9-1 1つで十分でしょ!
その日の午後、俺はいつものように、商店街の路地で掃除機をウィンウィンと動かしていた。
リニューアルが成功して商店街の売上が向上しているのはよいが、観光客が増えたことでゴミの量も増えている。
ふと見ると、コンビニの店頭に設置されたゴミ箱から、今にもゴミがあふれそうになっていることに気がついた。
近づいて中を確認すると、そこには大量の菓子の袋が詰め込まれていたのだ。
しかも俺を驚かせたのは、袋だけじゃなく、中身のウエハースまで大量に捨てられていたことだった。
「……もったいないことするなぁ。
これ、ほとんど手つかずじゃねぇか」
俺が呆れて呟くと、隣でゴミ拾いを手伝っていたドッツォが、袋の絵柄を見て声を上げた。
「あ、これ『ガジェモンウエハース』だよ!
今、すごく流行っているんだ」
「なんだそれ?」
「アニメ『ガジェットモンスター』のコレクションカードが封入されたお菓子だよ。
みんなカードが欲しくて、これを取り合っているんだ。
でも……こんなに捨てるなんてひどいよ」
ドッツォが悲しげに眉を下げたとき、背後から不意に声をかけられた。
「おや、清掃員の方。
これも、処分をお願いできますか?
そちらのゴミ箱がいっぱいになってしまったのでね」
振り返ると、そこには奇妙な格好をしたグレーネ人の男が立っていた。
目に刺さるような鮮やかな青いアロハシャツに、これまた派手な赤い短パン。
グレーネ人特有の灰色の皮膚には、お世辞にも似合っているとは言えない。
その男が差し出したビニール袋の中には、やはり手つかずのウエハースがぎっしりと詰まっていた。
「……アンタ、なぜこれを捨てるんだ?
口に合わなかったのか?」
俺が問い詰めると、グレーネ人は不思議そうに首を傾げた。
「いえ。
中のカードが欲しかったのですが、菓子には興味がありませんので。
食べきれないものを持ち歩くのは非効率的でしょう?」
「だ、だとしても、捨てることはないだろ!
食べ物をなんだと思ってるんだ」
「困りましたね。
私が正当な対価を払って購入したものですから、どうしようと私の自由であり、非難される覚えはありませんけどね。
……もし欲しければ、それ、食べていただいて結構ですよ?」
グレーネ人は悪びれる様子もなく、袋を俺に押し付けてきた。
他人が開封したものを食べるのは、正直、衛生的に抵抗がある。
しかし、これは日本製の菓子。
絶対に美味いやつだ。
開けたばかりのようだし、このまま捨ててしまうなんて、この菓子を作ってくれたメーカーや、その材料を作ってくれたすべての人々に対して申し訳が立たない。
そう!
これを食べることは俺の義務なのだ!
――と俺は自分の心に言い聞かせた。
「……ああ、食ってやるよ!
もったいないからな!」
俺が袋を奪い取ると、グレーネ人はまじまじと俺の顔を覗き込んできた。
「……もしや、お金にお困りなのですか?」
う……。
どうやら菓子の袋を見て葛藤している俺の姿は、ものすごく貧乏くさい光景だったようだ。
貧乏なのは確かだが、俺にも多少のプライドはある。
「まぁ、困っているわけではないが、余裕があるわけでもないね」
俺が平静を装って答えると、男のアーモンド型の目がわずかに細められた。
「そうですか。
よろしければ、お2人で簡単なアルバイトをしてみませんか?」
バイト……お金が儲かる?
俺の心臓がわずかに跳ねた。
だが、ここで食い気味に反応してはさらに足元を見られてしまう。
俺は努めて冷静な声を出す。
「……俺は正規雇用の清掃員だから、バイトなんて必要はないんだがな。
いちおう、話くらいは聞いてやってもいいぞ。
どんな内容なんだ?」
「とても簡単です。
明日の朝、フィギュアショップの開店前からお2人で行列に並び、それぞれ新商品を購入していただくだけです。
そのあと、購入価格の110%で私が引き取らせていただきます」
その言葉を聞いた瞬間、ドッツォが勢いよく身を乗り出した。
「ズルい!
それって明日発売される『イセハナ』の限定フィギュアのことだよね?
1人1つしか買えないルールだよ!」
「いえいえ。
何の問題もありませんよ、坊や。
あくまで買うのはあなたたちお2人。
そのあとで私が少し高く買い取らせていただく、というだけですから。
ルール違反ではありません」
男は涼しい顔でさらっと言い放つ。
「でもダメだよ!
だいたい、なんで2つも必要なの?
1つで十分でしょ!」
「ちゃんと理由がありますよ。
開封用と、保管用です。
一度開封してしまったら少なからず傷んでしまいますから、保管用も必要なのです。
こんなことは、コレクターなら常識ですよ?」
あたかも当然の真理であるかのように返答され、ドッツォは言葉を詰まらせた。
「もし気が変わったらご連絡ください。
私の名はビンキ。
商業区のホテルに滞在しておりますので」
それだけ言い残すと、ビンキは手に入れたばかりのカードの束を大切そうに抱え、優雅な足取りで去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ドッツォは苦々しい表情を浮かべていた。
「……僕、あの人のこと知っているよ。
こないだコンビニでクジ引きが発売されて、みんなが楽しみに並んでいたのに。
あの人、全部1人で買い占めちゃったんだ」
「マジか?
それじゃクジの意味がねぇじゃねぇか」
「買い占めは禁止されていないけど、後ろには子供たちも並んでたんだよ。
ひどすぎるよ!」
「鬼畜だな。
人の心があるとは思えん」
俺は溜息をつき、袋からウエハースを取り出した。
「……食うか、ドッツォ」
俺はドッツォに1つ渡し、自分もバリンと豪快に噛み砕いた。
「……美味い!」
サクサクの軽い歯ごたえと、口の中に広がるチョコレートの甘さ。
とうていゴミとは思えないほど、それは真っ当に美味い菓子だった。
やはり、日本の菓子は世界一!
いや、もしかしたら宇宙一かもしれない。
そんな気さえしてくるほど美味かった。
「うん。
ちょっと薄味だけど、美味しいね!
こんなに美味しいものを捨てるなんて、信じられないよ……」
「ああ。許せんな」
「これ、ロニャ姉ちゃんとアリチェ姉ちゃんにも分けてあげようね。
きっと喜ぶよ」
「そうだな。
いっぱいあるしな」
俺とドッツォは、自分たちには逆立ちしても真似できない金持ちの散財行為に、何とも言えない釈然としない思いを抱えながら、それでも目の前の美味しいウエハースをバリンバリンと無我夢中で食べ続けるのだった。
=== 異星人 ===
【グレーネ人】
小柄で灰色の肌。アーモンド型の大きな目。いわゆるリトルグレー。知能が高くプライドも高い。アニメを小難しく論じるが、美少女アニメが好き。
=== 作中に登場する架空の作品について ===
『異世界花嫁無双』
婚約指輪が結ぶ、五人の花嫁候補と世界の命運。剣と魔法の世界に転移した大学生が、世界を救うために運命の伴侶を探す。
『ガジェットモンスター(ガジェモン)』
文房具などの道具の能力を持ったモンスターを戦わせるバトル系アニメ。腰のベルト(ガジェモンベルト)に宿らせたガジェモンを召喚ポーズをとることで呼び出すことができる。




