14-3 好きでやってるだけだから、気にするな
「えーっと、こちらツキハバラ商店街でーす。
落とし物の持ち主を探しています。
マスカットぐらいの赤い球です。
何だか分からないけど、小さな穴が開いてます。
心当たりのあるかたは、お近くのお店までお声がけくださーい。
繰り返しま-す……」
俺がフィギュアショップ「オレンジサブウェイ」の壁面に描かれた落書きと奮闘していると、商店街全域に大音響でアナウンスが流れた。
口調は丁寧だが、ロニャの声だ。
「あんにゃろう!」
俺は毒づいた。
ロニャはこのテストで勝つため、商店街のコンサルタントという地位を利用して放送室をジャックしたのだ。
まだあの赤い球がゲームセンターのジョイスティックだとは気づいていないようだが、この放送をゲデオンが聞いたら名乗りを上げるのは時間の問題だろう。
俺は焦った。
だが、マルビンから消してほしいと頼まれた落書きは、ゴシゴシとこすっても、なかなか落ちてくれない。
赤い文字で「ZS」と読めるが、誰かの名前の頭文字だろうか。
もしくは恋人どうしがデートの記念に互いのイニシャルを描いたのかもしれない。
どちらにしてもいい迷惑だし、どうでもいいことだ。
俺は地道な動作を続けながら、少しでも状況を探るため、ゴーグルの音声通話機能を有効にした。
「みんな、状況はどうなんだ?
持ち主は見つかったか?」
俺の呼びかけに答えたのは、ドッツォだけだった。
「あ、レンマ兄ちゃん!
僕は保安署に来てるよ。
この白い手袋はきっと、お医者さんが使うものだと思うんだ!
お兄ちゃんは順調?」
元気な声が返ってくる。
おぉ、ドッツォ。
残念だが、お前の推理は間違っている。あんな吸水性が高そうな手袋を、医者が使うはずがないんだよ……。
心の中ではそう思ったが、口には出さなかった。
正直なドッツォには申し訳ないとも思ったが、この本気の戦いに情は無用なのだ。
「いや。
オレンジサブウェイの壁に落書きがあったんでな。
今、洗ってるところだ」
「え!?
どうしてそんなことを!
テストに勝てなくてもいいの?」
ドッツォは心から俺のことを心配してくれているようだ。
本当に、いい奴。
それに比べて――俺の心はいつだって汚れている。
おまけに変なプライドもある。
マルビンから情報を聞き出すため、やりたくもない手伝いをさせられているとは、どうしても言えなかった。
「俺は清掃員だ。
目の前に汚れがあったら綺麗にする。
それだけのことさ」
強がりから出たでまかせだったが、ドッツォは少しも疑うことがない。
「さすが、レンマ兄ちゃん!
僕ちょっと感動しちゃった」
声を震わせている。
やめてくれ、罪悪感で胸が痛い。
「好きでやってるだけだから、気にするな。
お前は俺のことなんて気にせずがんばれよ!
じゃぁな!」
俺は会話を続けるのが辛くなって、半ば無理やり通信を終わらせた。
こんな想いはもうたくさんだ。
俺はもう二度と、ドッツォに嘘はつかないと決めた。
ただし、この誓いを実践するのは、このテストが終わった後だ。
***
「ようやく思い出しましたわ。
ルンミちゅうのは本名やあらしまへん。
バン……なんちゅうたかな、グレーネ人の少年でしてな。
美少女フィギュアが出たらまっさきに買うてくれるお得意さんでしてなぁ。
えらい恥ずかしがりやさんで、偽名を使うてはったんですわ」
俺が落書きを消し終わるのとタイミングを合わせるように、マルビンの記憶力は奇跡的な回復を見せた。
まったく、食えない男だ。
だが、俺は奴の話を聞いて、カードの持ち主がドッツォの友人バンシリだと確信した。
なにしろ初めてフィギュアショップで会ったとき、彼は恥ずかしくて逃げ出したのだ。
会員カードに偽名を使っていたとしても、なんら不思議ではない。
しかし――困った。
この推理を確かめようにも、バンシリの居場所がわからない。
年齢的に学生だろうから、日中はポータリアン共有区にいる可能性が高い。
だが、地球人だけではあのドームに入ることはできないのだ。
「詰んだ……」
俺は今日、何度目かの挫折を味わった。
かくなるうえは、ドッツォと協力するしかない。
俺は覚悟を決めると、ゴーグルのフレームをダブルタップしてドッツォを呼び出した。
「ドッツォ。
俺が選んだカードだけどな、落とし主は恐らくお前の友達、バンシリだ」
「持ち主がわかったんだ!
