11-8 どこで手に入れたんだ!?
「僕はあなたとは戦いたくなかった……兄さん」
ひとりで名シーンの再現を続けているドッツォだったが、ネーロンがそっと彼の手を握ると、そのままくたっと椅子に座り込んでしまった。
ネーロンが何らかの仕掛けで、ドッツォに安定剤を投与したのだ。
「ご協力に感謝します。
キャラ同化症の発症条件を、かなり高い精度で特定できたと思われます」
ネーロンは満足そうに目を細めた。
「それでわざと驚かせていたのか?」
「はい。
イベント会場で発症したボサッコ人がいましたよね?
彼女は転んだ瞬間に発症したという目撃情報があったので、もしやと思ったのです」
「つまり……アニメのキャラクターに惚れ込んでいるポータリアンが、びっくりすると発症するってことか?」
俺の問いに、ネーロンは静かにうなずいた。
「おそらく脳による一種の防衛本能なのでしょう。
なぜアニメの場合だけ発症するのかについては、まだわかっていませんが」
「なるほどね。
……で、彼は元に戻るのか?」
俺は横でぐったりとなっている同僚に視線を送った。
「ええ。
時間が経てば回復しますよ。
彼のことは私がサポートしますから、ご安心ください」
ネーロンの言葉に、俺は少しだけ胸をなで下ろした。
確かにケーミンも、今では完全に回復して元気にしている。
キャラ同化症は、後遺症が残るようなものではなさそうだ。
「じゃあな、ドッツォ。
またあとでな」
同僚にしばしの別れを告げて、俺は部屋を出た。
***
保安署を出て歩きながら、飯でも食おうかと考えていたときだった。
俺のゴーグルに画像が添付された通知が届いた。
『この画像、見て!』
発信者は、意外にも貸衣装屋を経営しているドリーンだった。
添付画像を開いた瞬間、ゴーグルの視界いっぱいに表示されたのは漫画!
しかも、よく見ればそれは『イセハナ』こと『異世界花嫁無双』の原作漫画……炎上中の最新話だったのだ。
月に輸入されるはずのない最新エピソードが、なぜ?
俺はすぐにドリーンとのチャットを開いた。
「これをいったいどこで手に入れたんだ!?
このエピソードは今、地球で大炎上してるんだぞ!
もしポータリアンに見られたら、大変なことになる!」
ドリーンの返信は早かった。
「やっぱりいわくつきだったんだね。
どうも変だと思ったんだよ。
日本から靴を仕入れたんだけど、開封してみたらクッション材の代わりに漫画のページが詰められててさ」
「靴の中に?」
「ああ。
輸送するとき靴に紙を詰めることはよくあるけど、漫画が詰められてるなんて初めてだったから驚いたわ」
ドリーンの説明を聞いたとき、俺の脳裏に「密輸」の二文字が浮かんだ。
月に書籍を輸入するには検閲を通過させる必要があるが、靴のクッション材であれば、いちいち税関でチェックされることもない。
輸入手続きの隙をついた巧妙な手口だ。
しかしいったい誰が、なんのために企てたのか?
「まさかドリーンが?」とも思ったが、彼女がこの犯罪に関わっているのだとしたら、わざわざ俺に報告してくることもないだろう。
ならば、なぜドリーンを宛先にしたのか?
「とにかく、今からそっちへ行くよ!
その漫画、絶対にポータリアンには見せないようにしてくれ!」
俺は通信を切ると、足早にドリーンの貸衣装屋へと向かった。
***
「何があった!?」
貸衣装屋に着くと、そこには地面にぺたりと座り込んだドリーンがいた。
ロニャとアリチェが、彼女を介抱している。
ドリーンはショックを受けた様子で、半ば呆然としながら俺を見上げた。
「ごめん。
漫画、奪われちゃった……」
「なんだってーっ!」
驚くと同時に、激しい悔恨の念に襲われた。
ドリーンが漫画の密輸に関わっていないのだとしたら、犯人が現物を奪いにくることくらい予想すべきだったのだ。
「鍋ぐらいの大きさの浮遊ボットだった。
店の隅に隠れてて、突然現れたかと思ったら、漫画のページを奪って行っちゃったの」
ドリーンが苦い記憶を絞り出すように語ると、アリチェが掃除機をロニャに手渡した。
「センサーの調整ができたわ。
これで後を追えるはず」
「え?」
俺が聞き返すと、アリチェは淡々と付け加えた。
「ポータリアンの浮遊ボットは、スラスター方式。
つまり燃料を噴射しながら飛行するから、大気中に痕跡が残るの。
掃除機を使えば、追跡できるわ」
さすがアリチェだ。
判断が的確で仕事も速い。
「な、なるほど。
だけど、今から追って間に合うか?」
俺が不安を吐露すると、ドリーンは親指を立てて笑ってみせた。
「ホウキで叩いて、片側のスラスターを壊してやったの。
だから、あまりスピードは出せないはずよ」
ドリーンの言葉が終わるのも待たずに、ロニャは掃除機を構えると行動を開始した。
「よっしゃ!
ガチで追っかけるし!
レンマも秒でついて来て!」
***
「えーっと……こっちだ!」
ロニャは掃除機からゴーグルに送られてくるセンサーの数値を見ながら、ツキハバラの街を疾走する。
俺も低重力下での移動に慣れてきてはいたが、宙を舞うように走る彼女の全速力にはとうていかなわない。
あっという間に姿を見失ってしまったので、後はロニャから送られてくる音声をもとに追いかけるしかなかった。
「見っけ!
フラフラ蛇行して、ヤバすぎでしょ!
今、アクセ屋の角を曲がったし!」
通信からロニャの緊迫した声が流れてくる。
息を切らして後を追いながら、俺の不安は高まるばかりだった。
もしあの漫画が、イセハナの熱狂的なファンたちに読まれてしまったら……。
ネットで炎上するだけならまだしも、この小さな月面基地の中で、異星人同士が直接的に衝突する事態にもなりかねない。
ポータリアンは遥か昔に戦争を克服し、長い平和を保ってきたというが、もしかしたら今、最大の危機に直面しているのかもしれなかった。




