11-5 お前と同じモフモフ系だしな!
「あ! これ知ってる! オニギリだ!」
広場の一角で、ポータリアン観光客の弾んだ声が聞こえた。
(食い物も出展されているのか?)とブースを覗いてみると、売られていたのはオニギリではなく、オニギリの『イラスト』だった。
「そうなんです!
イセハナの第5話で、ハルトが心を込めて握ったオニギリです!」
「うわー、綺麗な絵ですねぇ~!」
「ありがとうございますぅ。
描くのすっごく苦労したんですよ~。
1枚1セルですが、いかがですか?」
「買う、買います!」
出展者と客のやりとりに聞き耳を立てていた俺は、思わず「買うんかーい!」とツッコミを入れそうになった。
確かにオニギリは、イセハナの有名なシーンに登場する重要なアイテムであることは間違いない。
だが、なぜそのイラストを売ろうと思ったのか?
そしてなぜ、それを嬉々として買うのか?
俺にはまったく理解できなかった。
日本人にとっては、どこにでもあるありふれたファストフードだが、異星人の目には、伝説の魔法アイテムであるかのように映っているのだろうか……。
さらに出展者はファストフード店のように営業をたたみかける。
「ごいっしょにこちらもいかがですかぁ?」
そう言って見せたシートには、歯ブラシ、割り箸、洗濯バサミ……といった、生活感丸出しのイラストが並んでいた。
「ぜ、全部ください!」
客の恍惚とした表情を見て、俺はさらにカルチャーショックを受けた。
もしかしたら……自分でもポータリアンの母星へ行けばイラストレーターとして食っていけるんじゃないか? などと途方もない期待を膨らませてしまうほど、その光景は意外だったのだ。
そんなこんなで俺とドッツォは「イセハナ・オンリーイベント」の会場を回っていた。
金も無いし、素人の手作りグッズを買う気などなかったが、出展しているいろいろなポータリアンから話を聞けるという点では貴重な機会だった。
「なぁ、ドッツォ。
こうしてみると、ポータリアンの種族ごとに、推しの傾向があるように感じるんだが、どう思う?」
「傾向って、例えばどんな?」
「たとえばボサッコ人。
お前と同じく、セリスが好きって声が多いよな」
「うん。それは本当。
だってセリスは元気だし、明るいし、楽しいもん!」
ドッツォが力強くうなずく。
セリスはイセハナに登場する獣人の娘で、猫耳と八重歯がチャームポイントだ。
最年少の花嫁候補であり、パーティーのムードメーカーでもある。
(……お前と同じモフモフ系だしな!)
喉まで出かかった言葉だったが、気を悪くするかもしれないのでぐっとこらえて話題を進める。
「いっぽうグレーネ人だが……。
明らかに魔族の娘フィオリナを推してる奴が多い気がする」
「それも同感!
でも理由がよくわからないんだよね。
闇の属性と光の属性がどうとか言ってたけど、正直、何を言ってるのかさっぱりで……」
「あぁ。その件か。
要するに、フィオリナと結ばれたときこそ、ハルトの魔力が最大化するはず……って理論らしいんだが……。
もっともらしい理屈をこねてはいるけど、本当の理由は別にあるんじゃないかと思うんだ」
「え?
