13-5 ちょっと違うね
結局1時間以上もかかってしまったが、ようやくアンテラ人王子による初のプラモデル製作は終わろうとしていた。
途中でヴォルラックの背中につけるスラスターのパーツがなくなり、その場にいた全員で床にはいつくばって探索したところ、結局、王子の胸のポケットに入っていたというバカバカしいトラブルはあったが、その後は概ね順調に進んだ。
頭、胴体、腕、脚のパーツがそれぞれ完成し、あとは胴体と合体させれば完成だ。
もはやニッパーを使うこともないし、各関節は軟質素材のポリキャップで接合するので、難易度は極めて低い。
すでに終わったも同然だ――。
そんな心の緩みがあったのだろう。
パキン!
プラスチックの折れる乾いた音が、室内に響き渡った。
「あっ!」
ほぼ完成状態のプラモデルを両手で持ったまま、王子は愕然としている。
「どうした?」
「脚の付け根が……折れた!」
俺の問いに答えたのは、ドッツォだった。
王子は口をあんぐりと開けたまま、言葉を発することさえできない様子だ。
プラモデルの熟練者でも、地震だったり袖をひっかけたりでプラモデルを机から落下させ、関節の軸を折ってしまうことはよくある。
だが、ここは月だ。
震度4を超えるような大きな地震は滅多に起きないし、重力は地球のわずか6分の1。
机から落ちたとしても、股関節の軸が折れるなんてことはほとんど考えられない。
「見せてみろ」
王子の震える手からヴォルラックのボディをもぎとってよく見ると、確かに股関節の軸が根本からポッキリと折れていた。
「左右の脚を間違って軸に刺しちゃって、それを直そうとしたとき折っちゃったみたい……」
言葉を失っている王子の代わりに、ドッツォが状況を説明してくれた。
なるほど、そういうことか。
確かに股関節の軸は太くて頑丈だが、脚パーツは長いから大きな応力がかかる。
ポリキャップをはずすとき、根本をぐりぐりと回転させながら垂直に抜けばよいものを、恐らく王子は脚の先端を持って斜めに引いてしまったのだろう。
「あ、あの……」
王子が、俺の顔をじっと見つめながら、何かを言おうとしていた。
「なんだ?」
我ながら意地が悪いなぁと思いつつ、俺は敢えて聞き返した。
もちろん王子は、俺に助けを求めている。
だが、王族として育てられてきた彼はプライドが邪魔して、劣等種族である地球人ごときに頼み事などできないのだろう。
それは彼を育ててきた環境のせいであり、子供である彼に責任はない。
もともと俺は、王子のプラモデルづくりに対してサポートするとは言ったが、直接的な手伝いをする気はまったくなかった。
ひとりの日本人として、日本が長年培ってきたプラモデル文化の素晴らしさを、しっかりと伝えたかったからだ。
だが、もういいだろう。
彼はもう十分に頑張ったし、失敗したとはいえ、自分の力でここまで作り上げた。
完成の喜びを享受する権利は既にあるのだ。
俺が折れた軸を修理してやろうと道具箱に手をのばしたとき――王子がぽつりとつぶやいた。
「直せる?」
「え?」
「直せ……ますか?」
一瞬、聞き間違いかと思ったが、違った。
王子は俺に……一介の地球人である俺に、確かに頼み事をしたのだ。
俺を見つめる彼の目には涙が滲んでいた。
だがその瞳の奥にあるのは屈辱ではなく、ましてや怒りでもない。
きっとなんとかしてくれるだろうという、俺に対する信頼感だった。
「当然だ」
俺はニヤリと笑うと、道具箱から鉄ヤスリを取り出し、折れた軸の切断面を整えた。
続いてピンバイスで軸の中心に直径1ミリほどの穴を開け、瞬間接着剤を流し込んでから、短く切った真鍮線を差し込む。
そして股関節側にも穴を開けて接着剤を流し、真鍮線の反対側を差し込んだ。
その間、わずか1分と少々。
だが、接続は完璧だった。
「直ったぞ」
俺がヴォルラックのボディを手渡すと、王子は股関節の軸に指先でぐいぐいと力を加え、それが確かに接続されていることを確認した。
「す……すごい、つながってる!
すごい!
ありがとう!」
王子の態度は、もはや普通の純粋な子供になっていた。
机の上に置かれていた脚のパーツを持ち上げると、ロボット本体と見比べて向きが間違っていないことを確認する。
そして全神経を集中させて慎重に、脚のパーツのポリキャップを股関節の軸へと差し込んだ。
「完成だ!
完成したよ!」
王子は立ち上がると、ヴォルラックを両手で持って頭上に掲げた。
「おめでと!」
「王子、おめでとうございます!」
ドッツォとケーミンも、パチパチと拍手しながらプラモデルの完成を祝福した。
俺も、満面の笑顔で喜ぶ王子の姿を見て、ようやくこの突然舞い込んだ謎のミッションが完了したことを自覚した。
これでようやく、夕食にありつける!
とまとハンバーグカレーの酸味と辛味による絶妙なハーモニーが、俺を待っているのだ。
今日は奮発して、ライス大盛りを注文してやろう。
俺が舌なめずりをしながらフードコートへ出かけようとしていたとき――。
「ちょっと……違うね」
ドッツォのつぶやきが聞こえた。
見ると、王子が持っているプラモデルと、パッケージのイラストを交互に見比べているようだった。
「ほら、絵のほうにはこんな変な出っぱりはないよね。
逆に、もっと細かい線が入ってる……」
おいおい。
イメージイラストと比べるなよ。
初心者のパチ組にしちゃ、十分によく出来てるだろうが。
「レンマ兄ちゃん、どうして箱の絵と違うの?」
ドッツォはいつものように素朴な疑問を口にした。
腹が減ったし、適当に答えてごまかすこともできただろう。
だが俺は無性に、プラモデルという趣味の奥深さを伝えなければならないという、妙な義務感にとらわれていたらしい。
気がつけば、口が勝手に動き出していた。
「まずはゲート処理だな。
今回はゲートをニッパーで切断しただけだったが、ゲート跡を消したいなら、ヤスリやコンパウンドで磨く必要がある。
そして表面をディテーリングしたいなら、墨入れもお勧めだ。
少し濃いめの塗料を溝に流し込むだけだが、パーツが分割されているように見えて、一気にリアリティが高まるぞ。
そしてゆくゆくは塗装にもチャレンジしてもらいたいところだが、トップコートを吹くだけでも、全体の質感がぐっとアップする。
トップコートには種類があって、つや消しと……」
そこまで息もつかずに話し続けたとき、俺はようやく自分の過ちに気がついた。
じっと俺を見る王子とドッツォの目は、湧き上がるモチベーションを押さえきれないように爛々と輝いていたのだ。
とまとハンバーグカレーのライス大盛りが、また俺から遠ざかっていく……。
くそ!
またオタク特有の悪い癖が出ちまったぜ!
俺は深呼吸をして決意を固めると、道具箱からヤスリセットを取り出した。
--- エピソード13 完 ---




