表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/71

10-5 初体験の感想を聞かせてよ






 イセハナ劇場版『南の島でバカンスポロリもあるよ』の上映が終わると、自動的に個室の照明が灯った。


 俺にとっては2度目の鑑賞だったが、やはりツッコミどころしかない。

 魔王を倒すために冒険をしていたはずの主人公ハルトのパーティが、なぜか遭難して南国の島でバカンスを始める展開は無理やりすぎる。

 おまけに、恥ずかしがり屋の設定だったはずのキャラクターまでが、砂浜では裸同然の水着を披露するあたり、不自然極まりなかった。


 俺は恐る恐る、ロニャの隣に座るファナの様子を窺った。

 すると彼女は目を見開いたまま、スクリーンがあった壁を凝視して言葉を失っている。

 よほどショックを受けたのだろう。


(やべぇ……これじゃアニメを嫌いになっちまう!)


 あくまでこの映画は特殊な例だということを、早急に伝えなければならない。

 俺は必死にフォローを試みた。


「いやぁ、だいぶハチャメチャな内容だったよな。

 『異世界花嫁無双』ってのは、本来はテレビシリーズなんだ。

 この『南の島編』は後から作られた番外編だから、お祭りみたいな内容っていうか。

 まぁ、ファンサービスで作られたオマケ映画ってところかな!」


 言い終わると俺はチラリとファナの横顔を確認した。

 しかし彼女はまだ放心状態で、俺の言葉も耳に入っていない様子だった。

 代わりに、ロニャが大きく溜息をついて口を開く。


「レンマ。

 あたし、あんたに謝らなきゃならないみたい」


「え?

 なんでだよ」


「以前のイベントで、あんたのことを『月面基地のハルト』とか紹介しちゃったけど、あれ間違いだったわ。

 あんたとハルトは、少しも似てないってことがよーく分かったし!」


 そこまで聞いて、俺は嫌な予感しかしなかった。


「ハルトは明るいし、前向きだし、スポーツ万能じゃん。

 それに、5人の花嫁候補にもちゃんと敬意を払ってる。

 ケーミンが惚れちゃうのも、なんか納得だわぁ」


(ハルトを褒めるのはいいが、俺を引き合いに出して落とすんじゃねぇっつーの!)


 俺が心の中で叫んでいたとき、ようやくファナが動いた。

 心を落ち着かせるように、すっかり氷が溶けてしまったコーラを、ストローで音を立てて飲む。


「ごめんなさい……。

 私、ちょっと動揺してしまって……」


 ロニャがいたわるように、ファナの背中を優しくさすった。


「どうだった?

 初体験の感想を聞かせてよ」


「それが……。

 最初から最後まで、どうしても『目の大きさ』が気になってしまって……」


「え?

 目の大きさ?」


 俺は一瞬、何のことだか分からず聞き返した。


「はい。

 登場人物の目が、顔の4分の1くらいありますよね?

 そういうデザインなんだってことは理屈では分かっているのですが、どうしても感覚が追いつかなくて……」


(そこから!?

 人生で初めてアニメを見た人って、そんな印象を受けるのか!?)


 俺は驚愕した。

 物心ついた頃からアニメに慣れ親しんできた俺にとって、キャラクターの顔のバランスには、もはや何の違和感もない。

 しかし、あの巨大な瞳は、冷静に考えると確かに不自然だ。


「あんなに目が大きいのに、ゴーグルをつけていなかったら、すぐドライアイになってしまいますよね?

 風が強いところでは塵やバイ菌も入りそうだし、きっと痛いんだろうなぁ……って思ったら、もう、気になって気になって……」


 ファナの場合、人より医療の知識があるぶん、違和感が余計に大きかったのだろう。


「ごめんなさい。

 絵はとても綺麗だなぁって思ったんですけど、お話は全然、頭に入らなくて。

 せっかく観せていただいたのに、本当にごめんなさい……」


 自分を責めるように目を伏せたファナを見て、ロニャは彼女の肩を強く抱きしめた。


「いやいや、初めてなのに最後まで観ただけでも立派だよ!

 あんたはよく頑張った!」


「私、もっと頑張りますから!

 もうちょっとだけ、付き合ってくれますか?」


「もちろんだし!