どういうこと?」
「つまり……」
俺は少し言葉に詰まった。
要するにフィオリナは、いわゆるボンキュッボンのモデル体型だ。
踊り子なのでコスチュームの露出度も高い。
グレーネ人の目当ては、実際には設定上の理屈ではなく、そっちの魅力なんだろうと思っている。
だが、それをストレートにドッツォに伝えるのは少々はばかられた。
「つまり……見た目が好みなんじゃないかってこと」
「あ、そういうことか。
それならわかるよ。
僕もセリスのこと可愛いって思うし!」
ドッツォは無邪気に白い歯を見せて笑った。
彼にとってセリスは、恐らく性的な対象ではなく、友達のような感覚なのだろう。
同じ『好き』でも、俺やグレーネ人とは違う、もっと純粋な感情なのだ。
「……そしてアンテラ人だが。
そもそもイセハナのファンが多いから、推しも分散してはいるんだが……」
俺が言いかけたので、ドッツォは首をかしげて次の言葉を待った。
「魔法使いのアイザラを推しているファンがかなり……何というか……熱狂的だよな」
言葉を選びながら、俺はこのイベントを起案したシャルロットのことを思い浮かべていた。
「うん。
アイザラは頑張りやさんだからね。
最近、どんどん人気が高まってるんだ。
思わず応援したくなっちゃうんだよね!」
ドッツォはあくまでポジティブなスタンスだった。
しかし、俺は内心で、拭い切れない不安を抱えていた。
アイザラを推すアンテラ人たちの愛は、あまりに深い。
もし物語の結末でアイザラが花嫁に選ばれなかったとしたら、その反動で強い心理的ショックを受けてしまうのではないかと心配なのだ。
そのとき――
俺の視野の右下で、赤い感嘆符が点滅した。
ゴーグルが緊急性の高いメッセージを受信したのだ。
<ファナ> トラブル発生! お願い! 至急、『ツ-13』ブースに来て!
なんと、発信者は保安部救急課のファナだった!
「何があった?」
<ファナ> アニメ症候群よ!
それだけ言うと、ファナからの通信は切れた。
(アニメ症候群!)
その言葉を聞いて、俺は自分の考えの至らなさを悔やんだ。
これだけアニメ好きのポータリアンが大量に集まったのだ。
その中で、アニメのキャラになりきってしまう精神疾患――『キャラ同化症』を発症する者が現れても、なんら不思議ではない。
もしそれが、ダークシュレーディンガーのような迷惑キャラだったら、会場はパニックに陥ってしまうだろう。
「ドッツォ!
緊急事態だ!
『ツ-13』ブースへ行くぞ!」
「え、どうしたの!?」
「アニメ症候群が発症したらしい!」
詳しい事情は分からないが、とにかく現場に行くしかない。
俺はドッツォとともに、人混みをかきわけて急いだ。
ブース番号が 『ツ-13』なので、まずは『ツ』列に入り、展示テーブルの列を中程までに進む必要がある。
だがこんなとき、異種族が入り混じっている場所というのは実に不便だ。
アンテラ人の身長は地球人とほぼ同じなので問題ないが、ボサッコ人は大人の腰の高さぐらいしかない。
しかも、あちこちをちょこまかと動き回るので、ぶつからないようにするだけでも大変だ。
俺は何度も元気なボサッコ人の頭突きを腹に喰らいながら、ブースの間を進んでいくしかなかった。
這々の体で目的地にたどり着くと、すでにそこには人だかりができており、その中心にはオレンジ色のユニフォームを着たファナ・クベロスの姿があった。
彼女と再会できたことは嬉しかったが、今は悠長に挨拶を交わすような状況ではない。
ファナは鋭い目つきで身構え、テーブルの上に座り込んでいる一人のボサッコ人と対峙している。
すると、そのボサッコ人は、警戒した目でファナを睨みつけ――。
「にゃぁっ」
と、短く鳴いたのだった。
=== 異世界花嫁無双・主な登場人物 ===
【森下 春斗】
20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。魔王を倒す力を得るためには、5人の花嫁候補から運命の相手を選ばなければならない。
【リリアンヌ・フォン・アルステッド】
18歳。女性。アルステッド王国第1王女。ドレスアーマーを身にまとったタンク役。典型的な王道ヒロイン。
【ミレナ・クラウディア】
19歳。女性。沈着冷静な暗殺者。仮面で顔を隠しており正体不明。ハルトには冷たい態度をとっている。
【セリス】
16歳。女性。獣人族。猫耳と八重歯がチャームポイント。いつも元気なムードメーカー。
【アイザラ】
17歳。女性。魔法使い。低レベルの魔法しか使えないが、それでも頑張る努力家。
【フィオリナ】
18歳。女性。癒やしの歌声をもつ旅芸人。実は魔族の血をひいている。




