11-9 あかんわ~、どないしょ!
「最悪!
カレー屋とバーガー屋の隙間から逃げられたし!
敵の目的地、たぶん中央ドームかも!」
ロニャからの通信を受けて、俺は進路を変え、商業区の出口を目指した。
月面基地は商業区や居住区など4つの大型ドームから構成されているが、『中央ドーム』というのはそれらの中心に位置し、各ドームを結ぶハブの役割を担っている。
つまり、浮遊ボットが中央ドームに逃げ込んでしまったら、その後はどのドームにも行けるということだ。
そうなれば、捕獲はより困難になってしまうだろう。
やがて俺は、ツキハバラ商店街のある商業区を出て、中央ドームへと到着した。
そこには、ゴーグルを使って誰かと通信しているロニャの姿があった。
「ドリーン襲った犯人だけど、ポータリアン居住区に逃げ込んだっぽい。
地球人だけじゃ入れないから、お願い、秒で来て!」
会話内容から、俺は即座に状況を悟った。
浮遊ボットは、ポータリアン居住区のあるドームに逃げ込んでしまったのだ。
そうなると、中に入るにはポータリアンの同伴者を調達する必要がある。
ロニャが俺の到着に気づき、こちらを向いた。
「今、ケーミンを呼んだよ。
てか、ドッちょに連絡つかなかったんだけど、なんかあった?」
「あいつは入院中だ。
アニメ症候群を発症してな」
「あちゃ~、マジでタイミング最悪じゃん」
ロニャが心底残念そうに肩を落とした。
実際はアクシデントではなく意図的に発症させてしまったわけだが、ややこしい話なので今は黙っておくことにする。
そのとき――。
アリチェから俺とロニャに通信が入った。
『手遅れだったみたい。
例の漫画、ポータリアンの匿名SNSに流出してしまったわ』
「なにぃ~っ!」
驚愕する俺のゴーグルに、SNSのスクリーンショットが送られてくる。
確かに『イセハナ』原作漫画の1ページがアップロードされており、すでに多くの「いいね!」やリポストがされている。
しかも、よりによってそれは、暗殺者ミレナの上着が戦闘中に破け、首筋のアザが露出するシーンだった。
蝶のような独特の形をしたそのアザは、回想シーンで描かれていた幼馴染の少女『玲奈』のアザと同じであり、ミレナがハルトの幼馴染だということを示す決定的な証拠だった。
「噴水広場へ行くぞ!」
「りょ!」
もはや手遅れなのかもしれないが、俺は何かせずにはいられなかった。
***
「イセハナ・オンリーイベント」の会場に着いたとき、俺は早くもわずかな違和感に気がついた。
会場の入口には、ハルトと5人の花嫁候補それぞれの等身大パネルが立っていたはずだ。
なのに、暗殺者ミレナのパネルだけが無くなっている。
ミレナを花嫁として認めたくない者の犯行だろうか。
そして会場に足を踏み入れると、その雰囲気は異様だった。
アンテラ人男性のブースでは、出展者と来場者が笑ったり小躍りしたり、祭のような盛り上がりを見せている。
一方で、そのほかのブースは誰もが押し黙り、まるで葬式のようなムードになっていたのだ。
俺の耳には、アンテラ人男性たちの勝ち誇った声ばかりが聞こえてくる。
<アンテラ人・男> 花嫁はミレナで確定ってことでいいよな!?
<アンテラ人・男> 幼馴染に勝てる者など、この銀河には存在しない!!
<アンテラ人・男> おめでとう、俺達のミレナ!
<アンテラ人・男> ミレナを応援してきてよかったぁ~!