おめでとう、お兄ちゃん!」
「ありがとう。
だけどな、俺は彼の居場所がわからない。
お前ならわかるだろ?
そこで相談なんだが、お前の手袋と俺のカード、交換しないか?」
「え?
いいけど、手袋の持ち主、まだわかってないよ?」
「あぁ、わかってる。
だけど自分なりの仮説はあるんだ。
そっちのほうがまだしも勝機があるからな」
「そうなんだ。
うん!
わかった!
今からそっち行くね!」
ドッツォとの交信が切れると、俺はひとまず安堵のため息をついた。
勝ち目が薄い状況には変わらない。
だが、少しでも高い可能性に賭けた俺の判断は、間違っていないはずだ。
そう自分に言い聞かせたとき――。
「あ!」
目の前で少年の声がした。
刺繍が施された民族衣装に、灰色の肌。
アーモンド型の大きな目が、俺をじっと見つめていた。
間違いない。
イセハナのオンリーイベントでリリアンヌの同人本を売っていた少年――バンシリだ。
「バンシリ!
お前、なんでこんな時間にここにいるんだ?
学校はどうした!?」
俺が思わず叫ぶと、バンシリは怯えたようにあとずさりした。
「開校……記念日で……」
消え入りそうな声で、そう答えた。
「そんな……バカなことが……」
俺は膝から崩れ落ちた。
まさに最悪のタイミング。
こんな不運がありえるのだろうか?
これが現実の出来事だとは信じられなかった。
もちろんここで「このカードはお前のか?」と質問すれば、俺はテストの第1戦で最高得点を得られるだろう。
だが、そんなことをすれば――俺はドッツォからの信頼を、永久に失ってしまう。
さすがにそんなことはできるはずがなかった。
「詰んだ……」
俺はついさっき言ったばかりのセリフを、また繰り返してしまった。
そのとき、ゴーグルから機械音声が流れた。
「ピッ。
ロニャ・エレントさん1位通過おめでとうございます。
30ポイント差し上げます」
「イェーイ!
やったぁ!」
ロニャがゴーグル越しに喜びの奇声を上げた。
「そして僅差でしたが、アリチェ・ブルネロさんも2位通過おめでとうございます。
20ポイント獲得です」
「どうも」
アリチェは小声でつぶやくように礼を言った。
あのボロいタオルの持ち主を特定するなんて、俺には信じられなかった。
「アリチェ、いったいどうやったんだ!?」
「簡単よ。
汚れたタオルにはいろいろなものが付着しているわ。
掃除機のセンサーで細かく分析したら、使われた場所や人物を絞り込むことができたの」
なんと!
掃除機にそんな機能があったのか!
俺は自分の腰についている掃除機に手を当てながら、マニュアルも読もうとしなかった自分の愚かさを嘆いた。
「レンマ・ミヤヅカさんとドッツォさんは、状況、いかがですか?」
ヴィジェからの問いに俺が答えようとしたとき、ドッツォがこっちに向かって走ってくる姿が見えた。
俺の最下位が、確定した瞬間だった。
=== 用語解説 ===
【バンシリ】
14歳。男性。グレーネ人。ドッツォの影響でアニメファンになったが極度の恥ずかしがり屋。
【オレンジサブウェイ】
フィギュアショップ。店長はマルビン・ドラックス。




