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10-8 うまくやったじゃん






「アニメでは表現できない、漫画ならではの良さ……」


 それを言葉で伝えるのは難しい。

 だが俺は、自分の中にある漠然としたイメージを、なんとかしてファナに伝えようと言葉を絞り出した。


「確かにアニメはいろんな映像表現ができるし、効果音や声優さんの演技も加わるから、アニメならではの良さってものもあるんだけど、どうしても原作漫画のすべてを表現できるわけじゃないんだよな」


 俺はいったん言葉を切って、頭の中を整理した。


「わかりやすいところではコマの大きさ……」


 俺は『イセハナ』の1巻を手に取り、ファナの目の前で何ページかをパラパラとめくってみせる。


「小さなコマもあるし、見開き2ページを使った巨大なコマもある。

 目だけを拡大して描いているコマや、広大な風景を描いているコマもある。

 漫画家は、読者に何をどんな風に伝えたいかに応じて、コマの形や大きさを使い分けているんだ。

 ところがアニメだと、これが全部同じ大きさの画面になってしまうから、どうしても受ける印象が平坦になるんだよね」


「そう、それ!

 うちが言いたかったのはそれなんや!」


 ケーミンが我が意を得たりとばかりに叫んだ。

 ファナもしみじみと、俺の持つ単行本のページに目を落とした。


「……ほんとだ。

 いろんなコマが描かれてるんですね」


「漫画のほうが原作者にとって表現の自由度が高いんだよ。

 目に見えるものでもあえて省略することもできるし、効果線とか目に見えないものを描くこともできる。

 漫画で開発された技法の多くはアニメにも受け継がれているけど、原作者がペンに込めた力の加減まで再現するのはさすがに難しいからね」


 俺が早口でまくしたてると、ケーミンも目を皿のようにしてページを凝視した。


「た、確かに……その通りや……。

 線1本1本の強弱にも、原作者の気持ちが込められてるんやな……」


 そう語るケーミンの声は、深い感動で震えていた。

 すると突然、隣にいたファナが声を上げた。


「わ、私も漫画、読んでみたいです!」


「お、おぅ」


 あまりの勢いに、俺も少し圧倒されてしまう。


「どれを読んだらいいでしょう?」


 ファナは嬉々として、周囲の棚を物色し始めた。

 もともと俺の目標は、ファナがアニメに対してよい印象をもつことだった。

 だが、彼女の興味が漫画に向いたとしても、それは大きな躍進だ。


 俺がこの上ない達成感を味わおうとしていた、そのとき――。


 ファナが書架から取り出した単行本の表紙が目に入った。

 そこには『ほいっぷメロン』と書かれていたのだ。


「それはいかーんっ!」


 俺は叫びながら、ファナの手から18禁のロリコン漫画『ほいっぷメロン』をひったくるように奪い取った。

 そして何事もなかったかのように書架へと戻す。

 清純な彼女に、変態の深淵を見せるわけにはいかない。


「え……」


 ファナは俺の行動の意味がわからず、不安そうな表情を浮かべている。

 まずい!

 このままではせっかく彼女が漫画に向けたモチベーションを台無しにしてしまう!


 一刻の猶予もなかった。

 この漫画の雲海の中で、彼女にふさわしい1冊を今すぐチョイスしなければならないのだ。


 考えろ、考えろ!


 エンタメボックスで、ファナが好きだと言っていたのは――走ること!


「ちょっと、こっち来て」


 俺はファナの手をとると、目的の棚を探しながら足早に移動した。

 ファナは驚いて「あっ」と小さく声を上げたが、大人しく俺についてくる。


 そして俺は、日常系スポーツ漫画として有名な『ゆるラン!』の1巻を見つけると、彼女に手渡した。


「これ、有名なジョギングの漫画なんだ。

 どうかな?」


 ファナは恐る恐る表紙のイラストを見たが、すぐに笑顔になった。


「かわいい絵ですね!」


 よし!

 第一印象はクリアだ。

 『ゆるラン!』は女性向けの絵柄だし、エロい要素もグロい表現もないことを俺は知っている。


「日常系って言われるジャンルだよ。

 とくに大事件が起きたり戦ったりするわけじゃなくて、ただ淡々と日々の出来事が描かれてるだけなんだけど、心にじんわりとくる人気ジャンルなんだよね」


「漫画にはそんなジャンルもあるんですね!

 でも……ちょっと不思議です。

 ジョギングが物語になるんでしょうか?

 ひとりで黙々と走るだけなのに……」


 またもや素朴な疑問を口にしながら、ファナはページをめくった。


「でもさ、走ってるとき、何かを感じることはあるだろ?

 顔に当たる風が気持ちいいなぁとか、今日は足の調子がいいなぁとか。

 漫画って、そういう文字にしにくい感情も、絵で表現できちゃったりするんだよね」


「すごい……表現の幅が広いんですね」


「うん。

 『ゆるラン!』はアニメ化もされてるから、漫画が気に入ったら見てみるといいよ」


「ありがとう!

 私、これ買います!」


 そう言うやいなや、ファナは『ゆるラン!』の1巻から最新の18巻までを手の上に積み上げた。


「え、全部?

 いきなりそんなに買わなくても……」


 思わず焦る俺をよそに、ファナは目を輝かせて意気込む。


「いえ。

 すぐに読みたいんです!

 全部読みたいんです!」


 今の彼女のモチベーションは、最高潮に達している。

 この熱いパッションを止める権利は誰にもないだろう。


 両手に18冊の漫画を抱えてレジへと向かったファナ。

 その背中を、子供の晴れ舞台を見守る親のような視線で見送っていたときだった。

 俺は、自分の背中に注がれた冷たい視線に気がついた。


「レンマ……あんた……ずいぶんとうまくやったじゃん」


 ロニャが不敵な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。


「な、なんだよ。

 ただ漫画を紹介しただけじゃねぇか」


「違うし!

 あたしばっちり見てたし!

 さっきどさくさに紛れて、ファナの手、握ったじゃん!」


「あっ……」


 言われて、心臓が飛び跳ねた。

 そうだ。たった今、俺は無意識に彼女の手を引いて歩いた。


 人生で初めて女の子の手を握った。

 しかも、相手の同意も得ずに!


(うわあぁぁっ!)


 俺は、こみ上げる羞恥心に苛まれ、声にならない叫び声を上げた。






---   エピソード10   完   ---



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