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11-4 邪魔者もいなくなったことだし






 「こんなにいっぱいお客さんが来たの、見たことないよ!」


 ドッツォが全身の毛を逆立てて興奮するのも無理はなかった。

 普段は広々としている噴水広場は、今やポータリアンの観光客で埋め尽くされている。

 しかも、戦利品を持ち帰るためだろうか、それぞれが大きなスーツケースをゴロゴロと転がしているため、混雑に拍車をかけているのだ。


 俺のゴーグルには、周囲の喧騒がログとなって次々と表示されていく。


<アンテラ人・男> ハルトのポスター、残りわずかだよー!

<ボサッコ人・女> リリアンヌ様のアクスタ、一個ください!

<グレーネ人・男> フィオリナの『缶バ』、フルコンプしたぜ!

<アンテラ人・女> このイラスト集、まだ在庫ありますか!?

<ボサッコ人・女> セリスのアクキー、マジで可愛いんだけど!

<アンテラ人・男> 見て! このミレナのラバスト、解像度高すぎ!

<ボサッコ人・男> 最後尾の看板は、こっちで~す!


 ログを見るまでもなく、彼らがただの観光客ではないことは明らかだった。

 『イセハナ』こと『異世界花嫁無双』。

 その熱狂的なファンたちが、この狭い月面基地に集結しているのだ。


 アンテラ人を中心にイセハナの人気が高いとは聞いていたが、正直、これほどの人数が集まるとは想定外だった。

 だが、考えてみればポータリアンの総人口は多い。

 主要3種族だけでも地球人の何倍にも達すると言われている。

 イセハナがほんの僅かな層に受けているだけだとしても、この広場を埋め尽くすには十分すぎる数になるのだ。


 呆気に取られていると、背後から怒りに震える荒々しい声が聞こえてきた。


「お前ら、やってくれたな!」


 振り返ると、そこには保安部警備課のアレシオが立っていた。

 こめかみに青筋を立てて、今にも爆発しそうな顔をしている。


「なんのことだ?」


 俺がとぼけて聞き返すと、アレシオは一歩詰め寄ってきた。


「とぼけるな!

 このイベントを企てたのがお前らだってことはわかってるんだぞ!

 通常の10倍の客が殺到して、こっちは大混乱だ!」


 もちろん、実際に企画したのは俺ではない。

 だが、ここでシャルロットやケーミンの名前を出して、彼女たちに責任を押しつけるのも本意ではない。

 俺は精一杯の虚勢を張って言い返した。


「客が増えるのはいいことじゃないか。

 ポータリアンも喜んでいるようだし、問題ないだろう?」


「何かトラブルが起きたらどうするつもりだ!

 客が殺到するなら、事前に保安部に連絡するのが筋だろう!」


「総務部から連絡を入れたはずだが?」


「昨日の今日で準備ができるか!」


 俺とアレシオはしばらく睨み合ったが、やがてアレシオは「フンッ」と鼻を鳴らし、忌々しそうに会場の巡回業務に戻っていった。


 去っていく背中を見ながら、俺は内心で冷や汗をかいていた。

 アレシオの言い分にも一理あることは分かっていたからだ。

 しかしイベントが始まってしまった以上、トラブルが起きないように最善を尽くすしかないのだ。


「邪魔者もいなくなったことだし、見て回ろうぜ!」


「うん!」


 俺は自らの不安を打ち消すように声をかけると、ドッツォと共に熱気渦巻く会場の人混みの中へと潜り込んでいった。


 ブースで販売されている自作のキャラクターグッズの多くは、地球でも見かけるものだった。

 缶バッジ、アクリルキーホルダー、ステッカー、クリアファイル、アクセサリー、イラスト集……。

 イラストはお世辞にも上手いとは言えないが、見よう見まねで短期間で習得したにしては大したものだ。

 幼少期から漫画やアニメの洪水に晒されている日本人と同列に比べるべきではないだろう。


「あ! アッシロだ!」


 ドッツォが声を上げた。

 ボットレースにも出場していた、ドッツォの友達のボサッコ人だ。

 彼はテーブルの内側に立ち、真剣な表情で商品を並べていた。

 客ではなく、出展者として参加しているらしい。


「なんなのこれ?」


 ドッツォがテーブルの上に並べられた片眼鏡を指さして聞いた。

 アッシロは待っていましたとばかりに、誇らしげに胸を張る。


「よくぞ聞いてくださいました。

 これはアイザラが使う『アークノヴァ・レンズ』のレプリカです。

 ミストリア魔法都市に伝わる魔力結晶ですよ」


「すごい!

