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14-1 そんなの聞いてないし!




「ピッ。

 突然ですが、皆さんには本日、テストを受けていただきます」


「「「えーっ!!!」」」


 朝のブリーフィング。

 いつものように清掃業務が始まるものとばかり思っていた俺は、人工人格ヴィジェからの意外な通告に、子供のような悲鳴を上げた。

 「テスト」というキーワードに学生時代のトラウマが呼び起こされ、全身が拒否反応を示したのだ。

 試験勉強なんて試験直前にやればいいやというスタンスで、日頃の勉強をサボっていた俺は、昔から抜き打ちテストにはめっぽう弱く、まったく良い記憶がない。


 そもそもテストなんて久しぶりだ。

 コンビニのバイトは面接だけだったし、俺は誘拐されて例外的に清掃員になった身なので、月面基地でも試験のたぐいは受けていない。


「テストォ!?

 そんなの聞いてないし!」


「私たちの日常業務をずっと監視してるくせに、今さらいったい何をテストするということなのかしら?」


「ら……落第したらどうなるの!?」


 ロニャ、アリチェ、ドッツォの反応は様々だが、テストに不安と不満を感じている点については、全員が共通していた。

 しかし、ヴィジェは抑揚のない機械的な音声で、淡々と説明を続ける。


「先ほど月面基地司令部から、もっとも優秀な清掃員を1人選出せよとの指示がありました。

 私の独断で決めても良かったのですが、公平を期すために改めてテストを行うことにした次第です」


 人員削減が目的ではないようなので、ひとまず安心はした。

 だが、それならそれで司令部の意図がどこにあるのかが気になってくる。


「1人?

 それに選ばれたらどうなるわけ?」


 ロニャは絶対なにか裏があるはずだと疑っているようで、怪訝な表情を隠さない。

 普通に考えると他部署からの引き抜きなのかもしれないが、出世欲が無く現状に満足しているロニャが警戒するのは無理もない。

 しかし、ヴィジェからの返答で状況は一変した。


「選ばれたかたには、地球遊覧船への搭乗許可が与えられます」


「「「地球遊覧船!!!」」」


 俺たち全員が、身を乗り出した。


 地球遊覧船は、ポータリアンにとって唯一の地球観光手段だ。

 ポータリアンがわざわざポータルを使ってはるばる地球圏までやって来るのは、当然ながらツキハバラ商店街で土産物を買うためではなく、遊覧船で地球観光をすることが主目的なのだ。

 地球のロケット技術では月から地球まで2~3日かかってしまうが、地球遊覧船はポータリアン製なので数時間しかかからない。

 気軽に日帰りで、地球の衛星軌道を何周もして帰ってくることができるのだ。


 選抜されれば地球遊覧船に乗れると分かって、ロニャの表情は一変した。


「いいじゃん!

 受けてやろうじゃないの、テストとやらを!」


 両手を握りしめ、野望に目をギラギラさせている。

 楽しいことが大好きなロニャにしてみれば、これほど最高なエンタメはないわけで、当然の反応だろう。


 いつもハイテンションなドッツォも、当然ながら乗り気だ。


「僕、いちどでいいから地球に行ってみたいと思ってたんだ!」


 小躍りしながら浮足立っている。

 わざわざ遠く離れた母星からやって来たというのに、いちども地球を間近で見たことがないとしたら、異星人としては当然の欲求だろう。


 いつも冷静で無表情なアリチェでさえ、今回は様子が違った。


「遊覧船は5つ星ホテル並みのサービスが受けられるそうね。

 久々にやる気が出てきたわ」


 わずかにほくそ笑む。

 ちょっと口角を上げただけなのだが、これほどポジティブなアリチェの表情を見たのは初めてかもしれない。

 まるで遊覧船のサービスに期待しているような口ぶりだが、本心はわかったもんじゃない。

 個人的には、アリチェは月面滞在年数が長いから、地球に対してホームシックに似た郷愁を抱いているんじゃないかと思っている。


 そして、かく言う俺だって、もちろん、こいつらに負けないほど地球には行ってみたい。

 なにしろ俺は冷凍状態で誘拐されたので、宇宙から地球を眺めたことなど一度もないのだ。

 もちろん月面からはいつも地球が見えているが、親指で隠れるぐらいの大きさでしかない。

 海面を覆う巨大な雲のうねりや、夜側で輝く都市の明かりなどを間近で見たら、いったいどんな印象を受けるのだろうか。

 想像するだけでもワクワクが止まらない。


 そして一瞬だが――「ついでに俺を地球に降ろしてくれないだろうか」という期待感も湧いて出た。

 だが、冷静に考えればそれはありえないのだ。

 ポータリアンと国連との間で結ばれた条約によって、月面以外でポータリアンと地球人が接触することは禁じられている。

 もちろん地球としては、喉から手が出るほどポータリアンの技術が欲しくてたまらないわけだが、だからといってそれを解禁してしまったら、地球固有の文化や社会は大きく変容してしまうだろう。

 ひとたび文化汚染が進んでしまったら、ポータリアンにとって地球と貿易するメリットがなくなってしまうのだ。


「で?

 どんなテストなわけ?」


 ロニャの質問が沈黙を破り、俺は我に返った。


 ……そうなのだ。


 この4人がテストで競い合って、俺が勝てる見込みなんてあるのか?

 俺は月に来たばかりで月面基地管理局の組織図さえわかっていないし、清掃課の就業規則も読んだことがない。

 身体能力ではロニャにはかなわないし、技術力ではアリチェがダントツ。

 ポータリアンに関する知識でドッツォに勝てるはずもない。

 ゲームの腕なら負けない自信があるが、業務と無関係なテストが行われるはずもない。

 考えれば考えるほど、楽観できる要素がない。


 俺の中で盛り上がっていた期待のボルテージは急速にしぼんでいった。

 だがそれでも、地球遊覧船の魅力は捨てがたい。

 わずかな可能性に期待して固唾をのみながら、俺はヴィジェからの返答を待った。


「清掃員としての技術、知識、適応力を多面的に判断するため、3つのテストを行います。

 さっそくですが、最初のテストを始めましょう」


 ヴィジェがそう言い終わると同時に――。


 ガチャリ。


 ラウンジの壁に設置されている宅配ボックスのドアが、解錠音とともに自動的に開いた。



=== 用語解説 ===


【ヴィジェ】

 男性。人工人格。総務部のマネージャー。放任主義だがイザというときは頼りになる。


【ポータリアン】

 30年前、「ポータル」と呼ばれるワームホールから地球圏にやってきた異星人の総称。主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族からなる。



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