 さ、ここから出て新鮮な空気でも吸って、リラックスしよ!」


 ロニャは立ち上がると、ファナの手を引っ張って立たせた。

 俺は、彼女たちの後ろ姿を見ながら決意を新たにする。


 女子と個室で映画鑑賞……なんてシチュエーションに鼻の下を伸ばしている場合じゃなかった。

 なんとしても、ファナのアニメに対する印象を好転させなければならない。

 それは、神から与えられた俺の使命なのだ。



   ***



「アニメ症候群って、そんなに深刻な状況なのか?」


 気分転換に商店街を3人で歩きながら、俺はファナに問いかけた。


「そうですね。

 特に自我を失ってしまう『キャラ同化症』は危険です。

 ほとんどの場合は言動がおかしくなるだけですし、時間が経てば治るのですが……。

 中には攻撃的になって、事件を起こしてしまうこともあるんです」


「そういえば友達のケーミンも、ファナに迷惑かけちゃったよね」


 ロニャが申し訳なさそうに言った。

 ケーミンというのは、以前、俺のことをハルトだと思い込んでしまったアンテラ人の少女だ。

 どうやら俺の知らないところで、救急課のお世話になるほどの問題を起こしていたらしい。


「彼女はもう全快したから良かったのですが。

 今も保安部の留置場に入っている人や、姿をくらませてしまった人もいます。

 このまま放っておいたら、いつか大きな事故が起きるかもしれません……」


 ファナの深刻な口調を聞いて、俺は背中に冷たいものを感じた。


「もしかして、アニメ自体が問題視されてるのか?

 規制すべきだ、とか?」


「アンテラ人の母星では、その議論が始まっているらしいです。

 でも、全面的な規制にはボサッコ人が猛反発するでしょうし、アンテラ人だけ禁止したら、今度は密輸が横行してギャングが力を持つかもしれません……」


「ギャングって……そこまでするかよ!?」


 禁酒法時代じゃあるまいし、アニメを密輸するなんてことがあるのだろうか。

 俺にはにわかには信じられなかった。


「わかりません。

 でも、以前から噂されていたことですが……何者かがポータリアンを内部分裂させようとしているらしいんです」


「それって、『キャプラ』のこと?

 都市伝説だと思ってたけど」


 ロニャの言葉に、ファナは重苦しく頷いた。


「キャプラがただの陰謀論ならいいのですが。

 平和を保ってきたポータリアンを分断するために、アニメを利用しようとする者がいても不思議ではないんです」


「アニメが、テロに使われるってのか……?」


 あまりに突拍子もない話で、理解が追いつかない。


「まだ何の証拠も無い状態です。

 でも、その可能性がある以上、軽視するべきではありません。

 ……実を言うと、あなたが誘拐された理由についても、水面下で捜査が続いているらしいんです」


「え?

 俺の誘拐が、何か関係あるのか?」


 ファナはためらいがちに、慎重に言葉を選びながら話す。


「不自然なところがあるんです。

 あなたを地球で拉致して月に連れてくるまでの工程は、完璧に実行されていて、まったく証拠が残っていません。

 それなのに……月での隠蔽方法は、あまりにもずさんでした。

 まるで、見つけられることを想定していたような……」


「……俺を月に連れてくること自体が、目的だったってことか?」


「そうなのかもしれません。

 現時点ではその可能性がある、というだけですが……。

 何かわかったら、真っ先にあなたにお伝えします」


 ファナの瞳を見つめたが、冗談を言っているようには見えなかった。


 俺は今まで、自分が誘拐された理由は、異星人が解剖するかペットにするためだろうと軽く考えていた。

 それはそれで納得いかないが、もし目的が『俺を月に連れてくること』そのものだとしたら、なおさら意図が分からない。


 俺はただ、ツキハバラの人工的な光の下で、途方に暮れるしかなかった。





=== 用語解説 ===


【アニメ症候群】

 アニメにハマりすぎて心身に異常をきたす症状の総称。ポータリアンの中で蔓延しつつある。特にキャラに成り切って自我を失ってしまう「キャラ同化症」は危険。


【森下 春斗ハルト

 異世界花嫁無双イセハナの主人公。20歳。男性。日本から転移してきた平凡な大学生。異星人から見ると、レンマに似ているらしい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