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9-6 ルール的にアリなの!?






「なんとーっ!

 レクイエム・リングがパイロットデッキを直撃ィッ!

 レンマァ~ッ大丈夫なの!?」


 ロニャの悲鳴のような実況が響き渡る。

 意識が混濁する中、遠くからナーグのわざとらしい声が聞こえた。


「失礼。

 狙いがはずれてしまったようだ。

 プロとしたことが、いけないね」


 白々しいにも程がある。

 あんなの見え透いた意図的な行為だ。

 会場からは、ナーグに対する激しいブーイングが嵐のように湧き起こった。


「レンマ兄ちゃん!」


 ドッツォの叫び声で、俺は自分がパイロットデッキから転落し、仰向けに倒れていることに気がついた。

 地球の重力下なら激しく腰を打っていたかもしれないが、幸いここは月面。

 ふわっとした着地のおかげで、体に痛みは全くない。


「大丈夫……光が眩しかっただけだ。

 だが、ここからじゃサーキットがまともに見えねぇ……」


 喘ぎながら、俺はゴーグルの設定を透過モードから一人称(FPV)モードに切り替えた。

 すると、ヴォルラックの頭部カメラから見た映像が視野いっぱいに表示される。


 しかしそれは、絶望的な光景だった。

 俺が操作を中断したせいで、ヴォルラックはバランスを崩して地上に落下していたのだ。

 そしてその頭上を、今まさにネメス・デュアルが嘲笑うかのように追い抜こうとしている。


 ゴールまでの距離はわずか。

 ここから全力で加速しても、物理的に追いつくことは不可能だろう。

 俺が諦めかけた、そのときだった。

 耳元で、アリチェの冷静な声がした。


「……両手を上げるジェスチャーで、コックピットを分離パージできるわ」


「え?」


「アニメの14話よ。

 主人公のレオンは緊急時にコックピットを分離して脱出したでしょう?

 あの機能を、この機体にも組み込んでおいたの」


 アリチェの言葉に、俺の体が弾かれたように動いた。

 まるで降参しているようで恥ずかしいが、両手を上げてバンザイポーズをとる。


 するとゴーグルのセンサーがジェスチャーを認識し、プシュッという排気音と共にヴォルラックの頭部が本体から勢いよく浮上した。

 しかし、コックピットに内蔵された姿勢制御用のスラスターだけでは速度は出ない。


 一瞬の逡巡の後、俺はおもむろに、ヴォルラックの右手で分離した頭部を鷲掴みにした。

 そして、全身を弓のようにしならせて、大きく振りかぶる!


「なんとーっ!

 ヴォルラックは自分の頭……コックピットを、ゴールめがけて全力で投げたーっ!

 こんなのルール的にアリなの!?

 えーい、私がアリって決めた!

 アリに決定!

 ゴォーーーーーーールッ!」


 ロニャのアナウンスと観客たちの大歓声を聞きながら、俺は安堵の息をついて、そのまま床にへたり込んだ。


「……これで、アリチェをご主人様と呼ばなくて済む……」


 それが、勝利の喜びよりも先に感じた、俺の本心だった。



   ***



「おめでとうございます!

 ボットレース頂上決定戦!

 優勝は現世界チャンピオン、レンマ・ミヤヅカさんで~すっ!」


 割れんばかりの拍手が湧き起こり、一部の女性陣からは「きゃぁ~っ、レンマ様ぁ~っ!」という黄色い声援まで飛んでくる。

 どうやら、ナーグのファンがこちらに寝返ったらしいが、手のひら返しが早すぎるだろ。


 ファンファーレが鳴り響く中、再びパイロットデッキに立った俺に聴衆の視線が集まる。

 人から注目されるのが死ぬほど苦手な俺は、視線を外して空を仰ぐことしかできなかった。


「それでは賞品の授与式に移りたいと思います!

 スポンサーのマルビン・ドラックス様、お願いします!」


 ロニャに紹介されたマルビンが、『ヴォルラック最終決戦仕様』と書かれた金色のパッケージを手に、意気揚々と壇上へ上がってきた。


「毎度おおきに!