 自分で作ったの?」


 ドッツォは目を輝かせながら、そのレンズを自分の目の前にかざしてみた。


「いえ。

 日本製の玩具を自分なりに改造したものです。

 あ、気をつけてくださいね。

 本当にファイヤーボールが出ますから」


 アッシロがさらりと言いのけたとき、ちょうどドッツォは手に持った片眼鏡を俺に向けているところだった。


「うわっ!」


 俺は反射的に身をかわした。

 その直後、「バンッ!」という衝撃とともに炎の球がレンズから発射されたかと思うと、俺の頬をかすめて通り過ぎていく。


「あ、危ねぇだろが!」


「大丈夫。

 熱はありませんよ。

 ちょっと衝撃があるだけです」


「十分危ねぇよ!」


 俺は息を切らしながら抗議した。

 しかしアッシロはにっこりと微笑むだけで、話が通じているようには思えない。


(まったく……)


 かつて『ガジェモンベルト』を魔改造してリューンシャンゼリゼを半壊させたくせに、この男は、これっぽっちも懲りていないらしい。

 

(こいつは危険だ。目を離さないようにしよう)と、俺は心に誓いながら次のブースへと進んだ。


   ***


「君も出展してたんだね!」


「あ、ドッツォ!

 いらっしゃい!」


 次に遭遇したのは、同じくドッツォの友達であるグレーネ人のバンシリだった。

 そもそもグレーネ人の出展者というだけでも珍しかったが、リリアンヌの美少女フィギュアが買えなかったほど恥ずかしがり屋の彼が、堂々とブースを構えていることには驚いた。


 だが、彼が販売していたのはキャラクターグッズではなく、電子書籍のように見えた。


「これ、何の本なの?」


 ドッツォが端末を手に取ると、表紙には『第6指の真実』という、不穏なタイトルが踊っていた。

 バンシリは表情ひとつ変えず、淡々と、しかし異常な熱量を込めて自著の解説を始めた。


「これは、イセハナ第12話の4分12秒で、リリアンヌに6本目の指が出現したことに関して、僕の考察をまとめた本なんだ」


「6本目の指?」


 純粋なドッツォが食いつくと、バンシリは水を得た魚のようにまくしたてた。


「僕はあの指が、リリアンヌの高潔な魂から溢れ出した魔力が、一時的に肉体を高次元投影させた結果だと考えているんだ。

 ただの予測ではなくて、ちゃんと証拠もある。

 それは彼女の出自からも導き出されるんだけど、そもそも古代からアルステッド王国では……」


 ……話が終わらない。

 好きな作品の考察をするのが楽しいことは、俺にもよくわかる。


 だが、あの6本指が、制作陣も認めている単なる「作画ミス」だと知っている俺にとっては、話を聞けば聞くほどいたたまれなくなるだけだった。

 彼の熱い瞳の奥にある理論は、担当者の凡ミスを、勝手に高次元の奇跡へと昇華させてしまっているのだ。


 幸い、バンシリはドッツォを見ながら夢中で話しているので、俺には注意を払っていない。


(ごめんな、ドッツォ。あとは任せた)


 俺は心の中でドッツォに頭を下げながら、こっそりとブースを離れた。





=== 登場人物 ===


【アレシオ・ロンバルド】

 21歳。男性。アメリカ人。保安部警備課所属。司令官を目指す野心家。日本人もアニメも見下している。


【アッシロ】

 18歳。男性。ボサッコ人。星間連盟貿易局のエンジニア。ドッツォのアニメ仲間。改造が好きすぎて自制できない。


【バンシリ】

 14歳。男性。グレーネ人。ドッツォの影響でアニメファンになったが極度の恥ずかしがり屋。




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