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9-4 何をやっているんですか






「さて、いよいよ本日のメインイベント、頂上決定戦が始まります!」


 ロニャの声が会場のスピーカーから、割れんばかりの大音量で響き渡った。

 噴水広場の熱気は最高潮に達している。


「頂上決定戦は、先ほどのバトルロワイヤルを見事勝ち抜いたナーグさんと、迎え撃つ本大会のチャンピオンによる一騎打ちです!

 勝者には賞品として、スポンサーのマルビン・ドラックス様より、こちらの超絶レアなフィギュアが贈られますっ!」


 ロニャが両手でヴォルラックの限定フィギュアを高く掲げると、会場からは地鳴りのような拍手と歓声が湧き起こった。

 俺は、広場の隅で嫌な予感に身を震わせていた。


「それではご紹介しましょう!

 ボットレースの本場、日本の秋葉原からお呼びした……現世界チャンピオン!」


 ロニャが満面の笑みでこちらに近づいてくる。

 やめろ、来るな!

 そのマイクを俺に向けるな!


「レンマ・ミヤヅカさんです!

 皆さま、盛大な拍手をーっ!」


 周囲から「おぉ~っ!」とどよめきが上がる。


(俺はチャンピオンじゃねーっ!)


 ――と叫んで否定したかったが、あいにく小心者の俺にそんな勇気は無い。

 ロニャもそれを分かった上で、イベントを盛り上げる材料として俺を利用しているのだ。


 しかも隣では、アリチェが『アルティメットグレード・ヴォルラック』を高々と掲げ、涼しい顔で聴衆の声援に応えている。

 ――確信した。

 こいつら、最初から俺をこうやって巻き込むつもりだったんだ。


 いつもオモチャのように弄ばれている自分の不運を嘆きながら、俺はロニャに促されるまま、パイロットデッキの上に登った。

 そこからは、50メートル四方のサーキット全体を見渡すことができた。

 コースは複雑にブロックが積み上げられており、テクニカルなカーブが連続する難コースだ。


 そこへ、先ほど圧倒的な力を見せつけたナーグが、余裕の笑みを浮かべながら上がってきた。

 その後ろには、やはりあの男がついている。

 金持ちグレーネ人のビンキだ。

 さしずめ「簡単なバイトをやってみませんか?」などと言いくるめてナーグを雇ったのだろう。

 お目当てのフィギュアを手に入れるために!


 ナーグは俺を哀れむような目で見つめると、鼻で笑った。


「あいにく、私は暇じゃないんでね。

 さっさと終わらせてもらうよ」


 完全に格下扱いだが、何も言い返すことはできない。

 俺はしがない清掃員。

 あっちはプロの戦闘機パイロットで、おまけにイケメンだ。

 意気がってみせたところで、ドーベルマン相手にチワワがキャンキャン吠えるようなものだろう。


 メインストレート上のスタッフが俺のヴォルラックと、黒いネメス・デュアルをスタート位置に配置し終えたことを司会のロニャに伝えた。

 準備完了の合図だ。


「それでは本日のメインイベント、ボットレース頂上決定戦のスタートです!

 レンマさん、ナーグさん、準備はいいですね?」


 デッキの下で、ドッツォが必死に手を振っている。


「レンマ兄ちゃん、頑張ってーっ!」


 俺は無言で頷くと、スタートダッシュに備えて両手を構えた。


「レディー………………ゴーッ!」


 ロニャの合図と同時に、2体のホビーボットの背中からスラスターの推進剤が爆発的に噴射され、メインストレートを疾走した。


「くそっ!」


 思わず毒づいた。

 俺のほうが僅かにスタート反応が早かったにも関わらず、最初のコーナーに差し掛かる頃には、ネメス・デュアルが先行してインコースを制していたからだ。

 少なくとも機体の加速性能については完全に負けている。


「ネメス・デュアルがヴォルラックの頭を押さえたぁっ!

 ナーグ選手、強い!

