちをビビらせるために、わざと間を取っているのだろうか?
それにしては長すぎる……。
しびれを切らした俺が「課題は?」と聞き返すと、ようやくヴィジェは話を再開した。
「失礼いたしました。
最後のテストは廃棄物処理場でゴミの分別をやっていただく予定でしたが、状況が変わりましたので、急遽、出題内容を変更させていただきます」
状況が変わったとは、どういうことなのか?
意味がわからず俺たちが顔を見合わせていると、突然、事務所の玄関のドアが開く音がした。
何事かと振り返る。
そこには――疲れ果てた表情のボサッコ人が、立っていた。
=== 用語解説 ===
『ぽーぽっぽポータリアン』
最近流行している「ポータリアン系ギャグアニメ」の代表作。地球人の前では知的に振る舞っているポータリアンが実はアホだった!?




