8-5 計測不能だと!?
「地球人のアニメ文化は風変わりで理解に苦しむところがありますが、社会的な秩序や法規に抵触するほど逸脱しているというわけではないようですね」
ノンメ検閲官はタブレットに淡々とメモを取りながら、独り言のように呟いた。
いろいろあったが、ツキハバラ商店街の検閲はどうやら終了に向かっているらしい。
この様子なら、恐れていた営業停止命令もなさそうだ。
俺達がようやく安心しかけていた、そのときだった。
ピピピピッ!
ノンメの片目ゴーグルが、これまでで一番大きく、そして鋭い警告音を鳴らした。
音は止まるどころか、次第に激しさを増していく。
「不適切度は……1000、2000、どんどん上昇している。
信じられない、5000、6000、こ、こんな値……ありえない!」
ノンメが驚愕の声を上げた。
見ると、彼女のゴーグル全体が真っ赤に点滅し、過負荷でショートしかけているかのように激しく震えている。
よほどヤバいものを見つけたに違いない。
俺達の間に緊張が走った。
「センサーが示しているのは、あの店のようですね」
ノンメはゴーグルの疑惑度センサーが指し示す方向へと、迷いなく駆け出した。
その先にあったのは、看板に『レモンブックス』と書かれた書店だった。
***
「あらぁ。いらっしゃいませ~」
店頭で愛想を振りまいていたのは、貸衣装屋の店主、ドリーンだった。
彼女は書店も兼業していたらしいが、今日のコスチュームは書店員とは程遠い、ミニスカートの看護婦姿だ。
ふわっとしたピンク色の髪が、白い制服に映えている。
「なにかお探しでしょうかぁ?」
「店内を精査させていただきます」
平静を装い、通常通りの接客をするドリーンには目もくれず、ノンメは店の中へと足早に踏み込んでいった。
書架には漫画の単行本やライトノベルがびっしりと並んでいる。
(まさか、成人向けの漫画がセンサーに引っかかったのか?)
俺は最悪の事態を想像して冷や汗を流しながら、ノンメの背中を追った。
彼女は不適切センサーを使って、店内の棚を片っ端からチェックしていくが、その表情は晴れない。
「違う、これも違う……」
ノンメは激しく首を振った。そして不意に立ち止まると、鋭い眼光を店の奥へと向けた。
「この部屋ではないというのか!?
……そこか!」
ノンメが見つけたのは、店の一番奥にある小さなドアだった。
そこには『関係者以外立ち入り禁止』というプレートが掲げられている。
「あっ!
お客様、そちらは、困りますぅ!」
背後でドリーンの悲鳴のような叫び声が聞こえた。
だが、ノンメは構わずドアを乱暴に開け、中へと突き進んだ。
***
「不適切度……150000、160000、まだ増える!?
なにぃ、計測不能だと!?
バカな……」
ノンメはゴーグルに表示される数字に、戦慄の声を上げた。
次の瞬間、警告音がピーッという限界を超えた長い悲鳴に変わり――。
ボンッ!
鈍い爆発音とともに、彼女の片目ゴーグルから火花が散った。
砕け散ったレンズの破片が、床へと虚しく落下していく。
「こ、これは……」
ゴーグルを失ったノンメが、剥き出しの左目で目撃したのは、ビニール袋に包まれた漫画本の山だった。
検閲官に見つからないよう、ドリーンが倉庫に隠蔽していた『同人誌』が見つかってしまったのだ。
「調査のため、開封させていただきます」
ノンメは震える手で、漫画を包んでいた透明な袋を引きちぎった。
あらわになった表紙には、『粘液プルプル調教』という扇情的なタイトルとともに、獣人の少女が苦悶の表情を浮かべている絵が描かれていた。
「あちゃーっ、見つかっちゃったかーっ!」
ドリーンの悲痛な叫びが狭い部屋に響く。
ノンメは、その漫画のページを恐るべき速さでめくり、内容のチェックを始めた。
まずい。これはマズすぎる。
なんとかはったりをかまして切り抜けたいところだが、現物をこれほど克明に読まれてしまっては、言い訳の余地がない。
「こ、これはね!
全然問題ない漫画よね!
秋葉原では普通に売ってて、子供も読んでるし、なんなら親子でいっしょに楽しんでる人もいるような、超健全な漫画!
そうでしょ、レンマ!?」
ロニャが顔を引きつらせながら、俺の肩を激しく揺さぶった。
(だから、困ったときだけ俺に丸投げするのをやめろーっ!)
俺は心の中で絶叫した。
俺はアニメについては人並みにたしなんでいるが、この手のマニアックな同人誌については、ほとんど手つかずなのだ。
内容を把握していない以上、ノンメを納得させるような言い訳など浮かんでこない。
俺達がパニック状態になっている間も、ノンメのチェック作業は続いている。
「他の本も、同じような内容なのですか?」
ノンメは次々とビニール袋を破り捨てていく。
もはや絶体絶命。
レモンブックスの営業停止は、もはや避けられない運命に思われた。
そのとき――。
「私から説明するわ」
背後から、低く落ち着いた、それでいて凛とした声が響いた。
振り向くと、そこに立っていたのは意外な人物――アリチェだった。
=== 登場人物 ===
【ドリーン・メルツェル】
25歳。女性。ドイツ人。貸衣装屋の店員。毎日違う服を着る美しき広告塔。基本的に肌の露出が多い。




