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13-4 そんなこともできんのか!



「あれ?

 肘が逆に曲がってる!」


 王子が組み上げた右腕の関節を曲げたり伸ばしたりしてチェックしているとき、隣に座っていたドッツォが叫んだ。


「え?」


 そのとき俺は、商店街のフードコートに出展している吉松屋の「とまとハンバーグカレー」のことを考えながら空腹感と戦っていたのだが、緊迫した空気を感じ取って視線を戻すと、王子が持っているヴォルラックの右腕は、確かに肘の関節が逆方向に曲がっていた。


「ちょっと貸してみろ」


 俺は呆然とする王子から右腕を受け取ると、プラモデルの紙箱から組み立て説明書を取り出し、右腕の形状をチェックする。


「やっぱりな。

 このパーツが間違ってる。

 見てみろ、この腕のパーツ、上下が逆だぞ」


「えーっ!」


 王子は俺から右腕と説明書を奪い取り、自分でも確認した。

 改めて自分の失敗を確信すると、なんとか組み直そうと、腕パーツを左右にひっぱりはじめる。


「うぐぐ……」


 顔を真っ赤にして引っ張るが、腕パーツは誤った方向にぴったりとはまってしまっており、びくともしない。

 多くの場合、合わせパーツは逆方向にはハメられないようにできているものだが、不幸な事故と言わざるを得ない。


 やがて王子は諦めると、怒りの表情とともに立ち上がった。


「お前の言うとおりにしてやったのに、失敗したじゃないか!

 この嘘つきめ!」


「はぁ?」


 突然キレ出したのには呆れるしかない。

 プラモデルづくりにおいて、まったくミスをしないことなど、そもそもあり得ないのだ。

 この王子、どういう育ち方をしたのか、失敗することに対して極度のトラウマを抱えているのかもしれない。


 王子はワナワナと震える指先で俺を指すと、背後で控えていた黒服に指示を出した。


「この不届き者を、ひっとらえろ!」


「え……いや、しかし……」


 黒服は王子と俺の顔を交互に見ながら、あたふたと動揺している。


「あいにく、地球人に対して王族侮辱罪は適用されませんので……」


「ぐぐ……。

 だったら、詐欺罪だ!

 人を騙したんだから、こいつは詐欺師だろ!」


「いや……それも、あいにく、難しく……」


「そんなこともできんのか!

 お前はクビだ!

 僕の前から消えろ!」


「ひいっ」


 黒服は小さく悲鳴を上げると、一瞬、懇願するような表情を浮かべた。


 だがやがて諦めると、肩を落としてすごすごと清掃事務所から出て行った。

 王子がいったん言い出したら手に負えなくなることを、よく知っているのだろう。


 ……いやいや、待ってくれ。

 あいつ、何も悪くないだろ……。


「あ、あのぅ……王子……様?」


 青ざめた表情のケーミンが、ガクガクと震えながら、腫れ物でも触るように慎重に王子へと近づく。


「うちは、それ、かっこいいと思うで……」


 王子はケーミンの言っていることが理解できず、さらに困惑した表情を浮かべた。


「ロボットなんだから、肘が逆に曲がってもええやろ。

 むしろそのほうが個性的やし……。

 ほら、敵が後ろから迫ってきてもパシーンッてパンチできるやんか。

 な?

 細かいことは気にしたらあかん。

 このまま作業続けて、そのプラモデル完成させたらええって!

 な?」


 ケーミンとしては何とかして王子の怒りを収めようとしているのだろうが――いかんせん、理屈が滅茶苦茶だ。

 だいたい、何かを気にしている人に対して「気にするな」などと言っても、感情を逆撫でするだけだぞ。


 実際、王子の頭部のアンテナは小刻みに震えており、さらなる感情の爆発が迫っていることは、地球人の俺から見ても明らかだった。

 仕方ない、ここは俺がなんとかするしかなさそうだ。


「ほれ、貸してみろ」


 俺は王子の固く握りしめられた手からヴォルラックの右腕パーツをもぎとると、パーツの境目を確認し、デザインナイフの背を滑り込ませた。


 ぴったりとくっついていた2つのパーツが、わずかに間隔を開ける。


「プラモデルを作ってりゃな、こんなことは日常茶飯事なんだ」


 俺は道具箱から細めのマイナスドライバーを取り出すと、パーツの隙間に差し込み、軽くひねった。


 ここで焦りすぎるとパーツを傷つけてしまったり、最悪、ダボ――パーツどうしを合体させるための内部の突起――を折ってしまうことがある。

 だから慎重に少しずつ、パーツの端から同じ作業を繰り返していった。


「ほら、はずれたぞ」


 俺がバラバラになった腕パーツをポンッと投げて渡すと、王子は魔法でも見たかのように目をまん丸と見開いた。


「す、すごい……」


 分解された右腕をしげしげと観察し、目立った傷がついていないことを確認すると、王子は緊張の糸が切れたかのように椅子へとへたりこんだ。


「さすがはレンマ兄ちゃん!

 天才だ!」


 ドッツォは王子の隣で右腕パーツを覗き込みながら叫んだが、いくらなんでも「天才」は大げさだろう。

 こんなのは基礎の基礎だっつーの。


「失敗したっていいんだ。

 いくらだって解決策がある。

 まぁ、完全には元に戻らないこともあるが、それも含めて楽しめばいいんだ」


 王子がコクリと頷き、再び組み立て作業を再開すると、ケーミンは安堵のため息をついた。


「た……助かった……」


 黒服に続いて、次は自分がクビになる順番だと心配していたのだろう。


 彼女にとってキャビンアテンダントの職がどれだけ大事なのかは分からない。

 だが少なくとも、給料がもらえなくなれば、今までのようにハルトグッズを買うこともできなくなる。

 それはきっと今の彼女にとって、耐えられないほどの苦痛なのだ。


=== 用語解説 ===


【ランナー】

 プラモデルのパーツが付いた格子状のブロック。射出成型時にプラスチックが流れる通り道のこと。


【ゲート】

 「ランナー」と「パーツ」を繋いでいる接合部。ニッパーでカットしてパーツを切り離す部分。


【ダボ】

 左右のパーツを接合する際に位置決めや固定のために使う、突起と穴で勘合する構造のこと。


【白化】

 ゲプラスチックに強い力が加わって内部に微細な亀裂が入り、その部分が白く濁って見える現象。


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