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10-6 推しはただひとり!






「あ、ケーミン!」


 ロニャが声を上げて手を振った。

 その先にいたのは、身体にぴったりとフィットした白いボディスーツを着た、スタイル抜群のアンテラ人だった。


「あ、ロニャ!」


 ケーミンもこちらに気づき、笑顔で手を振り返しながら近づいてくる。

 歩くごとに頭部から伸びた2本の触角がぴょこぴょこと揺れているのは、アンテラ人が上機嫌な証拠だ。

 肩には大きなバッグをかついでおり、どうやらショッピング中のようだった。


 俺は思わず身構えた。

 最後に会ったときのケーミンは『キャラ同化症』の真っ盛りで、俺のことをイセハナの主人公『ハルト』だと思い込んでいたからだ。


「お買い物?」


「うん。

 本屋さんに行くところ」


 だが、ロニャとケーミンの会話を聞く限り、いたって普通だ。

 ファナが「ケーミンは全快した」と言っていたが、どうやら本当らしい。


「そっちは変わったメンバーやね。

 救急課のファナと……えっと、そっちの人は」


 ケーミンは俺の顔を見ながら、おぼろげな記憶をたどっているようだった。


「ケーミン、レンマのこと、覚えてないの?」


 ロニャが驚いて聞くと、ケーミンは後頭部をポリポリとかきながら、俺達に軽く頭を下げた。


「ごめ~ん。

 もしかしてうち、何か迷惑かけちゃった?

 リリアンヌになってた間の記憶、完全に抜け落ちてるんだわ~」


 リリアンヌ。

 『異世界花嫁無双』に登場する5人の花嫁候補のひとりで、甲冑に身を固めた姫騎士だ。


「あんた、レンマのこと『ハルト様ぁ』とか呼んじゃって、しつこく追いかけ回してたんだよ」


 ロニャが笑いながら暴露すると、ケーミンは目を丸くした。


「へぇ~。

 確かにレンマって、ハルト様にちょっと似ているような、似ていないようなぁ~」


 ケーミンはジロジロと、俺の頭から足先までを眺め回す。

 異星の美少女に顔を近づけられて俺はビビッたが、彼女はすぐに笑って胸を張った。


「でも、うちのハルト様はここにいるから!」


 彼女は半身を回転させて、肩にかけていたバッグを俺達に見せた。

 そのバッグは片面が透明なビニールになっており、中にはハルトの顔が描かれた缶バッジが、タイルのように隙間なく並べられていた。


「おぉ、痛バッグじゃねぇか!」


 俺は思わず叫んだ。


「痛バッグぅ?」


 ロニャはその単語にピンときていないようで、バッグに貼られた缶バッジを覗き込む。


 ちなみにハルトの容姿はボサボサの黒髪に地味な目鼻立ち。

 あまり見栄えのしない地味で典型的な日本人の男。

 つまり俺みたいな顔だ。


「これ、全部同じ柄じゃん!

 なんで同じものが、こんなに並んでるわけ!?」


「当然だってば!

 うちの推しはただひとり!

 ハルト様一筋だもんね~」


 ケーミンは誇らしげだ。

 彼女のキャラ同化症は確かに治癒したのかもしれない。

 だがアニメ熱が冷めたわけではなく、むしろすっかり健康的なガチオタクへと進化していたのだ。


 ロニャはまだどこか納得していない様子で、バッグを指さした。


「よく知らないんだけど、最近はこういう商品が売ってるわけ?」


「売ってるとしても、それを買うのは邪道!

 やっぱり推しの『痛バ』は、自分で組まなきゃね!」


「組む?

 組むって、どういうこと?」


「まずは~、バッグの大きさに合った数の缶バッジを買ってきて~。

 ひとつひとつ袋から出して~。

 専用のカバーケースに入れて~。

 インナーシートに留めていくってわけ!」


「と、留めるって、どうやって?」


「缶バッジだもん。

 ピンで留めるに決まっとるやん」


「その数……全部自分で留めたってことぉ?」


「おぅよ!

