10-2 地球に彼女はいたの?
ランチタイム。
結局、俺達はいつものフードコートにいた。
昼飯時ということもあり、周囲は多種多様な異星人たちの熱気と料理の匂いで満ちている。
そんな中、ロニャがいきなり立ち上がり、高らかにカップを掲げた。
「みんな、準備はいい!?
レンマを歓迎して、カンパーイ!」
「カンパーイ!」
ドッツォも勢いよく、真っ赤な『激辛ハバネロジュース』のカップを掲げる。
ボサッコ人の味覚はどうなってんだと戦慄しながら、俺は小さくコーラを啜った。
何事かと振り返る周囲からの視線が痛い。
早く終わってくれ。
だが、ロニャは主賓の俺が無反応なことなどお構いなしに、スピーチを続行する。
「レンマが清掃課にジョインしてしばらく経つけどさぁ。
正直、まだみんなレンマのこと、よくわかってないと思うんだよね。
せっかくのチームなのに、それってなんか残念じゃん!」
ロニャはニヤリと、獲物を見つけた肉食獣のような笑みを浮かべた。
「というわけで!
レンマに何でも聞いちゃおうコーナーを始めたいと思いまーす!」
「おい、どんな罰ゲームだよ!
俺にとって不利なことしかねーじゃねぇか!」
「うーん。
それもそうか。
じゃ、レンマも質問を返していいよ!
それならフェアでしょ?
まずはドッちょから、質問どうぞ!」
「そんな、一方的に……っ」
俺は必死に抵抗を試みたが、ドッツォが身を乗り出してきたので、言葉を飲み込むしかなくなった。
「レンマ兄ちゃん、僕、ずっと気になってたんだけど……。
お金が貯まったら、やっぱり地球に帰っちゃうの?」
(うわーっ、いきなり答えにくい質問キターッ!)
俺は思わず、ミネラルウォーターのストローを噛み潰しそうになった。
「いや、何しろ地球への渡航費用は5000万円だぞ。
そんな大金、そうそう貯まるもんじゃねぇって」
「……そうだけど。
たまたま、宝くじが当たっちゃうかもしれないでしょ?
もしそうなったら、帰っちゃうの?」
「それは……その……」
俺が返答に窮して黙り込むと、ロニャが冷やかすように口を挟んできた。
「ドッちょ~、諦めなよ。
レンマは誘拐されて無理やり月に連れてこられただけで、あたしらのことなんて好きじゃないんだからさぁ」
「そ、そんなぁ……。
レンマ兄ちゃん、本当?」
「ロニャ!
勝手なこと吹き込むんじゃねぇ!」
「それじゃあ、あたしらのこと、好きなの?」
「う……」
ロニャは口をすぼめ、上目遣いでじっと俺を見つめてくる。
正直、ドッツォのことは友達だと思っている。
意地悪なロニャやアリチェに対しても、最近では少しずつ、愛着のようなものを感じ始めているのも事実だ。
だが、それをこの場で口に出すのは、あまりにも気恥ずかしい。
「好きとか嫌いとかじゃねぇよ。
……お前らだって、自分の故郷に帰りたいって気持ちくらい、あるだろ?」
俺は矛先を逸らそうと言い返したが、ロニャとドッツォは心当たりが無いといわんばかりにポカンとしている。
俺は助けを求めるように、黙々とパフェを食べていたアリチェを見た。
「アリチェはどうなんだ?
イタリアに帰りたくないのか?」
「そうね。
ちょっと重力が嫌いだけど、いつか行ってみたいわ」
「ほらみろ!
普通はそういうもんだよ。
どんなところでも、故郷っていうのは落ち着くものなんだ」
アリチェの賛同を得たことで、俺は勝ち誇ったように胸を張った。
話題を変えるなら今だ。
「じゃあ、次は俺からの質問な!」
結局、ドッツォの質問に答えていないことは自覚していたが、強引に切り替えることにした。
「ドッツォに質問だ。
なんで地球人に混ざってここで働いてるんだ?」
前から気になっていたことだ。
だが、ドッツォは急に言いづらそうに視線を泳がせた。
(え……。今の質問、まずかったか?)