 このまま独走状態に入るのかーっ!?」


 ロニャの絶叫が響く中、ナーグの後ろで戦況を見守っているビンキの呟きが聞こえた。


「ククク。

 オプションパーツをすべて最高グレードにするために出費がかさみましたが……どうやら、そこまでする必要も無かったようですね」


 やはり、あの野郎!

 財力に物を言わせて機体スペックを極限まで引き上げていやがった。

 標準仕様に近い俺のヴォルラックでは、直線勝負じゃ勝ち目が無い。


「さぁ、続いてはS字コーナーです!

 左右に連続するカーブを切り抜けるには、高度な操縦テクニックが要求されます!」


 俺は必死に食らいつくが、ネメス・デュアルとの距離は一向に縮まらない。

 ネメス・デュアルはまるで空中を舞っているかのように優雅な動きで、各コーナーのクリッピングポイントを完璧に攻めていく。


 プロの戦闘機パイロットとしての腕前は本物だ。

 ムカつく野郎だが、それは認めるしかなかった。


「コーナーを曲がるたびに、両者の距離は広がっているように見えます!

 ナーグ選手、さすがはプロ!

 世界チャンピオンの追従を許しませんっ!」


 実況を聞きながら、ナーグが俺に聞こえるような声で囁いた。


「日本から来たチャンピオンと聞いて少しは期待したが……とんだ期待外れだったようだな。

 所詮はホビー用のレース。

 実戦に比べたら、あくびが出るぜ」


 否定したくても、遠ざかっていく背中を見せつけられては反論もできない。

 ロニャの実況は非情にも続く。


「立体交差を抜けると、その先はヘアピンカーブが待っています!

 ここでは速度を大幅に落とす必要があり、お互いにとって絶好の攻撃チャンスとなります!」


 ロニャの解説は的を射ている。

 ヘアピンカーブで急減速した瞬間、両者の距離は一気に縮まり、射程内に入る。

 逆転するならば、この刹那を制する以外に道は無い。


 先にヘアピンに突入したネメス・デュアルが、直前で機体を反転させて制動をかけた。

 同時に、胸部のアーマーが左右に展開される。

 内部から出現したのは巨大な砲門!


 主砲、インフェルノ・バーストだ!


 俺も逆噴射で減速しながら、ヴォルラックの榴弾砲(グレネードランチャー)を撃ち込む。

 だが、放たれたインフェルノ・バーストの熱線は、俺の想定を遥かに上回る太さだった。


「しまった!」


 ヴォルラックは直撃を避けるために強引に身をひねるしかなくなり、狙いは大きく逸れた。

 放たれた榴弾はコース脇のブロック塀に衝突し、激しい爆発とともに、もうもうとした黒煙が上がる。


「上手く避けたな。

 だが、これで逆転の望みは無くなったぞ」


 ナーグは吐き捨てると、スラスターを全開にして急加速した。

 煙の向こう側へと、黒い機体が消えていく。


「攻撃はどちらも当たらず!

 ネメス・デュアルは無傷のまま再加速し、一気に距離を広げました!

 チャンピオン、打つ手無し!

 もはや勝負あったかーっ!?」


 既に決着がついたかのようなアナウンスに、観客の応援も目に見えてトーンダウンした。

 俺自身も、半ば諦めモードに突入していた。

 頭をよぎるのは、これから毎日アリチェのことを「ご主人様」と呼び、かしずかなければならない屈辱的な未来だ。


 ――そのときだった。


「何をやっているんですか、ナーグさんっ!」


 背後から、怒鳴り声が聞こえた。

 あの常に冷徹で無感情なグレーネ人のビンキが、怒りを露わにしていたのだ。




=== 用語解説 ===


【クリッピングポイント】

・コーナーの内側で、マシンが最もイン(内側)に寄り、接する地点のこと。クリッピングポイントを意識することで、よりスムーズにコーナーを通過しバランスを保つことができる。



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