13-2 これは事故なんです
アンテラ人の王子は、怒りに身を震わせていた。
地球人ごときが自分に従わないことなど、想像もしていなかったという感じだ。
すかさずサングラスをかけた黒服の男が俺に詰め寄ってくる。
「謝礼はお支払いします。
どうか王子のために、そのプラモデルとやらを作っていただけないですか?」
言葉遣いは丁寧だが、その態度と声色は明らかに威圧的だった。
ケーミンは動揺し、両手で口を覆いながらキョロキョロと目を泳がせ、成り行きを見守っている。
王子の感情が爆発することを恐れているのだろう。
しかし俺はラウンジの椅子に寝そべるように浅く腰掛け、ジャンプスーツのポケットに両手を突っ込んだまま、天井を睨んでいた。
「いくら金を積まれたってダメなものはダメだ。
プラモデルってのは、作る過程を楽しむものなんだ。
自分で作らなきゃ意味がない」
王子にも聞こえる声で、はっきりと言い返した。
だが黒服は譲らない。
「しかし……王子は意図してプラモデルを選んだわけではありません。
完成品だと思って買ったら、そうではなかったわけで……これは事故なんです」
声に凄みを増しながら、殴りかからんとばかりに距離を詰めてきた。
「だったら返品してくりゃいいだろ」
俺が王子へ視線を送ると、王子はプルプルと首を振る。
その様子を見て、俺は改めて自分の想いを強くした。
この子は絶対、プラモデル作りが好きになる。
生涯の趣味に出会えるかもしれない貴重な機会を逃してまで、安易に完成品を渡してしまうべきではないのだ。
「パッケージを見て、これが欲しいって思ったんだろ?
このかっこいいロボットを手にとって、ブンドドして遊びたいって思ったんだろ?
だったら作ればいい。
それはもう目の前にあるんだから。
このプラモデルは子供にだって作れるように設計されている。
説明書も丁寧だし、初めてだとしても30分もあれば完成できる」
俺は語気を強めて自分のスタンスを貫いたが、黒服は動じる様子も見せなかった。
「それは……失礼ですが文化レベルが初期段階の場合ですよね?
我々アンテラ人は、遥か昔に、物を作ることをやめました。
必要なものは買えばいいし、売っていないものなら、プリンターにそう指示すればいいのですから、自分で作る必要性はないのです。
いまさら昔のやりかたでやれと言われても、現代のアンテラ人にとっては、簡単にできるものではありません」
俺は呆れてため息をついた。
なるほど、こいつらの主張はそういうことか。
自分たちは文化的に高度な種族だから、原始人のマネごとみたいなことはしないと。
「その認識が違ってんだよ。
プラモデルは何も、組み立てを消費者にやらせる手抜き商品ってわけじゃない。
組み立てる過程を楽しめるように意図的に設計された商品なんだ」
俺としては自分なりに語彙力を駆使して論理的に説明したつもりだったが、なんとも歯がゆい。
黒服も王子もケーミンも、ポカンとした顔で沈黙するだけで、期待していたような反応は得られなかった。
プラモデル作りの楽しさなど、日本人にしてみれば自明の理なのだが、ものづくりを遥か昔に捨ててしまったアンテラ人に対し、その楽しさを言葉だけで説明するのは、思った以上に難しいようだ。
俺は作戦を変えることにした。
「なぁ。ケーミン」
「え?」
「お前の痛バッグ、大量の缶バッジが貼り付けてあったけど、あれ、最初からあの状態で売ってたものなのか?」
「そんなん商品、あるんか?
あれは1個1個、ハルトへの想いを込めて、自分で貼り付けたんや!」
「だよな?
その作業、結構時間もかかったろうし難しかったと思うけど、無駄だったと思うか?」
俺の問いかけに、ケーミンは驚いたような表情で首を振る。
「無駄なんかやない。
忘れられない大切な時間や。
1つ1つの缶バッジに込めたうちの想いが、今でもあのバッグに宿ってる。
だからあれは、世界にたった1つの大切なバッグなんや……」
そこまで言ってから、ケーミンははっとした表情をした。
なぜ俺が自分にそんな質問をしたのか、ようやく気づいたのだ。
察しがいいのは助かる。
ケーミンは改めて王子に向き直った。
「王子……。
そのロボットのこと……好きなんか?」
「き、嫌いなわけ、ないじゃないか。
かっこいいと思ったから買ったんだ」
王子はそう答えると、ヴォルラックがポーズを決めているパッケージのイラストを、憧れるようにじっと見つめた。
「それやったら……苦労する価値……あるかもしれへんで」
「お、お前までそんなことを言うのか!」
黒服が怒りを露わにする。
同じアンテラ人であるケーミンは味方だと思っていたのだろう。
しかしケーミンは怯まなかった。
「いやな、最近、うち、会社からもろてる給料のほとんどを、ハルト様グッズを買うために使うとる。
正直、経済的には苦しいんや。
ところがちっとも不幸やない。
むしろ働くのが楽しゅうなってきたんや。
つまり何が言いたいのかというと……好きなことのためにする苦労は、苦しゅうない。
むしろ嬉しいんや。
そのプラモデルとはちょっと違うかもしれんけど……」
その言葉を聞いた瞬間、王子の頑なな表情が微妙に緩んだような気がした。
ケーミン、ナイスアシスト!
あとひと押しだ。
「プラモデル作りが楽しいことは保証する。
実際、俺の出身地の日本ではな、ほとんどの男の子はプラモデル作りが大好きだ。
とくにそのヴォルラックは人気が高い。
新製品が発売された直後は模型屋に行列ができるし、生産が追いつかなくて、欲しくても買えないことさえあるんだ」
ただし、50年前のことだけどな……。
俺は心の中でつぶやいた。
ヴォルラックは古い作品なので、今の子供にとって知名度は低い。
ヴォルラックのプラモデルは今でも発売されているが、50歳以上の大きなお友達が買い支えているという状況だ。
だが、そもそもアニメを知らなかったポータリアンにとっては関係ない。
ヴォルラックは彼らにとって最新のトレンドなのだ。
パッケージを両手にかかえ、じっと見つめる王子に向かって、俺は語りかけた。
「俺はお前がこれを作れると信じている。
大丈夫、必ずできるさ。
直接的には手伝わないが、全力でサポートしてやるしな」
そのとき――。
「僕が作るよ!」
元気よく返事したのは、横から飛び出してきたドッツォだった。
「このヴォルラックは、誰かが作ってくれることを待ってるんだ。
このままにはしておけないよ!
誰もやらないなら僕がやる!
だからお願い、僕に作らせて!」
ドッツォは目を爛々と光らせて訴えたが、王子は小刻みに首を振った。
その表情には、もう怒りはない。
「さて……どうする?」
俺の問いに、王子は返事をしなかった。
しかし、椅子にきっちりと座り直すと、決意のまなざしでプラモデルの上箱を持ち上げた。
=== 用語解説 ===
【森下 春斗】
異世界花嫁無双の主人公。20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。異星人から見ると、レンマに似ているらしい。