俺が顔色を伺っていると、ドッツォは意を決したように小さな口を開いた。
「僕ね……インフルエンサーになるのが夢なんだ!」
「イ、インフルエンサー!?」
意外すぎる単語に、思わず声が裏返った。
「うん!
ネットを通じて、地球の魅力をポータリアンの人々に伝えたいんだ!
今はそのための準備期間ってわけ」
「な、なるほどな。
現地レポートってやつか……。
……意外とアリかもな」
毎日をなんとなく、食い繋ぐためだけに過ごしている自分と比べ、明確な目標を持って行動しているドッツォに、俺は素直に感心した。
「最初は色々なことを発信しようと思ってたけど、最近、決めたんだ。
僕、アニメ系インフルエンサーになるよ!」
「ア、アニメ系!」
「そう!
日本アニメの魅力を、まずは全ボサッコ人に伝えるんだ!
そしていずれ、全ポータリアン世界でアニメを流行らせたいんだ!」
「お、おぅ……」
鼻息荒く力説するドッツォのパワーに、俺は圧倒されてしまった。
日本の文化が宇宙に広がるのは素直に嬉しい。
だが、『ガジェモンベルト』のような騒動を思い出すと、少しだけ……いや、かなり不安も感じる。
「それじゃあ、次はあたしからの質問ね!」
ロニャが待ちきれない様子で身を乗り出してきた。
嫌な予感がする。
「レンマ、地球に彼女はいたの?」
「は……?」
(これまたド直球な、遠慮のない質問キターッ!)
俺の心臓が、変な跳ね方をした。
「いたの?
彼女!」
もちろん答えはNOだ。
俺には彼女どころか友達さえもいなかったのだから。
だが、ここで正直に答えたら、笑われるのは目に見えている。
「……どう答えるべきか、難しいところだな。
定義にもよるだろ。
どこまでが友達で、どこからが彼女なんだよ」
俺はなんとかはぐらかそうとしたが、ロニャは迷わず即答した。
「そうだなぁ。
いつも一緒にいたくて、相手もそう思っていたら、彼女……もしくは彼氏かな!
そういう人、いた?」
逃げ場を塞がれた。
だが、なんとか上手く誤魔化す方法はないものか?
俺は脳細胞をフル回転させ、記憶の底からなんとか、ひとりの女性の名前を探し出した。
孤独な日々の唯一の話し相手になってくれていた『ハナコ』。
俺のゴーグルに内蔵されていた人工人格だ。
「……いることはいたけど。
別れたよ」
俺はわざとしんみりと、遠くを見るような目で答えた。
悲劇的な雰囲気を出せば、これ以上は追及されないはずだ。
「そう……なんだ」
さすがのロニャも、少しだけ戸惑ったような顔を見せた。
(よし、通った!)
俺は勝利を確信し、無理して笑っているような表情を作った。
「悪ぃ、悪ぃ。
ムード暗くしちまったな。
でも、もう大丈夫だ。
とっくに吹っ切れたよ、ハナコのことは」
大丈夫だ、嘘はついていない。
俺は心の中でガッツポーズを決めた。
=== 用語解説 ===
【ポータリアン】
30年前、「ポータル」と呼ばれるワームホールから地球圏にやってきた異星人の総称。主にグレーネ人、アンテラ人、ボサッコ人の3種族からなる。
【ゴーグル】
メガネ型のスマートデバイス。現代のスマホと同じぐらい普及している。これが同時通訳機能を内蔵しているため、外国人や異星人とも会話できる。
【人工人格】
人間以上の知能を持ち、性格や感情も併せ持つAI。レンマ達の上司ヴィジェも人工人格。




