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13-3 それは、刃物ですね



「まずは、中身を確認するんだ」


 王子がプラモデルの紙箱からガサガサといくつかのランナーを取り出すと、ドッツォは好奇心を押さえきれなくなり、半ば強引に、王子の隣に腰掛けた。


「すごい!

 バラバラだけど、これ間違いなくヴォルラックだよ!

 これは肩アーマーだし、ほら、ここに『V』のマークもついてる!」


 興奮気味に話すドッツォを見て、俺は自分が子供だった頃の感覚が蘇ってきたような気がした。

 買ってきたばかりのプラモデルを開封するとき、俺もあんな風にワクワクしていたに違いない。


 いっぽう王子は、じっとランナーを見つめていた。

 おそらく王族として幼少期から立ち居振舞いを訓練されてきたためか、その年齢にそぐわず感情を抑制しているように見える。

 しかし、彼の目の奥底には――確かに、好奇心の火が灯り始めていた。


「この枠は何なのだ?」


 相変わらず言葉遣いは横柄だが、思わず質問したくなるほど興味を持ったのは良い兆候だ。


「それはランナーだ。

 プラモデルはな、熱でドロドロに溶けた樹脂を、金属の金型に流し込んで造られる。

 ランナーは樹脂がパーツまで流れた際、その通り道に作られたものなんだ……」


 ――と、そこまで説明して、俺は自分の失敗に気がついた。


 そもそも自分でものを作ったことがない子供に向かって、いきなり樹脂成形の話をするのは時期尚早だった。

 情報量が多すぎては、かえって理解の妨げになってしまう。


「あ、いや。

 その部分は使わないんだ。

 だから、こいつで切り離す」


 俺は自分の道具箱から取り出したニッパーをチョキチョキとしながら、王子に見せた。


「これがニッパーだ」


「……ニッパー?」


「うむ。

 しかもこれは片刃ニッパーだ。

 通常のニッパーでは切断した際、ゲートを押しつぶすような形になるためゲート跡が白く濁ってしまう。

 だが、このニッパーの場合、刃になっているのは片側だけだから、白化しにくいんだ」


「……」


 王子が眉根を寄せて困惑した表情を浮かべたことで、俺はまたしても余計な情報を与えてしまったことに気づいた。

 空気を読まずに語りたいことを語ってしまうのは、オタクの悪い癖だ。

 わかっちゃいるのに直すことができない。


 だが――ニッパーを見つめる王子の目には、無関心どころか、明らかに好奇心に満ちあふれていた。

 やはり、異星人だろうと、王族だろうと変わらない。

 男の子はこういったツールが大好きなのだ。


 ところが、俺がニッパーを王子に渡そうとすると、黒服の男が険しい表情で割り込んできた。


「それは、刃物ですね。

 そんな危険なものを使って、怪我でもしたらどうするんですか!」


 彼の頭の触角が硬直していることから、強い怒りを感じていることがわかる。

 王族の安全を守ることを職務としている男にとっては、当然の反応だろう。


 だが、王子は意外な行動に出た。


 俺の手から、無理やりニッパーを奪い取ったのだ。


「ニッパー……」


 その名称を唱えると、嬉しそうにチョキチョキという感触を楽しんでいる。


「王子!」


 黒服としては王子から危険物を遠ざけたい。

 だが、かといって嬉しそうな王子からそれを奪うこともはばかられる。

 苦悶の表情が、その悩ましい状況を物語っている。


「ドッツォ。

 お前のゴーグル、その子に貸してあげてくれないか?」


「うん。

 いいけど、どうして?」


 ドッツォは疑問を口にしながらも、ゴーグルを頭からはずし、目の焦点を合わせ直すように瞬きをしてみせた。

 考えてみれば、ゴーグルをはずしたドッツォの顔を見るのはこれが初めてだ。

 素顔の彼は、少し潤んだ目がクリクリとして一段と可愛らしい。


 しかし……俺にとって彼を識別するための記号が失われたのも事実だ。

 もし彼がボサッコ人の集団の中に紛れ込んだら、果たして俺は彼を見つけ出せるだろうか?

