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8-4 にらめっこしましょ!






 ピピピピ……。


 この音を聞くたびに、心臓が止まりそうになる。

 ノンメ検閲官が装着している片目ゴーグルが、不適切なものを検知した音だ。


「センサー反応……不適切度56。

 疑わしいのは、あの店のようですね」


 抜き打ち検査の次なる標的になったのは、ピンク色の外装がひときわ目を引く、メイド喫茶『ホームメイドカフェ』だった。


「喫茶店を装っていますが、それにしては不自然な装飾です。

 何か裏がありそうですね」


 彼女の不吉な呟きに、俺の背中に嫌な汗が流れた。


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 ノンメを先頭にして俺達がどやどやと入店すると、お約束のセリフが響き渡った。

 出迎えてくれたのは、あの小心者のアンテラ人のメイド、シャルロットだ。


 だが、彼女は来客が検閲官だと気づいた瞬間、ビクッと硬直した。

 通常業務でさえ余裕のない彼女が、この極限の緊張状態に耐えられるのか……不安しか感じない。


 ノンメは右目の特製ゴーグルをグイと持ち上げると、容赦なくシャルロットを睨みつけた。


「お帰り?

 ここは私の住居ではありませんが。

 なぜそのような挨拶を?」


 メイド喫茶の『お約束』を知らない異星人としては、極めて真っ当な反応だ。

 シャルロットは震える声で、必死に暗記した台本を読み上げ始めた。


「ご、ご主人様は、記憶を失ってしまわれたのですね。

 でも大丈夫。

 このお屋敷で疲れを癒やしていただければ、きっと記憶も戻りますわ……」


「それはありえません。

 私の現在位置は常に記録されています。

 たった今ログを確認しましたが、私がここに来たのは間違いなく今回が初めてです。

 虚偽の証言はやめていただきたい」


 ノンメの論理的かつ容赦のない全否定。

 追い詰められたシャルロットは「あぅあぅ」と口をパクパクさせながら、助けを求めるように俺を見つめてきた。


 早くも限界だ。

 このままでは彼女の精神が崩壊しかねない。


 だが、下手にメイド喫茶の趣旨を説明すれば、ポータリアンの基準では「わいせつなサービス」だと誤解されるリスクがある。

 ここは不本意ながら、はったりで切り抜けるしかないだろう。


 俺はノンメにそっと近づくと、耳元で囁いた。


「……検閲官。

 彼女はその、心の病を抱えているんだ。

 多めに見てやって欲しい」


「心の病、ですか?」


「あぁ。

 彼女はかつて、ある高貴なグレーネ人に仕えていたんだがな。

 不幸な事故があって……その主人が帰らぬ人となってしまったんだ。

 それ以来、あんな感じなんだよ」


 俺の必死の演技にもかかわらず、ノンメは納得しきれない様子でメイドに詰め寄り、その目をじっと覗き込んだ。


「私はあなたの主人ではありません。

 いいですね?」


 追い詰められ、瞳孔が収縮したシャルロットは、ピクピクと痙攣しながら返事をした。


「か、かしこまりました。ご主人様!」


 まったく会話が噛み合っていない。


 だが、意外にもノンメは「……なるほど。状況は理解しました」と言いながら、店の奥へとスタスタ進んでいった。

 会話が成立しないことで、かえって「本当に心の病なのだ」と納得してもらえたらしい。



   ***



「この店では、どのようなサービスを提供していますか?」


 テーブル席に腰掛けたノンメは、タブレットにメモを取りながらメイドに問いかけた。


「魔、魔法でおいしくなるカクテルや、お絵かきつきのオムライスはいかがですか?」


「飲食は不要です。

 それ以外のサービスについて答えなさい」


「ええと……アミューズメントメニューもありますよ。

 あっちむいてホイとか、にらめっこしたりして遊べます」


「では、その『にらめっこ』というサービスをお願いします」


「えっ……」


 まさか実際にやらされるとは思っていなかったらしく、シャルロットは驚きのあまり硬直した。


 ノンメはグレーネ人だ。

 グレーネ人は表情を変えないし、ましてや笑うなんてあり得ない。

 にらめっこなど成立するはずがないのだ。


「どうしたのですか?

 何かやましいことでもあるのですか?」


「い、いえ! 仰せのままに!」


 シャルロットは意を決し、ノンメの向かい側に座った。


「にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ!」


 シャルロットは両手で耳を引っ張り、寄り目にして、唇をタコのようにつぼめた。

 全力の『変顔』だ。


 10秒……20秒……。


 気まずい沈黙が流れる。

 ノンメの表情には、ピクリとも変化が無い。


 シャルロットはさらに目を左右にキョロキョロさせ、両手で頬を押しつぶす追撃を加えた。

 唇が縦に細長く、ムンクの『叫び』のようになっている。

 うら若き乙女がここまでやるのかと思うと、見ていて不憫になってくる。


 しかし残酷なことに状況は変わらない。

 やがてシャルロットの表情筋が限界を迎えてピクピクと痙攣し始めた。

 彼女はついに真顔に戻ると、ハァハァと息を切らした。


「ご主人様……さすがにお強いですね。

 作戦を変えさせていただきますわ!」


 いったん呼吸を整えると、シャルロットは両手を頬に当て、首を少し傾げ、上目遣いでノンメを見つめた。


 必殺、『萌え攻撃』だ。


 笑わせるのを諦め、相手からわずかでも「デレ」を引き出そうという、オタク文化の粋を集めた戦術だ。


 シャルロットは体をクネクネとさせながら、唇をわずかにすぼめて甘えるようなポーズをとる。


 アンテラ人はただでさえ容姿が端麗だ。

 こんなポーズをされたら、耐えられるはずもない。


「うぉーっ……!」


 俺は萌に高鳴る胸を両腕で抑えながら、その場に膝をついた。


(と、尊い……。なんだこの破壊力は……!)


「レンマ兄ちゃん、大丈夫!?」


 ドッツォが心配そうに駆け寄ってきたが、俺は手を振って制した。


「ドッツォ……心配いらない。

 これは苦しんでいるんじゃない……萌えているんだ……!」


「引くわー。

 マジで引くわー……」


 ロニャの冷ややかな声が突き刺さるが、今の俺の耳には届かない。


 一方そのころ、にらめっこ勝負は続いていた。


 ついにシャルロットは持てるすべての「萌えパワー」を放出してしまったらしく、能面のような無表情に戻ると、「あぅ……」と小さく呻いてテーブルに突っ伏した。


 事実上の、敗北宣言だ。


 全力を出し尽くしたが、最後までノンメの表情が動くことはなかった。


「なるほど。

 わかりました」


 ノンメは淡々とタブレットに何かを記入すると、静かに立ち上がった。


「いい勝負でした。

 なかなか楽しめるサービスですね」


「……え?」


 今の、楽しかったのか?

 表情ひとつ変えずに、楽しんでいたというのか?


 まったく……。

 グレーネ人を理解するのはつくづく難しいと思わざるを得なかった。




=== 登場人物 ===


【シャルロット】

 本名は不明。シャルロットは源氏名。女性。アンテラ人。「ホームメイドカフェ」で勤務しているメイド。内向的で気が弱いにも関わらず、好きなアニメに対しては過度の積極性を見せる。







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