10-7 取り柄ぐらいあるわ!
俺達は、ケーミンに連れられてツキハバラの書店『レモンブックス』へとやってきた。
店に入るなり、ケーミンは獲物を見つけた猛獣のような速さで店の奥へと進んでいったが、ファナは店頭でピタリと足を止め、呆然と周囲を見渡している。
「……す、すごい。
これが全部、漫画なんですか?」
この店は書店を名乗ってはいるものの、店内の書架のほとんどは漫画の単行本で埋め尽くされていた。
「あぁ。
でも地球の本屋に比べたら、ここは小さいほうだよ。
なにしろ漫画は何万冊も出てるからな」
「……そんなに」
「日本には昔から絵師が多いんだよ。
だから漫画も多いし、たくさんの傑作が次々と生まれてるんだ」
「……どうして日本には、絵を描く人が多いのですか?
特殊な技能なのに……」
ファナの素朴な疑問は、時折、本質を突きすぎていて答えに窮する。
「確かに、学校で漫画を教えてるわけでもないんだけどな。
どういうわけか昔から多いんだよ。
一説によると、特殊な気候のおかげで、日本では昔から安く紙を作ることができたらしい。
たぶんそのせいで、庶民でも気軽に紙を使って作品を作ることができたんだな」
「すごい。
それで日本では漫画文化が発展したんですね……」
俺達は話しながら、本の迷宮へと入り込んでいく。
ファナは見るもの全てが新鮮に映るらしく、藍色の瞳を輝かせながら無数の背表紙を追っている。
「ファナ、もしかして漫画を読んだこともないのか?」
「実は、そうなんです。
漫画ばかりか、紙の本も読んだことがなくて……」
俺はその発言に、今日一番の衝撃を受けた。
デジタル化が極限まで進んだ現代、地球でもリアルな書店は絶滅危惧種だ。
ましてや、輸送コストが跳ね上がる月面基地において、重くてかさばる紙の本をわざわざ地球から運んでくるメリットは、合理的に考えればほとんど無い。
月で生まれ育ったファナにとって、紙の本そのものが未知の存在なのだろう。
「なぜ、漫画は今でもわざわざ紙が使われているのですか?
ゴーグルやタブレットでも、同じように読めるのですよね?」
またもや鋭い質問が飛んできた。
俺は頭をかきながら、自分の中にある感覚を言葉として組み立てていく。
「……うん。
デジタルでも読めるんだけどな。
やっぱり、なんか違うんだよ」
「何かが……違う?」
俺は近くの棚から一冊の漫画を手に取ると、ファナの目の前でパラパラとページをめくってみせた。
「読者がページをめくるときって、紙を指でつまんで『めくる』っていう動作を意識することになるんだ。
そこに『間』が生まれる。
漫画家はそれを念頭において漫画を描いてるものなんだ」
「……『間』ですか?」
「そう。
漫画は右上から左下に向かって読んでいく決まりになってるけど、さらっと流して読んでしまう人もいれば1コマずつ丁寧に読んでいく人もいる。
つまり読む速度は読者に委ねられているんだ。
でも、左下のコマから次のページに進むときには、誰でもそれを意識するし、『間』が生まれる。
だから漫画家は読者がそこで一瞬立ち止まって『期待』とか『恐怖』とか、いろいろ空想を膨らませるように構成してるんだよ」
「そこまで考えて……漫画は描かれているのですね」
「うん。
だから同じ作品でも、デジタルでサクサク指を滑らせて読むと、なんかあっさりというか、読後感が薄くなっちゃうんだよね」
はたしてこの微妙なニュアンスが伝わったのか不安だったが、ファナは感銘を受けたように目を丸くしていた。
――そのとき。
「レンマ……あんたってさ……」
不意に横から声がした。
ロニャが、いつのまにか俺の顔をまじまじと見つめていた。
「な、なんだよ」
「オタク分野についてだけは、やたらと頼りになるじゃん。
他には何も取り柄がないのに……」
「うっせーわ!
俺にだって、取り柄ぐらいあるわ!」
「たとえば?」
「う……」
ロニャの素早い返しに、俺の言葉は即座に詰まった。
「ゲ、ゲームもちょっと得意だぞ!」
「それもオタク分野じゃん!」というロニャのツッコミを待つまでもなく、自分の言い訳が絶望的に苦しいことは、俺自身がいちばんよくわかっていた。
***
「こっち、こっち~っ!」
ケーミンが奥のほうで手を振っていたので、俺達は移動した。
「ほら、これが『イセハナ』の原作本!
アニメは1クール12話しか作られてないけど、原作はもう24巻も出てるし、まだ完結してないんだよね」
ケーミンが楽しげに熱弁を振るう。
この店はジャンルごとに棚が分かれているようで、『異世界花嫁無双』は異世界ハーレム物のコーナーに山積みになっていた。
「異世界花嫁無双には、原作があったのですね!」
ファナは興味深そうに表紙を見比べた。
そこには主人公ハルトを中心に、美麗なイラストで描かれた5人のヒロインが並んでいる。
「すごく、綺麗な絵……」
キャラクターの目はアニメと同様に大きく誇張されていたが、溜息をもらしながら放ったその言葉は、恐らく本心からのものだった。
「せやな!
うちはアニメから入ったんやけど、漫画には漫画の良さがあって楽しめるで!」
「でも……同じお話なのですよね?
アニメを見た後でも、改めて原作の漫画を読みたくなるものなのですか?」
またもやファナから、ストレートな疑問が飛ぶ。
「そりゃそうや。
漫画もアニメも、それぞれいいところがあるさかいな。
どこか変やろか?」
「いえ、全然変じゃないです!
ただ、うまく言えないのですが……漫画は色が無いし、絵が止まっていますよね?
アニメは色つきで絵が動くし、音もついているので、より完成された形なのかな……って」
「いや。
そうやないはずなんやけど……。
なんて説明したらええんやろなぁ……」
ケーミンは心の中のもやもやを言葉にできない様子で、救いを求めるように俺に視線を投げた。
それに釣られるように、ファナも期待の眼差しを俺に向ける。
俺は、ふたりの熱い視線にジリジリと追い詰められていた。