「あかん、あかんわ~、どないしょ!」
俺たちの来訪に気づいたケーミンが、半泣き状態で駆け寄ってきた。
「このままやと、アイザラのファンが暴走しそうや~」
悲痛な叫びを上げるケーミンの視線を追うと、会場の一角に、アンテラ人の女性たちが集結しつつあった。
魔法使いのアイザラは、才能のなさをカバーするために、血の滲むような努力を重ねてきた。
その健気な姿は、多くのファンの心をつかんできたのだ。
特にシャルロットなどアンテラ人女性には熱烈なアイザラファンが多く、もし彼女が花嫁候補から脱落するようなことがあれば、心穏やかではいられないはずだ。
実際、勝ち誇って祝うミレナファンたちを睨みつけるアイザラファンたちの目は、今にも襲いかかりそうな殺気を帯びていた。
そしてさらに、会場内に流れるBGMにも異変が起きていた。
会場内のBGMは、今まで各キャラクターのキャラクターソングが順番にかけられていたのだが、さっきからアイザラの曲ばかりが繰り返し流されているのだ。
しかもボリュームが次第に上がっている。
会場の音響担当者もアイザラのファンで、気持ちを押さえきれなくなっているのかもしれない。
もはや猶予などはなく、アイザラファンの暴走は時間の問題に思えた。
「レンマ、お願いや。
なんとかしてくれへんか~」
ケーミンは泣きながら俺の手を握り、ブンブンと上下に振って懇願する。
だが、俺だってどうすればいいのかわからない。
「そんなこと言われてもなぁ……」
俺は頭を抱えた。
原作漫画で描かれているのは、あくまで暗殺者ミレナがハルトの幼馴染だったということだけで、なにも花嫁が決まったわけではない。
だから冷静になって次のエピソードを楽しみに待てばいいじゃないかと思うのだが、だからといってヒートアップしている連中に「冷静になれ」と言ったところで無駄だろう。
「あのぅ~、すみません」
俺が考えあぐねていると、背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、噴水広場の管理人、ウーゴだった。
そしてその背後から現れたのは、保安部のアレシオと、見慣れない中年男性。
……誰だろう。
身長は高く、がっしりとした体型。
髪は短く整えられており、銀色の制服を着て堂々と立つ姿には威厳がある。
ウーゴが申し訳なさそうに、男を紹介した。
「クベロス司令官がイベントの視察にいらっしゃいました」
司令官だと!?
つまりファナの父親!!
不意に現れた月面基地の最高権力者は、見るからに不機嫌そうな表情で立っていた。
=== 登場人物 ===
【ファナ・クベロス】
19歳。女性。月で生まれて月で育った(スペイン系)。保安部救急課所属。
義務感が強く仕事熱心。誰にでも優しいが、どこか寂しそう。
【アレシオ・ロンバルド】
21歳。男性。アメリカ人。保安部警備課所属。司令官を目指す野心家。日本人もアニメも見下している。
【ケーミン】
17歳。女性。アンテラ人。地球遊覧船のキャビンアテンダントなので月面基地を不在にしていることが多い。ロニャの悪友でよくいっしょに遊んでいるらしい。
【シャルロット】
本名は不明。シャルロットは源氏名。女性。アンテラ人。メイドカフェ「ホームメイドカフェ」で勤務しているメイド。内向的で気が弱いにも関わらず、好きなアニメに対しては過度の積極性を見せる。
【ドリーン・メルツェル】
25歳。女性。ドイツ人。貸衣装屋の店員。毎日違う服を着る美しき広告塔。基本的に肌の露出が多い。
【ウーゴ・ディアロ】
58歳。男性。フランス系アメリカ人。総務部施設管理課。ツキハバラ商店街の管理人であり、店長達の取りまとめ役。
【ゴルカ・クベロス】
男性。スペイン人。月面基地管理局司令官。ファナの父親。有能だが厳格で職員から恐れられている。しかも日本人が嫌い。
=== 異世界花嫁無双・主な登場人物 ===
【森下 春斗】
20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。魔王を倒す力を得るためには、5人の花嫁候補から運命の相手を選ばなければならない。
【ミレナ・クラウディア】
19歳。女性。沈着冷静な暗殺者。仮面で顔を隠しており正体不明。ハルトには冷たい態度をとっている。
【アイザラ】
17歳。女性。魔法使い。低レベルの魔法しか使えないが、それでも頑張る努力家。