 ただいまご紹介にあずかりました、わてがマルビン・ドラックスでおまっせ。ツキハバラの玩具店『タルタル』ではな、ホビーボットの各種オプションパーツからメンテナンス用の機材まで、何から何まで取り揃えて待ってまんねん。今日のレースで戦ってみてやな、『もっと性能上げたいわぁ』と思たときや、運悪う機体がボロボロに壊れてしもたときなんかは、迷わずうちの店を利用しておくんなはれ」


 マルビンはマイクを奪う勢いで商売話を続ける。


「たとえ壊れてへんかて、日々のメンテは大事なことでっせ。潤滑用のグリースや交換用のベアリングなんかも、ぜひうちでお買い求めやす。そもそもホビーボット持ってへんちゅうそこのお客さん!最新モデルも山ほど並べてまっさかい、一度店を覗いてみてえな。えーっと、それから……」


「ありがとうございましたぁ!

 それでは賞品の授与をお願いします!」


 商魂を剥き出しにしてまだ話を続けようとしていたマルビンだったが、観衆が退屈しきっているのを感じたロニャが、強引に話を打ち切った。


 マルビンはやむなく「優勝……おめでとさん」と、俺にフィギュアを手渡した。

 「本当は賞品にしたくなかった」という悔恨が、これ以上なく漏れ出している表情だった。


 表彰なんて人生で一度も経験したことがない俺は、緊張でコチコチになり、「あ、どうも」とたどたどしい返事で賞品を受け取る。


「それではお話を聞いてみましょう!

 レンマさん、今のお気持ちをどうぞ!」


 ロニャにいきなりマイクを向けられ、俺は「うっ」と言葉に詰まった。

 だが、何か言わねばならない。

 しばらく押し黙ってしまったが、なんとか声を絞り出した。


「……この月面基地に連れて来られたとき、俺は無一文で、本当に腹が減っていたんだ」


 突然、俺が人生の回想を始めたので、聴衆はしんみりとしたムードになり、静まり返った。


「滅茶苦茶に腹が減って辛かったとき、ドッツォは飯をおごってくれた。

 それは死ぬほど辛いカレーライスだったが……それでも、あのとき俺は救われたし、何より異星人からの心遣いが嬉しかったんだ。

 ありがとな、ドッツォ。

 ……これ、お前にやるよ」


 俺はパイロットデッキの下から見上げていたドッツォに、重たいフィギュアのパッケージを差し出した。

 ドッツォの大きな目に、みるみるうちに涙が溢れ出す。


「レンマ兄ちゃん……っ、ありがとう!」


 会場は一転して大きな感動に包まれ、拍手喝采となった。

 もらい泣きをした女性達のすすり泣きも聞こえてくる。

 正直、気恥ずかしかったが、それ以上に、今まで胸につかえていたものが取れたような、スッキリとした気分に俺は満たされていた。



   ***



「1500セルでいかがでしょう?」


 フィギュアを抱えてニコニコしているドッツォに、さっそくビンキが交渉を持ちかけていた。

 ナーグに大金を払って負けた挙句、今度は直接購入しようというわけだ。


 しかし、ドッツォはブンブンと力強く首を振った。


「では2000セルまで出しましょう!

 これ以上は無理ですよ!」


「何万セル積まれたって売らないよ。

 これは僕とレンマ兄ちゃんの思い出のフィギュアだもん!」


 フィギュアを両腕で大切そうに抱きしめるドッツォを見て、さすがのビンキも諦めるしかなかった。

 そういえば、ナーグの姿もいつの間にか消えている。

 プロとしてあんな醜態をさらして、よほど気まずかったのだろう。


 ちなみに、ナーグが受け取るはずだった準優勝の賞品「ゲラフ・オプションパーツセット」は、繰り上げでアッシロに贈られた。

 彼にとってはフィギュアよりも嬉しい贈り物だったらしくホクホク顔になっている。


 そして――。

 なぜかアリチェが、残された黒い機体、ネメス・デュアルを抱えていた。


「アリチェ、それ、どうしたんだ?」


「壊れてたから、修理してあげることにしたの。

 無料で」


「無料で!?

 なんでまた……」


 そこまで言いかけて、俺ははっと気づいた。

 彼女の狙いは、修理の過程で手に入るネメス・デュアルの学習データと、ナーグの操縦ログなのだ。


 彼女の瞳の奥には、さらなるヴォルボットの強化と、次の「実験」への野心が静かに燃えていた。





---   エピソード9   完   ---





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