 ひとつひとつ愛を込めてな!」


 ケーミンは得意顔だが、指先が不器用なロニャにとって、数十個の缶バッジを等間隔でピン留めする作業は、苦行以外の何物でもないようだった。


「ち、ちなみになんだけど。

 その缶バッジ、いくらするの?」


「これは……10セルちょっとかな」


「全部で?」


「まさか。

 1個で10セル。

 48個使ってるから、全部で500セルぐらいやね」


「ご、ごひゃくセルぅ!?」


 ロニャは本日最大級の衝撃を受けたようで、その場にガックリとへたり込んでしまった。

 500セルは日本円にして約5万円。

 推し活の費用としては普通の額だが、一般人からすれば、小さな金属板にカラー印刷しただけのものにそれだけの投資をする行為は、異常としか思えないのだろう。


 そこで、ふたりの会話が途切れるのを待っていたのか、ファナが発言の許可を求めるようにそっと手を上げた。


「すみません。

 私だけ、お話についていけてないようなのですが……」


 ファナの藍色の瞳が、真剣そのものの光を宿している。


「ケーミンさんがおっしゃってる『推し』って、何なのでしょう?」


 一瞬の沈黙が訪れる。

 ファナがこのオタク用語を知らないのも無理はない。

 難しい概念だが、俺はなんとか説明を試みた。


「ええと……応援しているキャラクターのこと、かな。

 それもちょっとした応援じゃなくて、かなり熱狂的に肩入れするイメージだ。

 こんなふうにな」


 俺はケーミンの痛バッグを指さした。


「……ごめんなさい。

 アニメの登場人物を応援する……という意味が、よくわからないんです。

 アイドルやスポーツ選手だったら理解できるのですが。

 アニメの物語は作者が考えるわけですから、応援したからといって話の筋が変わるわけではないですよね?」


「う……」


 ファナから純粋かつ論理的な疑問を投げかけられ、俺は返答に詰まってしまった。

 俺はアニメ好きを自認しているが、本気で推し活をしたことはない。

 そんな俺にとって、この問いに対する答えはあまりにも深すぎた。


「うちがハルトを推してるのは……」


 そのとき、ケーミンが自分の痛バッグをしみじみと見つめながらつぶやいた。


「そうすることで、ハルトの存在を感じられるから……かな?

 あはは。

 やっぱりようわからんわ!」


 そう言って笑うケーミンを見て、ファナはしばらく考え込んだ。

 ダークブルーの美しい髪が、はらりと額を覆う。

 そして彼女は顔を上げると少し申し訳なさそうな表情で微笑んだ。


「ごめんなさい。

 理屈でわかろうとしても、だめなのかもしれませんね。

 私、『推し』の意味を感じられるように、頑張ってみます!」


 ファナはケーミンに向かって両手をぎゅっと握りしめた。


 ――どこまでも真面目な子なんだなぁ。


 そう感じるとともに、かつて近寄りがたい存在だと感じていたファナのことが、ずっと身近に感じられた瞬間だった。


「今から本屋さんに行くつもりだったんやけど、どう?

 いっしょに」


「はい、ぜひ!」


 ケーミンに誘われ、ファナは力強く頷いた。

 ロニャもようやく精神的ダメージから立ち直ったらしく、フラフラと立ち上がると「よし、行こうかぁーっ!」と自分に気合を入れた。


 先頭を闊歩するケーミンの背中を見ながら、俺は改めておかしなシチュエーションになってきたなと思う。

 そもそもアニメも推し活も地球の文化なのに、それを異星人から教わっているのだから。






=== 用語解説 ===


【セル】

 月面基地で使用されている通貨単位。1セル=約100円。


【ファナ・クベロス】

 19歳。女性。月で生まれて月で育った(スペイン系)。保安部救急課所属。義務感が強く仕事熱心。誰にでも優しいが、どこか寂しそう。


【ケーミン】

 17歳。女性。アンテラ人。地球遊覧船のキャビンアテンダントなので月面基地を不在にしていることが多い。ロニャの悪友でよくいっしょに遊んでいるらしい。



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