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11-3 本当……なんです……か?






 俺がフィギュアショップ『オレンジサブウェイ』に辿り着いたとき、店長のマルビンは絶好調な様子で、通りがかる異星人たちに大声で客寄せをしていた。


「さぁさぁ、寄ってらっしゃい!

 地球の最新情報でっせ!

 ついに正体が明かされた、真のメインヒロイン・ミレナはん!

 今ならこのフィギュアが、特別価格で買えるチャンスでっせ!」


 ドッツォがポータリアン限定のSNSを調べた結果、『イセハナ』最新話のネタバレ発信源がこの店であることを突き止めたのだ。


 実際、店頭には暗殺者ミレナの12分の1フィギュアが山積みになっていた。

 しかもご丁寧に『祝! 花嫁決定!』と書かれた極彩色のPOPまで貼られている。


 店の前には、足を止めたポータリアン観光客がたむろしていた。

 彼らの動揺と興奮が入り混じった会話が聞こえてくると、俺のゴーグルが自動翻訳を開始し、眼前へログを表示した。


<アンテラ人・男> まさか花嫁がミレナだとは意外だよな。

<アンテラ人・男> ハルトと同じく転移者だったらしいぞ。

<アンテラ人・女> 嘘よ! アイザラが可哀想!

<ボサッコ人・男> セリスはどうなるんだ! 身も心もハルトに捧げてきたのに!

<アンテラ人・女> ミレナって暗殺者でしょ? あり得なくない?

<ボサッコ人・女> え? 花嫁ってリリアンヌじゃないの!?

<グレーネ人・男> これは典型的なミスリードだ。最終的な解はフィオリナ以外にあり得ない。


 直接的な口論こそ起きてはいないが、異なる花嫁候補を推すファンたちの間には、今にも火がつきそうな、言いようのない殺気が立ち込めていた。


「おいっ、マルビン!

 なにやってるんだ!」


 俺が食ってかかると、マルビンは揉み手で近づいてきた。


「これはこれは、レンマはん。

 どないしたんでっか?」


「したんでっかじゃねぇよ!

 なに誤情報流してんだよ!」


「誤情報?

 ちゃあんと地球のSNSで調べましたがな。

 そしたら、この不人気のオナゴがヒロインに抜擢されたというやないですか。

 いやぁ、これで不良在庫の処分ができそうで助かりましたわぁ。

 おおきに、おおきに!」


 媚びたような笑顔を浮かべたまま、マルビンは満足そうに顎をさすった。


「調べかたが雑なんだよ!

 まだ花嫁が確定したってわけじゃない!

 ミレナの可能性が高まったってだけなんだぞ!」


「はて?

 そうでしたか。

 そういうことなら、後で『祝! 花嫁決定!』の後にクエスチョンマークをつけときますわ」


 どうやらこの男、ことの深刻さをこれっぽっちも理解していない。


「あのなぁ。

 イセハナの最新話は、今地球でとんでもなく炎上してんだぞ!

 こっちにも飛び火したらどうすんだ!」


「炎上?

 なるほど、それでSNSはあんなに盛り上がっていたんですなぁ~。

 まさに商売のチャンスやないですか」


 だめだ、こりゃ。


 この男の脳みそは、金儲けのこと以外はすべて素通りするようにできているらしい。

 それに、すでにミレナが転移者であるという情報は広まってしまっている。

 今さらマルビンを責めたところでどうにもならないだろう。


 このままイベントを決行すれば、トラブルの発生は不可避だ。


 (心苦しいが、中止するよう提案するしかない)


 俺は苦い決断をすると、運営のケーミンに会うため、イベント会場へと向かった。


   ***


 噴水広場に到着すると、そこにはすでに多くのポータリアンがブースの設営をしている最中だった。

 月面基地に到着したばかりなのだろう、大きなスーツケースを広げ、忙しそうに自作のアクセサリーや冊子を会議テーブルの上に並べている。


 肝心のケーミンはというと、複数の参加者に囲まれてもみくちゃにされていた。


「ミレナ推しサークルの隣だけは勘弁して欲しいわ!」


「こっちだって御免だ!