 それについては、あまり自信がなかった。


「パーツの破片が飛ぶかもしれないからな。

 念のためだ。

 お前はゴーグル無しでも会話できるんだろ?」


「うん。

 生まれたときから体内チップを埋めてるからね。

 はい、どうぞ」


 王子はドッツォからゴーグルを受け取ると、さっそく頭にかけ、興味深そうに周囲をキョロキョロと見回した。


 おそらく以前から、俺たちがつけているゴーグルに興味があったのだろう。


 地球人は、外国人や異星人と会話するためにゴーグルが必須だ。

 だがポータリアンは体内に謎のチップを埋め込んでいるため、外部装置に頼らなくても異言語コミュニケーションをすることができる。

 ポータリアンであるドッツォがゴーグルを装着しているのは、ヴィジェからの連絡を受けたり、掃除機を操作したりなど、清掃員の業務に必要だからにすぎないのだ。


 そしてゴーグルは、プラモデルづくりにおいても役に立つ。


「それで、ランナーを見てみろ」


「わっ!」


 俺が指示すると、王子が小さな声を上げた。


 ゴーグルに内蔵されたカメラがランナーを認識し、AR(拡張現実)で最初に切り出すべきパーツを強調表示したのだ。


 たいていのプラモデルには、標準でこの機能が対応している。

 昔は組み立て説明書に書かれているパーツを、多数のランナーの中から見つけ出す作業が面倒で、愛好者は多くの時間をとられていた。

 だがこの機能のおかげで、プラモデル作りは圧倒的に楽になり、ユーザー数の拡大にも繋がったのだ。


「ニッパーを使って、その光っているパーツの周囲についているゲートを切るんだ」


「ゲート?」


「ランナーとパーツをつないでいる部分のことだ。

 できるだけパーツに近い部分を切るんだぞ」


 ――とは言ったものの、王子にとってそれは簡単なことではなかった。


 ゲートは様々な方向を向いているが、それをニッパーで切断するには、ランナーを適切な角度で持たなければならない。

 しかし人体の構造上、腕の回転角度には制限があるので、場合によってはランナーを持ち替える必要もあるのだ。


「ぐ……ぐ……」


 なかなかゲートを切ることができない王子の口からは、苦痛の喘ぎが漏れていた。

 無理やり角度を合わせようとした右手首は、変な方向にねじ曲がっている。

 このままではミスどころか、怪我の危険さえあるだろう。

 俺は見ていられなくなった。


「あ、いや、悪ぃ。

 前言撤回だ。

 やっぱり二度切りにしよう。

 まずはゲートの真ん中あたりを適当に切ればいい。

 いったんパーツを切り離してから、ゲート処理をすることにしよう」


 俺の優柔不断な態度に王子は一瞬、困惑の表情を浮かべた。


 だがすぐに成果は出た。

 ヴォルラックの頭部パーツ「A①」を固定していた2本のゲートを、手際よく切り離すことに成功したのだ。


「やったーっ!」


 王子は思わず「A①」パーツを両手で高々と持ち上げると、満面の笑顔で叫んだ。

 初めて見る、子供らしい表情だ。


「おーっ!」


「すごい!」


「王子様、お見事です!」


 ドッツォ、ケーミン、黒服が歓声を上げ、拍手した。

 褒められて、王子も「えっへん!」とご満悦だ。

 俺も一瞬、「峠は越えた!」と喜んだ。


 だが、冷静に考えるとこれだけ時間をかけて切り出せたパーツは、まだ1個。

 このプラモデルは初心者向けとはいえランナーは4枚、パーツ数は100以上ある。

 峠どころか、まだスタートを切ったばかりなのだ。


 はたして夕食にありつけるのは、いったい何時になるのだろうか……。


 俺はこのトラブルを持ち込んだケーミンに、恨みの視線を送った。

 だが、ふんぞり返る王子に惜しみない賞賛を送っている彼女に、俺の訴えはまったく伝わらなかった。



=== 用語解説 ===


【ボサッコ人】

 身長は低く、全身が毛に覆われている。ぬいぐるみのように愛らしい。感情変化が激しく、集団で感情を共有する。熱いバトルアニメが好き。


【ゴーグル】

 メガネ型のスマートデバイス。現代のスマホと同じぐらい普及している。これが同時通訳機能を内蔵しているため、外国人や異星人とも会話できる。



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