 場所を変えてくれ!」


「いやぁ、そないなこと言われてもなぁ。

 ブースは全部埋まってていっぱいやし……」


 早くも『イセハナ』ファンの間に不和が生じているようだった。

 今になって「ブースの配置を変えろ」という無茶な要望が寄せられ、ケーミンは必死で防戦一方となっている。


 そんな喧騒の脇で、俺は床にぐったりとへたりこんでいるアンテラ人の少女を見つけた。

 見覚えのある白いエプロンのメイドコスチューム。

 『ホームメイドカフェ』の店員、シャルロットだ。


「シャルロット、どうかしたのか?」


「あ……ご主人様……」


 俺を見上げた彼女の声は震えており、藍色の瞳には涙が溢れていた。


「アイザラが……選ばれなかったなんて……。

 彼女、あんなに頑張っていたのに……」


 それだけ言うと、彼女は再び「ふえぇえ~ん」と肩を震わせて泣き出してしまった。

 ケーミンが言っていた通り、彼女は熱烈なアイザラ推しだったのだ。


 作品を愛するファンたちを集めて、みんなで好きな気持ちを共有しようとしていた彼女にとって、このタイミングでの「推しの脱落」は、魂を削られるようなショックだったに違いない。

 俺はさすがに同情を禁じ得なかった。


「本当……なんです……か?」


「え?」


 シャルロットは涙で潤んだ目で、俺に縋るように尋ねてくる。


「ミレナがハルトと同じ転移者だったって聞いたんですけど……本当なんですか?」


「う……」


 俺は言葉に詰まった。

 本来であれば、原作を未読の相手にネタバレをするなんてことはご法度だ。

 しかし、不正確な噂が拡散するのは避けたいし、トラブルを避けるためにも、イベントの発起人である彼女は正確な状況を知っておくべきだろう。


「原作の最新話で、それが明かされたことは……事実だ」


 俺の言葉を受けて、シャルロットが「うっ」と嗚咽を漏らす。


「だが、転移者だからといってミレナが花嫁に決まったというわけじゃない。

 原作の連載はまだ続いている。

 このあとどんな展開になるか誰にもわからないんだ」


 シャルロットの目に僅かな光が宿る。


「それじゃあ、アイザラが選ばれるかもしれないんですね!」


 俺が頷くと、シャルロットは残された力を振り絞って、よろよろと立ち上がった。

 俺はほっと胸をなでおろす。


 実際には、最新話で明かされた事実はミレナが転移者であるということだけではないが、全てを伝える必要もないだろう。


 より重大な事実は、彼女がハルトの幼馴染だったということだ。

 ハルトと幼少期を共に過ごしているという経歴は、花嫁候補として強烈なアドバンテージになる。

 だからこそ地球では『花嫁確定』という論調が溢れ、ネットが荒れているのだ。


 幸い、この情報についてはマルビンも把握していなかったようで、ポータリアンには伝わっていない。


 しかし、リスクはできるだけ避けるべきだろう。

 俺は心を鬼にして続けるしかなかった。


「だがな。

 噂が独り歩きしている状態でオンリーイベントを決行するのは危険だ。

 ファン同士でトラブルが発生するかもしれない。

 残念だが……延期したほうがいいと思う」


「でも……イベントは今日ですよ?」


「え?」


 俺の言葉に、シャルロットが不思議そうに首を傾げた。


「もうじき、宇宙港に参加者たちが到着するはずです……」


 ……手遅れだった。

 今になって延期などと発表したら、それこそ宇宙港で暴動が起きかねない。


 これは後から分かったことだが、ケーミンがウーゴに交渉していたのは、形式上の事後承諾に過ぎなかった。

 オンリーイベントの実施を思いついたシャルロットは暴走状態になり、とっくにポータリアン諸星のファンに対してイベントを告知していたのだ。





=== 登場人物 ===


【ケーミン】

 17歳。女性。アンテラ人。地球遊覧船のキャビンアテンダントなので月面基地を不在にしていることが多い。ロニャの悪友でよくいっしょに遊んでいるらしい。


【シャルロット】

 本名は不明。シャルロットは源氏名。女性。アンテラ人。「ホームメイドカフェ」で勤務しているメイド。内向的で気が弱いにも関わらず、好きなアニメに対しては過度の積極性を見せる。


【マルビン・ドラックス】

 30歳。男性。ドイツ人。玩具店、フィギュア店の店長。でっぷりとした体型。金儲けに徹している根っからの商売人。


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